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第二十八話 共通点

閲覧ありがとうございます!


 マリアは樹を見上げたまま視線を外さない。

 ぼうっと花を見上げているだけで、なかなか現実に戻ってこないのが怖い。


「マリアさん……?」


 私はマルルスの視線も痛くて怖くて仕方がなかった。

 マリアの肩をそっと叩くと、彼女は我に返った。

 ビックリするくらい体を跳ねさせ、私を驚いた顔で見ている。


「うわっ! あ、お嬢様……」

「だ、大丈夫?」

「あ、え、はい。すみません、少しぼうっとしていました」

「マリアはこの樹が苦手なの?」

「え?」

「だってさっき……」


 マリアの不用意で余計な一言のせいで、マルルスの顔から瞬時に笑顔が失われたのだ。

 この樹は前トリーゼが嫌っている樹でもあり、マルルスが一等手入れに力を入れている樹でもある。

 当の彼女は、呆けた表情をしたままこちらを見つめているだけだ。


「お嬢様、すみません。あの、何だか意識が――っ」

「うわ! マリア!?」


 マリアは突然白目を剥いて後ろに倒れた。

 間一髪、彼女を抱きとめることが出来たが、小柄とは言え女性一人分を抱えるのは重かった。


「あれ?」


 抱きとめた拍子に、彼女の鎖骨辺りに痣を見つけた。


「うわ、クラリーネが? 酷い……」


 あの女性ならこの子を叩きかねない。

 クラリーネからは前トリーゼと同じ匂いを感じるのだ。

 ちょっとおっちょこちょいのマリアに癇癪を起し、暴力を振るっていてもおかしくはない話だった。


「……」


 だが、心のどこかで何かが引っかかる。

 見覚えがあるようなこの痣は、私の腹部と同じものに見えるのだ。

 どす黒い紫。

 もしかしたら、マリアも私と同じように誰かに精神を蝕まれているのかもしれない。

 そう考えると、彼女の異常な気絶体質も説明がつくような気がした。


「まさか、ね……」


 今はとりあえずマリアの回復を待とう。

 私は彼女を背負って、医務室まで運んだ。



 +*+



 ヘルバートは城下町に行き、手当たり次第に店を訪れていた。


 遠目からローザらしき人物がいないかを確認し、いなければ足を踏み入れ、慎重に聞き込みをする。

 お嬢に言えばややこしい事になりそうなので伏せていたが、ローザは黒髪を持つ二十代前後の女性だ。

 トリーゼが知らない内にローザから恨みを買った可能性があるが、可能性は低い。

 恨みを買うとしたら、少しばかり猪突猛進で頭の足りない面だろうか。

 だが、彼女は呪われるまで恨まれる人間ではないと俺は確信をしている。

 なぜならお嬢を幼い頃から知っている。

 ――あれは認めたくないが、一目惚れだった。


 十年ほど前。

 彼女は覚えていないようだが、冒険者ギルドにトリーゼはよく一人で遊びに来ていた。

 冒険者見習いとして働いていた俺は、彼女を見て恋に落ちる。

 交流はあったものの、彼女からしたら俺はただの顔見知りでしかない。

 いつか彼女に見初められたいと強く願った。

 その一心で働いていたら、いつの間にか多方面に俺の名が知れ渡った。

 ……そしてそのせいで、おそらく当時は名も姿も知らぬ女性――ローザに目をつけられたのだろう。

 トリーゼを執拗に狙う彼女に。


「……あ」


 窓の外から、姿を捉えた。

 黒髪の女性が窓の外をぼうっと見ている。客がいないから暇なのだろう。

 心臓が跳ねる。

 いや、まだローザだと決まったわけではない。

 ……瞬間。不意に彼女がこちらを向いた。

 ローザからしたら俺は五年以上も一番近くで、トリーゼの視覚で見続けた顔。

 ――しくじった。

 が、彼女はふいと視線を逸らす。

 全く感情を表に出さなかった。


(もしや、俺の顔を覚えていない?)


 演技であれば相当なものだ。

 その可能性もなくはないが、腑に落ちない。


「ヘルバートさん?」

「――っ!」


 突然、声を掛けられて情けない事に驚いてしまった。

 そして声の主を見て、更に焦る。


「シャイラ」

「奇遇ですね。トリーゼ様は御一緒ではないのですか? ……残念」

「なぜここに?」


 パン屋内部に視線を寄こすも、ローザと思しき女性はぼうっと窓を見つめたまま一切反応を示さない。

 彼女はシャイラを目の敵にしていたはず。気付いて逃げられたら相当厄介だ。


「買い物です。……なるほど。私がここにいると、何か不都合なことがありそうな顔ですね。かなり薄くですが、嫌な感じがします。ヘルバートさんはトリーゼ様に内緒で単独行動をされている、のでしょう」

「いや…。いや。君には話した方が良いな」

「分かりますよ。ヘルバートさんは、店内の女性にうつつを抜かしているのですね。黒髪の落ち着いた雰囲気の女性、お似合いだと思います」

「は?」

「ならば、トリーゼ様はわたしが幸せにして差し上げましょう」


 うっそりと笑うシャイラは何やら誤解をしている様子だ。

 俺がお嬢に内緒で、気になった女性を影から覗き見ているとでも?

 有り得ない。俺はお嬢一筋だ。


「シャイラ、冗談はよせ」

「すみません、つい。敵は少ない方がいいですから。……分かっていますよ。トリーゼ様にかけられた呪いについて、あの女性が何かを知っている」

「確証はないが、あの女性はおそらくローザ。お嬢に乗り移っていた張本人だ」

「……あの女が」


 途端、シャイラの目が鋭く光った。

 穏やかな春のそよ風が、突風に変化する瞬間を見た気がする。


「行ってきます。ヘルバートさんは裏口を」

「あ、おい!」

「人違いでしたら、きちんと謝りますので」


 シャイラは勢いよくパン屋の戸を開く。

 ローザらしき女性は驚いた表情を見せた。

 あっちはシャイラの顔を知っている。

 何かおかしな行動を見せたら、問答無用で取り押さえる覚悟は出来ていた。

 店側の迷惑は一旦、あとで考えよう。お嬢に丸投げしよう。


 女性は驚きつつも、シャイラを客と判定したようだ。


「い、いらっしゃいませ~」

「あなた、私を知っていますか?」

「え?」


 俺は頭を抱える。

 誤算だった。シャイラは冷静さを欠いている。

 聡明な彼女ならば、共に作戦を練ってくれると踏んでいたのに。

 まさか乗り込むとは思っていなかった。


 ローザと思しき女性は、シャイラから発せられた唐突な質問にはっきりと答える、


「し、知りません」


 その声音には恐怖も嫌悪も怒りもなく、ただただ困惑の色が乗っていた。

 間抜けな顔をして振り向くシャイラと目が合った。


閲覧ありがとうございました!!

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