第三話 長い生命線
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稼ぐって大変です。
『とりあえず、担保として貰っておくぜ。材料費はもういい。職人としてのプライドを傷つけられた分を返せ』
職人はそう言って、その場を去った。
西日がトリーゼの顔を絶望のオレンジに染め上げる。
「しゃ、借金一億ルシカ……?」
「その程度で済んで良かったですね。本来は五億ルシカで約束していたんですから。あのお方は相当優しい人間だ」
「一億ルシカの返済って何日かかる……?」
「は? 平民の一生分の稼ぎが二億ルシカと言われてるんですよ? バカもほどほどにして下さい。何十年単位で考えるべきです。お嬢がゼロから稼ぐならば」
「うわ恥ずかしい。詰んだ……」
「何言ってるんですか。ファルシカ家の財産で考えたら痛くも痒くもないですよ」
いつの間にかヘルバートは木の葉を集め、既にどこかに運んだようだ。
まるで魔法のように手際の良い仕事ぶり。トリーゼが手放したくなる気持ちも大いにわかる。
「いいや、私の力で頑張らないと……」
ファルシカ家のお金には手を付けたくない。そこからお金を出したら職人は納得しないだろう。
とは言え、稼ぐ手段なんて何もない。
いやあるではないか。冒険者としてクエストをコツコツこなしていけば……!
「ねぇ、今回の掃除って何ルシカ?」
五時間程度ずっと働いていたのだ。おそらく五千はくだらない。
こうやって雑用を毎日いくつかこなして……!
「五百」
「恥」
「……本来はゼロですよ。世間知らず。受付のおねぇさんが片手間にやる仕事を貰ったに過ぎません」
「おかしい。こんなに労働して五百? もしかして物凄く足元見られている? ――え、今なんて言った? 受付のおねぇさんやっっばい! 超有能!」
有り得ない。受付で留まっていい作業効率ではない。
「普通、こんな事に五時間もかけませんから。普通の人でも二十分もあれば終わるんです」
「……お馬鹿? こんなに広い面積どうやって数十分で捌くのよ」
ギルドの共有スペースであるここは、だだっ広い公園だった。
道なりに並ぶ木は、おそらく何十本レベル。
人が行き交い、中にはトリーゼを快く思わない人間達が鼻で笑って葉っぱを散らす人もいた。……そんな中、こんなに頑張ったのに人並以下?
「はぁ~~~~~」
呆れたため息が耳に刺さる。
私ってこの世界でやっていけるのだろうか。
「見ていて下さいね」
「?」
呆れ顔のヘルバートが掌を上にして、私の前に突き出す。
ジッと彼の手の皺を見ていると――、
(せ、生命線長っ!)
下らない事実に気が付いた。
ヘルバートが更に呆れた顔をしたような気が。
すると、覗き込む私の顔面に向かって彼の掌から突風が突き上げてくる!
「ぐわっ」
顔面に透明なアッパーを喰らった私は、無様に尻もちをついた。
土塗れになった私を起こしながらヘルバートが言う。
「な、何今の」
「魔法に決まってるじゃないですか」
「――はっ?」
+*+*+*
「いやぁ~困った困った」
自室で腕を組み、うんうん唸る。心なしか腕が筋肉痛だ。箒を五時間も動かしていたから。
背からベッドに倒れ込み、天蓋を見つめる。
腹から倒れると痛いからね。
「私が知らないことの方が多いってことが分かった」
ガチガチに世界観を固めなかったせいで、作者の私が預かり知らない部分で新事実が発覚してしまう。
何だかヘルバートの性格も違うし、魔法が日常に組み込まれている。
トリーゼの撒いた悪行も、いつどこで爆発するかも分からない。
それよりも……、
「あぁあぁぁぁ。いきなり借金一億ルシカ……」
目下の悩みはこれだ。
あの後、ギルドの掲示板を覗いてみたが、初心者向けのクエストはどれもこれも雑用ばかり。
上位のクエストは相当するランクの人間しか見れないらしい。
駆け出しの私はお嬢様バフも空しく、最下位のEランクだ。
では、最上位Aランクのクエストは一体いくらになるのだろう。
そういえば、なぜかAランクだと崇め奉られていたヘルバートにも衝撃だ。
知らない。一体、彼は何者なの。
「そう言えば、ヘルバートのお坊ちゃんって言ってたな。あのおじちゃん」
あの時、怒れる職人が何を言ったか、恐怖のあまりよく覚えていないが、その単語に引っかかったのは覚えている。
ヘルバートの設定は、『トリーゼの従者。彼女に弱みを握られている』くらいしか用意していない。
その弱みについても考えるのが面倒だったので、雰囲気でヘルバートがトリーゼを嫌っているようにしておいた。
傍若無人かつ高飛車かつ高慢ちきの女性に付き従うならば、何かそれなりの理由があった方がいいと思ったのだ。
ヘルバートまで悪役にしてしまったら収取がつかなくなる。
ゆえに、嫌われ者の役割全てをトリーゼに担ってもらっていた。
「明日、聞いてみるか」
そんな事を考えていたら、私はいつの間にかそのまま眠りについていた。
+*+*+
「お嬢?」
そぅっと明るみに声をかける。
不用心にも、彼女は私室の扉を開け放していた。
自分は彼女のボディーガードとして、付き人として、彼女を守る務めがある。
ヘルバートは、彼女に死なれたら困るのだ。
「入りますよ」
誰も聞いていない声を掛けて、そうっと忍び足で部屋に入り込んだ。
ガチャン
後ろ手で扉の鍵を閉める。ついでに室内の電気も消す。
「……どういう寝方ですか」
ベッドに腰かけたまま後ろに倒れ、そのまま寝てしまったのだろう。
過程が容易に想像できる寝方に呆れ果ててしまう。
布団をかけもしないで窓も開け放している。
「……まだ痛むのか」
彼女は腹部を守る様にして寝ていた。
トリーゼの気が触れたあの日以来、彼女はやたらお腹を気にしている。
「薄い」
ぐっと押せば内臓が飛び出るほど薄い。
彼女の寝間着越しに腹部に手を当て、そっと押してみる。
このまま魔力を込めれば、この肉体は死に絶える。
そうなれば皆が救われる。
彼らも、おそらく――あの人も。
だが、駄目だ。許さない。
――彼女には自らの意思で消えてもらわねばならないのだから。
お読みいただきありがとうございました!
突然のシリアス。




