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第二十六話 嵐が過ぎ去り、また一難

閲覧ありがとうございます!

「えいっ」


 私が魔法を使った瞬間。

 快晴の空には灰色の雲がどんよりと立ち込め、ゴロゴロと低音が轟いた。

 ぽつぽつと顔に雨が当たったかと思いきや、蛇口をひねったがごとく滝のように雨粒が降り注ぐ。


「えー!」

「お嬢! 魔法を止めて下さい!」


 さしものヘルバートも仰天し、取り乱していた。

 おそらく大声を出しているのだろうが、豪雨と雷鳴の音で音が掻き消される。


「え!? 何!?」

「ま・ほ・う・を! と・め・ろ! ば・か!」

「え、何……。あ、今、馬鹿って言ったでしょ!」

「そこは聞こえるんですか」


 加えて風まで吹き始めた。

 びゅうびゅうと恐ろしい音を聞きながら、呆然と立ち尽くす私の隣で、ヘルバートが何やら奮闘をしている。だが、あまり上手くいっていないようだ。


「何してるの!」

「お嬢の魔法を上書きしようとしているんですが! 範囲が広くて! 追いつきそうにありません!」

「ごめーん!」

「お嬢、もう一度さっきみたいに魔法を使えますか」

「これ以上やったら取り返しのつかないことになるんじゃない!?


