第二十五話 おっちょこちょいと言わんこっちゃない
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こっそり隠れようとしたのだが、運悪く見つかってしまった。
ロメオが気絶するマリアをそっとベンチに寝かせた。
女性は腕を組み、警戒心と不快感を全身で表現した。
「なに、あんた達」
容赦ない視線が私達を刺している。
一応話は通っているはずだが、このドジっ子マリアが気の強すぎるお嬢様に私達の存在をちゃんと伝えてくれているかは不明だ。
(この感じ、絶対言ってない)
「ご無礼をお許しください」
こういう時のロメオは意外と頼りになる。
彼は恭しい一礼をし、同じ人物かと見紛う穏やかな声を発した。
「ご挨拶も無しに申し訳ありません。ギルドに貼りだされていた依頼書を見て来た者です」
「あらそう」
「貴方はこの屋敷のお嬢様、ですね」
「えぇ。クラリーネよ」
ロメオの丁寧な問いかけに、彼女は気を良くしたようだ。
いや、正確には彼の整った顔立ちのおかげの気がする。
(良かった。あの場にいただけのロメオは流石に覚えていないみたい)
クラリーネと名乗る女性は引くほどロメオに釘づけである。
私はヘルバートの肩をつつき、庭を指差した。
ロメオを残し、二人でそそくさと庭に逃げる。
クラリーネの楽しそうな声とロメオの丁寧な声が聞こえたため、あちらは順調そうだ。
接待はロメオに任せてしまおう。
「さて、ちゃちゃっと終わらせますか」
「お嬢、どうします」
「魔法でジャーっと種まきして、ガーっと水をまこうよ」
「相変わらず馬鹿っぽい説明をしますね……。ではなくて、このまま仕事を終わらせたら俺らは用無し。用が済んだら留まる理由が無くなってしまいます。俺達はこの屋敷に出来る限り居座り、情報を集める必要があります」
完全に農作業に気を取られていた私がはっとすると、ヘルバートは声を潜めた。
いつもと雰囲気が異なる。彼なりに神経を張り巡らせているらしい。
「ロメオが彼女を引き付けている間、俺は使用人の寮を探索し、聞き込みをしてきます。情報量として使用人に渡す金貨は、お嬢のへそくりを頂戴しているので大丈夫です」
「横領!」
ヘルバートは頻繁に主である私の部屋に不法侵入しているらしい。
いやしかし、ここで喚いても仕方ない。
「そのお金は十日で一割の利子として……。とりあえずヘルバートの考えを聞かせて」
「クラリーネから何か問われたら、俺は一時的に水汲みに行っていることにして下さい。幸いここの井戸は枯れ果てていますし、川のせせらぎが聞こえるので大丈夫です」
「わ、分かった」
「じゃあ、頼みましたよ」
「マリアが起きたら、一緒に種まきしとくね」
「ポンコツお嬢とマリアが一緒にいるだけで頭が痛くなりますが……。せいぜいクラリーネに目をつけられない程度に作業してください」
ヘルバートの中で、マリアの立ち位置が決まったようだ。
嬉しいかな、私と同列だ。
「じゃあ、いってらっしゃ~い」
「一番危険なのはお嬢ですよ。気を緩めないように」
最後まで心配した顔でヘルバートは森に消えていった。
「……さて」
私は広大な土壌を見て青空を見た。
今日はとてもいい天気だ。
「種、どこだろ」
とりあえず木箱を漁って見たら、ビンゴ。
それらを両手に掬い、宙に浮かせた。
「すご! 私ってば才能アリ?」
一斉に浮いた種を空に解き放つ。
あまり正確には置けないが、均等になるように意識をしたらなんかいい感じに蒔けた。
「次は……」
「魔法!? 使えるんですね? いいなぁ!」
不意に下から声がした。小柄なマリアが目をキラキラさせている。
「わ!」
「次は、土を被せましょう!」
「マリア、起きていたの」
「私の名前知っているんですか?」
「あぁ……。さっきクラリーネ様が探してたよ。体は平気?」
彼女の名前が出た途端、マリアの顔が曇った。
「体は大丈夫なんですけど……。あはは。……またお嬢様に怒られちゃいます」
「マリアは辞めたりしないの? ほら、ここって逃げちゃう人多いんでしょう」
