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第四話 絶望

閲覧ありがとうございます!

シリアスはすぐ退散です。


「絶望」


寝起きの開口一番。

私は掛け布団をまくり上げ、頭を抱えた。


(ずぇっっったい、殺そうとしてたよね!?)


昨夜の記憶をぼんやりと覚えている。

ヘルバートが私のお腹に手を当て、ぐぐぐっと力を入れてきた。

痛すぎるあまり怒りそうになったが、起きた方が殺される気がした。


これはマズイ。

ヘルバートは味方でもないが、目立った敵ではないと思っていた。

でも、昨夜の出来事を経て、今後も寝首を掻かれる可能性が高い事が分かった。

ということは? 私が取るべき行動はただ一つ!






「あなたを解雇します」


おはようも疎かに、私は告げた。

私の部屋に入って来たヘルバートは顔色一つ変えずに、こちらを睨むようにして立っている。


「理由を伺っても?」

「あなたはもう十分に役目を果たしました。今後は国の主戦力として、その力を振るいなさい。そうですね……。こちらの都合による急な解任のため、臨時金をお支払いすることで納得していただけると有難いのですが」


(うわーん! これでおよそ三千万ルシカの借金が増えた……)


悪役令嬢時代の冷たい顔を貼り付けたトリーゼの内心は、大号泣。

嘆いても仕方ない。ヘルバートは危険なのだ。

早急に対処しなければいけない人物である。


ヘルバートは相変わらず表情を変えない。


「俺、何かしました?」

「いいえ。あなたには落ち度はありません。契約満了。それだけの事です」

「契約書なんて―……」

「さっき作って書きました。そう、遡及契約」

「馬鹿げてる。冗談も休み休みにして下さい」

「冗談ではありませ――……。あ、待って。親指貸して、一瞬」


しまった。拇印を押してもらうのを忘れていた。

ヘルバートの手を取り、朱肉につける。

その指をこの契約書に押させれば、こちらの大勝利!

毎夜怯えて寝る日々はごめんなのだ!


「ふざけんな」

「………………へ」


ヘルバートは私の手を強引に振りほどき、いとも容易くベッドに突き飛ばした。

死を感じ、身を翻して逃げようとする私の上にのしかかり、私の両手首は彼の片手で上にまとめられた。もう片方の手は頬の隣に。まるで鉄格子が降ろされたかのような絶望。


(やばいやばいやばいやばい)


焦りは最高潮。寝首を掻かれるどころか、寝起き首をもぎ取られそうになっている。

彼の長い生命線に比べ、きっと私の生命線は死ぬほど短いんだ。


――そんな現実逃避も彼の怒りに油を注いだだけに過ぎない。

ギリギリと手首が締まり、血の流れが止まっているのを感じる。

心なしか手の神経がピリピリしてきた。


「随分と余裕そうじゃないですか」

「私のどこをどう見てそう思ったんですか」


パニックになった私も思わず敬語になってしまう。

上にのしかかるヘルバートが真顔なのもめちゃくちゃに怖い。

いっその事、赤子も泣き出す鬼の形相であれと思ってしまう。


「この期に及んで命乞いをしないとはね」

「えっ、命乞いしたら逃がしてくれる感じ?」

「……そういう所ですよ」


ぐっと彼が顔を近付けてきた。

彼の吐息を吸い込むまいと、必死に息を止める。

だってヘルバートの息を吸い込むなんて、なんか物凄く背徳的!


「息、いつまで止めるんですか」


私は息も止めて目も閉じた。

それでも彼の気配がすごく近いのは分かる。


(さっさと立ち去れ立ち去れ立ち去れ去れ去れ~~)


滑稽な話だ。

この部屋にヘルバートを呼びつけたのは、他でもない私だというのに。


「……ちっ」


ごつん


私の額に温もりがぶつかる。彼の額だ。

ついでにその後、唇に一瞬何かが触れたような、触れてないような。

ヘルバートが退く気配を感じて目を開きかけた私の額に、温かい何かが強く押し付けられた。


(えっ、まさかおでこにキッス……?)


身勝手にもロマンチックな妄想をした私の眼前には、片腕を突き出したヘルバートがいた。

いや、待て。グリグリとおでこに親指が押し付けられている。

(待ってまさか、その指は――)


「こらー! あんたの指紋を付けるな!」

「ははは。押しときましたよ。これで満足でしょう」


額のど真ん中に赤い指紋を付けたトリーゼを見て、彼はこの上なく爽快に笑った。


「許すまじ!」


ベッドから起き上がり、机に向かった私はとある1点に照準を定めた。


ごん


契約書に向かって勢いの良い頭突きを1つ。ついでにグリグリと押し付けておく。

頭を左右に振るのではなく、上下にグリグリと。上から下までねっとりと。

ヘルバートの拇印を契約書に転写させてしまえばいいんだ!

我ながら天才的なアイデアに満足し、顔を上げる。


「あっははは! どうよ!」

「幼稚な真似しないで下さいよ」


びりりり


目の前で、にべもなく割かれた。

ご丁寧に細切れにされた私の傑作は、窓から放たれる。

ひらりひらりと白き蝶のように舞い、彼らは自由を求めて空を旅立つ。

本来ならば、ヘルバートの自由が手に入る契約書だったのに。


「……先に幼稚な真似したのはあなたですけれど」

「そこはお互い様でしょう。おでこのそれ、似合っていますよ」

「…………洗ってくる!」


まだまだ何か言いたかったが、額に指紋を付けたままでは格好が付かないだろう。

私はどすどすと足を踏み鳴らし、洗面台に向かった。





「~~~~~~っ、取れないじゃん!!!!!!」


額を真っ赤になるまで擦ったし、石鹸も擦りつけた。

まるで皮に着色されたかのようなこびりつき具合。訪れる絶望。


「お嬢の部屋にある朱肉でしょう?」

「驚いた! 何、こっち来ないでよ!」

「それ、お嬢の魔法でしか消えないようにしてあるんですよ。忘れたんですか?」

「えっ」


(え~。何それ知らな~い)


蛇口をキュッと締め、ポタポタと垂れる透明な水を見つめて心を鎮める。

だったらなんだ、今までの行動は無駄だったのか。冷たい水を我慢しておでこを洗ったのに。


「その朱肉、お嬢が自分で作ってましたけれど。まさか記憶にない?」

「は? し、知ってるけど」

「じゃあどうして洗面所に逃げたんです?」

「あんたから距離を取るためよ。逃げる口実が欲しかったの」


優雅にタオルで額を拭いて振り返る。額の一点は未だ朱に彩られているが。

紅の答えは既に得ていた。


(そう言えばあった気もする~。『トリーゼが用意した特別な朱肉』って書いた気がする~。でも、何が『特別』かは書いてない。なんか装飾とかインクとかが普通とは違うって意味で適当に書いたあの単語が、まさかここで牙を剥くなんて……)


「ふぅん。まぁいいです。どちらにしろ、俺の解雇は無かったことにして下さいね」

「それでいいの? 考え直した方がいいんじゃない?」

「黙れ。これ以上何かを言うなら口を縫う。俺がお嬢のお傍から離れることは無い」

「何それ、新手のツンデレ……? こわ……」

「広いデコに真っ赤な指紋つけてる人間の方が怖いですけど。気でも触れました?」

「黙れぇ!」


——しれっと言いのけるヘルバートに掴みかかるトリーゼであった。


お読みいただきありがとうございました!

ヘルバートはトリーゼをどう思っているのでしょうか。。

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