 既にここ一帯に嵐が訪れているのだ。

 遠くの方に青空が見えているから、局地的な嵐で済んでいる。

 これ以上余計な事をしたら、広範囲に被害が出る恐れがあった。


「俺が補助します。お嬢は何も考えず魔法を使って下さい。お得意でしょう、何も考えないで行動するのは」

「わ、分かった! ……は?」

「煩い。集中してください」

「どうなっても知らないからね!」


 全責任は言い出しっぺのヘルバートにある。

 私が手を伸ばすと、後ろからヘルバートが私の腕を掴んできた。

 私と目線を合わせた彼の息づかいが耳元で聞こえ、こそばゆい。

 本来ならヘルバートの急接近に驚きたいところだが、いかんせん今は罪人一歩手前なのである。

 この大嵐のせいで屋敷に被害が及び、クラリーネに訴えられたら勝てる気がしない。


「いい感じです」

「ほぉ~」

「間抜けな声を出さないで下さい」


 ヘルバートの言う通り、いい感じに空が落ち着いてきた。

 しばらくすると雨雲は去り、青空に小雨が降り注ぐ程度になった。


「服がずぶぬれ……。あ、虹だ」

「ですね」

「ありがとうヘルバー……」


 振り返ると、忘れていた。

 ヘルバートの顔面が傍にあったことを。


 今までにない距離で顔を見合わせ、二人して目をぱちくりさせる。

 ヘルバートの顔がみるみるうちに真っ赤になり、雷に打たれたように後退した。

 私は一瞬どきりとしたが、彼があまりにも素早く避けるものだから、少しショックを受ける。


「えぇ。そんなに勢いよく避けなくても。ちょっと傷つくな……」

「ち、違いますって。ち、近いんですよあんた」

「私のせい!? 勝手に背後に忍び寄ってきたのはヘルバートじゃない!?」

「それにしてもあなたは期待を裏切りませんね。お嬢に魔法を使わせるんじゃなかったですよ」

「さっきまでは上手くいってたんだけどな……」


 苦々しい顔をしたヘルバートだったが、ふと真剣な顔になる。


「お嬢、もしや。既にあるものを移動させるのは得意ですが、無いものを生み出すのはヘタクソなんじゃないですか」

「え?」

「お嬢は、自分自身じゃ何一つ生みだせないってことです」

「嫌な言い方選んだでしょ」


 しれっとしているヘルバートを睨む私の耳に、クラリーネの声が突き刺さった。


「ちょっと! どういうこと!」


 クラリーネが完全にお怒りの状態だ。

 遠くにいるロメオは澄ました顔で紅茶を飲んでいる。


「魔法で雨を防いだんだ。流石ロメオ」

「クラリーネ様も平気そうですね。良かった。雨に打たれていたら今の怒り程度じゃ済まなかったでしょうから」

「そもそも怒らないで欲しいなぁ」

「原因を作った張本人が言いますか」


 クラリーネの接近に身構えていると、彼女はあろうことかベンチのマリアに詰め寄った。

 マリアはあの大嵐で目を覚ましていたらしい。

 濡れた状態でぽかんとクラリーネを見上げている。

 詰め寄るや否や、クラリーネはバチンとマリアを平手打つ。


 マリアは叩かれた頬を抑え、震えながらクラリーネを見ていた。

 クラリーネはもう一度、鋭く手を振り上げる。


「あんた! 魔法を使ったわね!?」

「ち、違います!」

「二度と使うなって言ったでしょう!」

「私、魔法は使えません!」

「嘘を吐くな!」


 手が振り下ろされそうになる。

 私は気が付いたらクラリーネの腕を止めていた。

 クラリーネの行動に、過去の自分の姿が重なったのだ。


「……あん、た」

「やめて下さい」

「なんであんたがここにいるのよ! ……はっ。お気に入りの従者もいたって訳ね」


 信じられないが、クラリーネは完全にロメオしか見ていなかったことが分かった。

 薄々勘づかれていた、とかそういう次元では無さそうだ。


「マリアは無関係よ。彼女を叩かないで」

「お前がそれを言うの?」

「うっ」


 言い返せなかった。

 ローザが入れ替わっていたトリーゼは、人を叩き暴言を吐き辱めるのが大得意なのだ。

 クラリーネは言葉を失った私を見て、勝ち誇ったように笑った。

 見事な高笑いである。


「あははは! あなた、人に説教を出来る立場かしら?」

「いいえ……」

「お嬢……。もうちょっと頑張って下さいよ」


 項垂れた私にヘルバートが小さく漏らした。

 放心状態から回復したマリアが、クラリーネに向かって頭を下げた。


「お嬢様、申し訳ありません。私がすべて悪いのです。この方たちは悪くありません……」

「えぇ。わざわざ言わなくても分かっているわ。じゃあ、出口はあっち」

「え?」

「分からなかった? 今日であんたはお終い。さっさと出て行って。ろくに私物も持っていないでしょう? 今すぐ出て行って。あんたがどうなろうが私には関係ない」

「お嬢様……」


 クラリーネはマリアを完全に無視し、私達に向き合った。

 手を組み、敵対する気満々だ。


「で、なんであんたがここにいるの? 私の屋敷で働こうとするなんて、ついにファルシカ家もお金に困ったのね、可哀想に」

「えぇ、まぁ……はい」


 私は金に困っている。

 返す対象が職人のおっちゃんからヘルバートに移行した、一億ルシカが。

 暫しの沈黙。

 それを突き破ったのは、乱心したクラリーネだった。


「さっさと出ていけ!!」

「うわぁ!」


 突然、物凄い剣幕で捲し立て始めた彼女に追われるように、私達は屋敷の外に走り出た。

 勢いよくドアが閉められ、鉄門が締まる。


「お嬢サマってのは、どいつもやべぇな」


 既に逃げおおせていたロメオがぼやく。


「どうなる事かと思いましたが、クラリーネはあまり俺達と関わりたく無さそうでしたね」

「そりゃそうでしょ。庭をビショビショにされたんだから」

「いや、後ろめたい何かがあるから追い出されたのでしょう。第三者に介入されずに俺達との関係を切りたがっている様子でしたね」

「ふーん」


 ヘルバートへの返事もおざなりに、私はとある1点を見つめていた。

 蹲り、泣きじゃくる彼女だ。


「マリア、ごめんね。私達が余計な事をしたから」

「いえ! どの道こうなる未来だったんです。いつもお嬢様からは『出ていけ』って言われるんですが、どうやら今日は本気だったみたいで……。すみません、まだ心の整理が……」

「マリアが良ければさ、うちにおいでよ」


 私はしゃがみ、彼女と目を合わせた。

 潤んでいる大きな瞳を見て、落ち着かせるように微笑んだ。


「私ね、ファルシカ家っていう所の人間なの。マリアがこうなっちゃったのは、私のせいだから。マリアさえ良ければ、どうかな?」

「では、あなたが噂のトリーゼ・ファルシカ……?」

「う……ん」


(どんな噂なのかは聞かないでおこう)

 名前を聞いたことで断られる可能性を考えていなかった。

 発狂して逃げられてしまうかもしれない。そうなったら私がマリアを追うことは出来ない。

 彼女の言葉をじっと待っていると……。


「是非、私をお傍において下さい!」

「え!?」

「え!? ダ、ダメですか……?」


 まさか快諾してくれるとは思わなかった。

 マリアは目をキラキラさせたまま、興奮して喋る。


「トリーゼ・ファルシカは、すごくお綺麗でそれは大層な麗人。そして聡明で誰もが彼女に付き従いたくなる。そう……聞いています!」

「マ、マリアは一体誰を思い浮かべているの……」

「え? ……違うんですか」


 突然、マリアが感情を失った。

 自分の理想とする人間が否定され、怒っているように見える。


「いや、全然間違ってない! トリーゼ・ファルシカはね、皆に優しくて手を差し伸べる。それはもう平和的で素晴らしい人間!」

「お嬢……?」


 ヘルバートがドン引いた顔でこちらを見たが、視線で黙らせた。

 こういうのは印象が大事なのだ。

 しかしマリアは至って真剣な表情だった。


「いいえ。違います。私が知っている彼女はもっと理知的です」

「あ、ごめん……」


 本人を目の前にしてなかなか厳しい事をいう子だ。

 しかし、マリアの頑として譲らないトリーゼの印象はどこからくるのだろうか。


「ねぇ、マリア。どうして私の事を理知的……? とか思うの? 会ったこと無いよね」

「私、あなたの事を遠くから見たことがあるので! お顔も分からないくらい遠くからですが……」

「あっ、ストーカー的な……」

「違いますよ! お嬢様に付き合って街を歩いていた時に、見かけただけです!」


 あらぬ疑いをかけられて、マリアはぷんぷんと怒る。

 何はともあれ、とりあえず一緒に来てくれるようで良かった。

 私はマリアの手を握り、彼女を立たせる。


「じゃあ、行こうか」

「はい!」


 マリアはスキップをして先を歩き始めた。

 案の定、コケかけたがそれを予期しない私ではない。


「あぶなっ」

「あ、ありがとうございます!」


 深く礼をしながら歩いたマリアは、前が見えなかったのだろう。


「あだっ」


 思いきり木にぶつかった。

 ロメオが容赦ないため息を零したので、シッと黙れのジェスチャーをする。

 誰にでも失敗や欠けている面はあるのだ。

 マリアにはマリアの良い所が山ほどあるに違いない。


 ――しかし、私はマリアを迎え入れたことを後悔することになる。


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