「逃げたいのは山々ですけど、私は臆病なので逃げられないんです。ここ以外に雇ってもらえる場所がある保証もありませんし……」
「そっかぁ……」
私の屋敷においで、と言いたいところだが、今の私はヘルバートの召使い役だ。
トリーゼ・ファルシカであるとバレては厄介なのだ。
「おねぇさんは、どうしてあの人の傍を離れないんですか?」
「うーん。彼ね、案外優しいの。小さい女の子が好きらしいけど。マリアも気を付けた方がいいよぉ」
「大丈夫です。私、十六歳なので!」
「ギリギリのライン」
(ヘルバートも二十代前半の見た目だし、まぁセーフか)
先ほどから、私はばっちりマリアと目を合わせて会話をしていた。
とりあえずマリアは、私がトリーゼ・ファルシカであると気付いて無さそうだ。
この屋敷に長いこといるせいで、外界に疎いのだろう。
「……で、土を被せるんだっけ」
「はい! ある程度柔らかくしているので、魔法を使える方なら楽に被せられるかと。……そう言えば、あなたの名前は何ですか?」
「リ、リゼ」
「リゼさんですね! ありがとうございます!」
(あぶなー! ヘルバートに感謝しなきゃ)
偽名を予め決めておいて正解だった。
抜き打ちで聞かれていたら、私はきっと「トリ」まで言っていた。
「じゃあ、お願いします! リゼさん!!」
私は魔法が暴走しないように物凄く気を付けた。
暴走したら、マリアをまた気絶させかねない。
良くも悪くも守りたくなるような雰囲気を持つマリアが傍にいるお陰で、難なく土を被せることに成功する。
ホッと胸を撫でおろしていると、パチパチと可愛らしい拍手が巻き起こった。
「うわー! すごいー!」
「えへへ~」
純粋な称賛に鼻の舌を伸ばしていると、マリアはキャッキャと走り回る。
「あ、そんなに走ると……」
土は今フカフカの状態だ。
一層、土に足を取られる可能性が高いというのに、彼女は……。
「ぶべ」
「あー、言わんこっちゃない」
ドジっ子で済まさせる程度を越えている。
マリアの今後が心配になってきた。
いつの日か、クラリーネにクビを言い渡されてしまうのではないだろうか。
「あぁ、また気を失って……」
私はえっちらおっちらマリアをベンチに戻す。
クラリーネとロメオはいつの間にか消えていた。
「こっちは汗水たらして働いているっていうのに……」
今頃、優雅に呑気にティータイムを嗜んでいるだろう。
いや、嗜んでいた。
畑とは遠い場所にある庭園のテラス席で、湯気の立つ紅茶を前によそ行きの笑顔を貼り付けている。
彼が紅茶に全く手を付けないのは、クラリーネに警戒をしているからではない、もちろん。
(時間を稼ぐ必要があるのに、勢いで作業進めちゃったなぁ……。あ、ヘルバートが戻って来た)
ガサガサと音が聞こえたかと思えば、ちょっと息を切らしたヘルバートが姿を現した。
私に近付くや否や、彼は言う。
「消えたローザの行方が分かりました。さっさとここから離れますよ」
「え、でもまだ水やりが……」
「そんなものはロメオに任せてしまいましょう。どうせ、クラリーネの接待で優雅に呑気に熱々の紅茶を飲んでいるんでしょう」
「え、何で分かったの」
「森から見えました」
ヘルバートは私の手を掴んで離さない。
しかし、このまま放って逃げることは出来なかった。
ここで作物を放り出して、健気で重度のおっちょこちょいマリアが困るのは後味が悪い。
作物が収穫できなければ、マリアがご飯を満足に食べられず、伸びる可能性を秘めた身長が止まってしまうかもしれない。
「ヘルバート、私の魔法見て。上手になったの」
「え? お嬢が? いや、魔法を使うのはやめて下さいよ。災害になる」
「種まきと土の移動は完璧に出来たんだけどね! マリアに聞いてごらんよ!」
「マリアの評価はいささか信憑性に欠けますね……」
「まぁ、見てなさい」
私は最後の作業に取り掛かる。
水を雨のように降らせるだけだ。
「えいっ!」
――次の瞬間、災害が起こる。言わんこっちゃなかった。
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