第二十七話 余計な一言
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ガッシャ―ン
マリアはいい子だ。とても。
健気で一生懸命。真面目で正直者だ。
「マ、マリア……。これは……あなたが?」
私は粉々になったガラスを指差す。
遥か前方の芝生には、花瓶の破片が散乱していた。
「トリーゼお嬢様……。申し訳ありません……」
「一応、何があったか聞いても良い?」
「花瓶を運んでいたら躓いてしまって、窓ガラスに向かってぽ~んと……」
「あぁ、だから花瓶の欠片が芝生に飛び散ってるんだ……」
目の前の光景を目にした時は理解が出来なかったが、やっと何が起きたのか理解することができた。
「け、怪我はなかった?」
「はい!」
「ならいいんだ……」
と、私は魔法で破片をかき集めた。
彼女は目を輝かせてそれを見ている。
「魔法、いいですね。羨ましい」
「マリアはもう十六歳だっけ。でも気を落とすことは無いよ。私はこの年で使えるようになったんだから。運、運」
「そう、なんですね。不思議です……」
「ね~」
破片を集め終わった私は、マリアに向き合った。
「これは私が片付けておくから、マリアは食堂に行ってきなよ。お昼の時間じゃない?」
「でも、トリーゼお嬢様にこんなことさせられません!」
「平気平気。ヘルバートによくやらされるから」
「ヘルバートさんはトリーゼお嬢様を第一に考えるお人ではないのですか」
「そんな怖い顔しないで。ヘルバートはああ見えて、ちゃんと仕事はするから大丈夫」
「……違う」
マリアが小さく何かを呟いたが、その声をかき消すようにヘルバートの声が届いた。
「お嬢!」
「何~」
「狙撃されたかと思う程の衝撃音が聞こえたのですが、御無事ですか!?」
「花瓶が窓ガラスを突き破って庭に飛んだだけ」
「花瓶が飛び……?」
ヘルバートは私が指差す方向を見て、マリアを見た。
全てを理解し、頷いた彼はマリアに一点を示す。
「君は昼ご飯を食べてきてください。後は俺がやります」
「申し訳ありません……」
しょんぼりと肩を落とすマリアを二人で見届け、顔を見合わせた。
「マリアを迎え入れたお嬢が、全責任をもって彼女の面倒を見て下さいね」
「連帯責任じゃないの? 主人に一切合切を押し付けるのはどうかと思うなぁ」
「俺は、お嬢と違って忙しいので」
「私も! 忙しいんですけど。……そう言えば、ローザの行方が掴めたんだっけ」
リスクを冒し、クラリーネの屋敷に行った収穫は十分にあった。
消えたローザと顔見知りの人間が、金と引き換えにぼろぼろと吐いたそうだ。
ヘルバートは手早く掃除を済ませながら言った。
「ローザは城下のパン屋の方に伝手があるとか。謎の大金を持って消えたそうです。しばらくはそこで身を隠すそうなので、今しらみつぶしに店を調べています」
「国外には逃げなかったんだ」
「まだお嬢を諦めていないってことでしょう。一層、警戒を強めた方がいいですね。……そう言えば、お嬢のお腹はどうですか? 何か異変が起きたりしていませんか?」
「最近はあんまり。多分、お腹が痛くなる時って私がローザに精神を乗っ取られようとしている時なんだと思う。勝負に負けたら私は意識を失うし、勝てばこの体は無事私の物」
しかし、負け続きの戦だ。
腹痛は不意に訪れ、防ぎようがないのだ。
物理的に腹部を攻撃することでローザからの干渉を防ぐことが出来なくもないが、みっともないのであまりしたくない。
あれは最終手段だ。
「そう言えば今朝、お嬢はお腹が痛いと言ってませんでしたか?」
「あれは下痢」
「言わなくていいです」
「自分から聞いたくせに」
ヘルバートはわざとらしく耳を塞いだ。
+*+
「マリア、何したい?」
その日の午後。私はマリアを庭に呼んだ。
ヘルバートは城下町に行ってしまったので、正直暇なのだ。
ロメオは意外にも、本業でやる事があるみたいだし。
マリアの気分転換になれば良いと思った。
「お庭が見たいです!」
「じゃあぐるっと歩こう」
二人して並んで歩いていると、久しぶりにマルルスを見かけた。
剪定ハサミの音にいちいち怯えつつも、彼に近付く。
彼は私達に気付き、麦わら帽子を取って挨拶をした。
流石、あの意外と生真面目ロメオ君の親だ。
きちんとしている。
「トリーゼお嬢様と……どなだでずがね」
「最近お勤めをさせていただいてます! マリアです!」
「あ、分かるんだ。マルルス語……」
聞き馴染みのないであろうマリアでさえ、彼の方言が理解できている。
これは一種の呪いだ。悲しい事に私だけが彼の言葉を聞き取れない。
シャイラに解呪を相談してみようか。
「どうぞ、みていっでぐださいな。なにがあれば、わたじにおっじゃってくだざい」
「ありがとうございます!」
マリアが何かいい感じに返事をしているから、話はまとまったのだろう。
跳ねるようにして先を歩くマリアの後を、ニコニコしながら追いかけていると、
彼女はふと足を止めた。
「どうしたの?」
「……この木」
彼女は大木を見上げていた。
ピンク色の花弁を溢れんばかりに咲かせる美しい樹だ。
「その木は昔からあってね――……」
「私、この木はちょっと、苦手です」
そう言うマリアの目には、光が無い。
遠くにいるマルルスがぴくりと反応したのが見えた。
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