第三十一話 二番目にやって来る
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彼女は走る。
二人きりの機会などそうそう訪れない。
好機は今しかないのだ。
「あ? どこ行くんだァ?」
屋敷の外に出る瞬間、ぶっきらぼうな声が耳に届く。
舌打ちしたい所を必死に抑え、笑顔を貼り付けた。
「お嬢様と散歩です!」
「へェ」
対して興味の無さそうな返事に苛立ちが募る。
するとトリーゼが余計なことを言い出した。
「ロメオも行く? サボれるよぉ~」
「あ~……」
彼は満更でもない様子で上を見上げた。
くそ、面倒だな。
思わず思いきり顔を歪めてしまったが、幸い二人には見られていないようだ。
彼に来られては非常に厄介だ。この男は少々頭が回るところがある。
既に疑いの目を向けられているのは明らかだ。
「お嬢様、実はお気に入りの場所って言うのは、私の昔住んでいた家なんです。まだ、男の人を家にあげるのは早いので……、ちょっと恥ずかしいですね」
「ロメオは絶対に来るんじゃないよ!」
「狂ってんのか、てめぇ」
突然、鬼の形相で叫んだトリーゼにロメオが呆れた表情をする。
ほら見ろ、この女は驚くほど扱いやすい。
「あれ? でもマリアってずっとクラリーネの所で働いてたんじゃ……?」
「たまにこっそり抜け出して、空き家で休憩をしていたんです……。クラリーネお嬢様に仕えている時、心がとても苦しくなる時があって……」
傷つき憔悴しきった演技をすれば問題ない。
思惑通り、馬鹿なトリーゼは見事に「可哀そうなマリア」に同情をする。
「そっか……」
「ロメオさんは、今度ご案内しますね!」
「いや、いい。オマエに興味はねェ」
「ちょっとロメオ! 言い方ってものがあるよ」
「今日は、ぶっ倒れねェんだな」
トリーゼを無視したロメオから鋭い視線が刺さる。
これ以上は危険だ。早く立ち去らなければ。
屋敷からでさえすればこちらのもの。
多少苦し紛れに見られても、ここを出るのが優先だと判断する。
「はい! 今日はなんだかいい気分です! 何かいいことが起きそうな予感がします!」
「え~、良かったねぇ」
「これもお嬢様のおかげです!」
「マリア~」
トリーゼは問題ないだろう。
能天気な女。これから自分がどうなるのかなんて、まるで気付いちゃいない。
甘い蜜を吸ってのうのうと生きながらえていられるのもここまでよ。
「じゃ、夕方くらいには帰るから!」
「……あぁ」
何かを言いたげなロメオだが、まさかこの時がトリーゼと交わす最後の会話になるだなんて思っていないだろう。
「夕方にはお嬢様をお返ししますので!」
トリーゼは返す。それは本当だ。
私が、この場に帰ってくるのだから。
「凄い所にあるんだね……」
「誰にも見つからない、私のお気に入りの場所なんですよ」
屋敷からそう遠くはない場所だが、鬱蒼と茂った森の奥。
苔が生えた家がひっそりと建っていた。
ここで、私は入れ替わりの儀式を行った。
――五年前と、半年ほど前の二回。
慣れたものだ。金さえあれば、何度でも出来る。
マリアの存在は幸運だったと言ってもいい。
クラリーネの癇癪から逃げ出したいけど、その勇気がない。
臆病で消極的で、自分の願いに貪欲にもなれない小娘。
あの屋敷を逃げ出して何をしているのかなんて、どうでもいい。
もうあの体は不要だ。マリアは本当に都合が良い存在だった。
「こちらです」
私は湿ったドアを開ける。
中は薄暗く、流石のトリーゼもこの状況を危ぶむのではないかと振り返る。
ダメだ。今更、逃がしはしない。
「すご~い! しっとりしてて、リラックス効果がありそうな場所!」
「あっはは!」
「おぉ……マリアもハイテンションだね」
「はい、もうさっこうの気分です!」
いけない。つい高笑いをしてしまった。
一体なぜ、この女が金も地位も人望も手にしているのだろう。
この世は不公平だ。
彼女はただファルシカ家の偽善者に拾われた哀れな孤児であるのに。
なぜ、私じゃない?
なぜ、この女が幸せで、私は不幸せなの?
トリーゼを室内に招きいれ、後ろ手で扉を閉める。
恐ろしい静寂が訪れた。
――中には、先客が三人いる。
「だ、誰……?」
「私のビジネスパートナーです」
「マリア……?」
私は扉の前から動かず、まずは手で一人の老人を示した。
金さえ積めば、なんでもやる。
クラリーネの屋敷でひっそりと暮らしていた男だ。
「すみません、お前にはここで死んでもらいますね」
やっと、トリーゼの顔が恐怖で染まった。
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何が起こっているのか。私はのこのこと誰に着いて来てしまったのか。
彼女を理解できたときには、すでに遅かった。
陰に隠れていた二名の男が私を押さえつけ、椅子に縛り付ける。
手首と足首が痛い。おまけに痣のあるお腹だって猛烈に痛い。
やっと、理解した。
「あなた、ローザ……?」
「あははは! バカね。本当に救いようのない阿呆。 ……いいえ、私はマリアですよ、お嬢様! お忘れですか?」
「えっ、やっぱりマリアなの!?」
「……いつまでその調子でいられるかしらね」
人が変わったようにマリアの雰囲気が変わった。
目の前の彼女は、私が大嫌いだということが全身からひしひと伝わってくる。
マリア……いや、ローザが近付き、バチンと私の頬を叩いた。
「お前が嫌い」
「理由を聞いてもいい?」
バチンと一つ。
答えはノーだ。
「今から死ぬ人間に何を言っても仕方ないわ。お前からの言葉は何一つ要らない。命乞いの無様な姿くらいは見てあげてもいいけれど」
と、ローザは男から剣を受け取った。
剣を引きずりながら、私の元まで歩いてくる。
「お前が生きているだけで、私が不幸になる。だから、これで入れ替わるのは最後にしてあげるわ」
狂ったように笑ったローザは、隅で座る老人にいくつかの貴重品を手渡した。
指輪やネックレス、金貨、宝石。
それらを確かめた後、老人がゆっくりと立ち上がった。
手には瓶を持っている。中にはドロドロとした紫の液体が入っていた。
その中に、ローザは入れた。私の髪の毛を。
「簡単よねぇ。相手の一部を渡すだけでいいんだから。あっと言う間に入れ替わり魔法の完成。でもね、これは用心深く目ざとい相手には効果が無いの。喜びなさい、馬鹿で愚かで能天気で低能な人間にしか使えない」
「ここぞとばかりに私の悪口を言う……」
「事実だもの」
ローザは指で瓶の中身をクルクルとかき混ぜ、うっとりと見つめた。
「私はね、完全なトリーゼ・ファルシカになりたいの」
「馬鹿で愚かで能天気で低俗な私に?」
「黙れ!!」
ローザは激高する。
彼女が剣を振り上げようとした時、ガツっと何かが削れる音がした。
「……」
マリアの体はまだ成長途中。小柄な体に成人した男が扱う剣は大き過ぎたようだ。
ローザは剣を投げ捨て、懐に持っていた短剣を取り出した。
(初めからそれを使っていれば……)
などどいう疑問は絶対に口に出してはいけない。
正直、今は命の危機が訪れているので、それどころではないのだが。
「厄介な奴らが来る前に終わらせましょう。あなたの人生を」
「私を殺すの?」
「えぇ」
「私になりたいのに?」
「えぇ」
「私はどうなるの?」
「時間稼ぎのつもり? 情けないわねぇ……」
悪あがきをする私の姿に、彼女は気を良くしたようだ。
どうあれ一秒でも延命できるなら御の字。
何も解決策は思いつかないが、このまま小一時間くらい時間を稼いだら、絶対に誰かしら来てくれる。
……それまで粘ろう。
「答えたら殺すわね」
「え。――おぇっ」
言うや否や、ローザは私の口になんか汚い布を入れてきた。
いや違う。これは私が持っていたハンカチだ。ずっとポッケに入れたままの。
これで死のカウントダウンが始まってしまった。
「お前は死に、私はその体だけを貰う。喜びなさい。お前の亡骸に私が入って、死ぬまで生きてあげる。あぁでも、マリアの肉体に入ったお前は邪魔になるわね。……そうね、決めた。このちんちくりんで不便な体もついでに殺しましょう」
彼女は憑りつかれた様に、私の髪の毛が入った瓶を振っている。
「本当は痛めつけて殺したいのだけれど、私も痛いのは嫌。傷は少なくしてあげるわ、感謝しなさい」
短剣をしっかりと握りしめたローザは、私の心臓を狙っている。
一歩、二歩と下がり助走をつけ始めた。
(あ、終わる)
体を動かすも、ご丁寧に椅子が地面に固定されている。
(やばいやばいやばいやばい!!)
私の良いところは、絶体絶命の危機に瀕しても思考を停止しない所だと思おう。
迫りくる死に醜く抵抗し、本能のままに動くところ。
そのせいで、きっと最期の時ギリギリまで恐怖や後悔を感じる羽目になるのだ。
「ぎゃー!!!!」
叫んだ私は、それはもう無意識に魔法を使っていた。
手から突風が巻き起こり、椅子が地面から離れる。
室内は強烈な風によってしっちゃかめっちゃかだが、知ったこっちゃない。
そこまでは良かったのだが。
――私は気が付いた。きっと最期まで運が悪いのだと。
手の角度が悪かったのだ。もっと地面に向けていれば。
椅子と私は上方ではなく、前方に押し上げられた。
……そう、刃を持って走って来たローザに向かって爆速で。
「は」
ぐ、と刃が体に沈む感触がした。
幸い即死は免れたが、きっと入ってはいけない部分に刃が食い込んでいる。
(肋骨の隙間にねじ込むようにして……、あぁ怖い!)
要らぬことを想像し、恐怖で見開いた私の目には、驚くローザの顔があった。
まさか死を間際にした相手が泣き喚くでもなく、自ら爆速で飛び込んでくるとは思いもしなかった顔だ。私だって同感だ。
「う」
私とぶつかった衝撃でローザは壁に打ち付けられた。
胸に短剣が刺さった私も椅子ごと床に落ち、更にはガクンと首が落ちた。
(あぁ、死ぬのかな)
朦朧とする意識の中で浮かんだのは、彼の顔だ。
私の亡骸を発見するのは、きっと彼ではない方がいい。
しかし、自分がまだ意識がある内、最後に触れて欲しいのも彼だったり。
「ヘル、バート……」
あぁ、もっと彼と話せば良かった。
でもローザに乗っ取られた「トリーゼお嬢様」に彼が縛られるくらいなら、私はこの結末で良かったのだと心の底からそう思う。
「トリーゼ!!」
男性の声がした。
扉が強引に開き、外から光が射しこんでくる。
誰かいる。男性だ。
あれは、もしかして――……。
「クライス、王子」
の後ろから、
「ヘル、バート……。あ、シャイ、ラ。……ロメオ……はいっか」
雁首揃えて彼らが来た。
――遅い。あと数秒早ければ。
そう文句を言いたかったが、既にもう私は意識を手放していた。
閲覧ありがとうございました!
物語終盤ではありますが、もう少しだけお付き合いくだされば嬉しいです。




