第二十三話 ミルクとココア
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お下品お下劣です。
「ねぇ! 私、知ってる! もしかしたら潜入してもっとローザの手がかりを掴めるかもしれない!」
「突然、どうしたんですかお嬢。また気でも触れましたか?」
容赦ないヘルバートを無視し、私は経緯を述べようとする。
私が鳩尾に攻撃を喰らう直前の出来事。
彼らからすれば半年前。私からすれば数日前の出来事だ。
でも鮮明には思い出せない。
とりあえず勢いで伝えることにした。
「ギルドに依頼が出されてた。この屋敷で人手が足りないから農作業する人を求めてるって! あの~ほら! 私が白い液体を顔面にびしゃっと! やられた日だよ!」
「は? お嬢、答えろ。誰にされた?」
「うわ! 痛いって!」
ヘルバートが私の両肩を掴んできたせいで、話が進まない。
彼の手から強い怒りと後悔を感じるが、あの場面で攻撃を防ぐことは不可能だと思う。
あの女性は私がロメオとクライス王子を侍らせていると勘違いし、問答無用でミルクをかけ瓶を鳩尾に投げつけてきたのだから。
「大丈夫だよ。大したことじゃないし、そこまで気にしてない」
「言え。俺が報復をします。相手をこの世から消す」
「怖! いや、でも私が原因っていうか……」
(正確に言えば、恨みを買ったローザの行いのせいだけど)
「は? お嬢から誘ったんですか?」
「え? 別に誘っては無いけど、どうだろう。私が先に手を出したと言っても過言ではないよね。大丈夫だよ、あれ案外美味しかったから」
「お、美味しい!? いつからそんな下品な人間になったんです?」
「口に入って来たから仕方ないよ。……あ、ロメオとかコーヒーに入れて飲んでたよ」
「ロ、ロメ……。コ、コーヒー? 一体、お前たちは何をしていたんだ!」
「……ねぇ、さっきから何を言っているの?」
ヘルバートがこの上ない程取り乱しているが、会話が噛み合わない。
するとクライス王子が噴き出した。
「あはは! ヘルバート、実は僕もその場にいたよ」
「お、王子も?!」
「あぁ、トリーゼがギルドで女性に牛乳をかけられた話だよね? 僕らと会話をしていたトリーゼが、突然襲われたんだ」
「うんうん」
首を縦に振る私の脳天にヘルバートの手刀が突き刺さった。
「いだぁ」
「ま、紛らわしい言い方をしないで下さい」
「私が悪いの……?」
「低い知性と品性は考え物ですね」
突然強い言葉で罵倒してきたヘルバートだが、どこかほっとしたような顔をしている。
「とにかくさ、あのクエストをやればいいんじゃないの?」
「誰がやるんですか」
「私だよ」
「あのね、お嬢。ファルシカ家の顔は割れている。お嬢なんか顔を見た瞬間、門前払いです。そもそも、あなたでは労力になりゃしませんよ。足手纏い。良くて荷物持ちです」
「酷い言われよう!」
「ですから、その話は無しです」
にべもなく断られてしまい、私はシュンとした。
潜入だなんてちょっと楽しそうな出来事だったのに。
「変装すればいいんじゃないかな」
天から光が射しこんだ。
クライス王子のご尊顔が天使のように、いや神様のように輝いていた。
「クライス王子……!」
「僕もよく変装をするけれど、案外バレないものだよ。彼らはまさか王子が下町にいるとは思わないだろうからね。令嬢が汗水流して働くなんて、誰も思わないだろう」
「天下のオウジサマが言うならば、平気だよ! ね、ヘルバート!」
「クライス王子、甘やかさないで下さい」
ヘルバートは自らの額を抑えつつ、詰め寄る私の額も脇に押しやった。
「じゃあ、分かりました。そのクエストがまだあったら、許可しましょう」
あればの話です。
と、ヘルバートは意地悪く笑った。
(あ、この人、勝手に破棄しようとしてるな!)
(いや、半年前だし、もう取り下げられているかもしれない……)
分かった、と私が首を縦に振ろうとするや否や。
ヘルバートは脱兎のごとく駆け出した。
行く先は無論、冒険者ギルドだ。
私はクライス王子を置き去りにし、ドタドタと彼の後を追った。
先に走ったクセに馬に跨り私達を待っていたヘルバートは、一体何がしたかったのだろう。
彼の視線が遠くに注がれていたような気がする。
+*+
「な、無い……」
「残念でしたね」
掲示板を見て私は肩を落とした。
ヘルバートは心底ほっとした様子で、勝利の美酒を楽しんでいた。
仕事中に主の横で優雅に飲酒とは。お給金を減らしてやる。
私は掲示板前にあるカウンターにガン、とコップを叩きつけた。
雑な行動はするものじゃない。熱々のココアが手にかかった。
「あちっ。……ヘルバート。さては奪ったな」
「いいえ。残念ながら、そもそも既に誰かに受注されていました。その方に感謝ですね」
「いつ!」
「それが受付の方も覚えていないらしいです」
「誰が受注した!」
「守秘義務があると断られてしまいました」
ヘルバートはさも残念、とばかりに首を振る。
私が席を立とうとした時、
「ヘルバートさん」
ふと、懐かしい声が耳を撫でた。
「ロ、ロメオ……!」
「あ? ……来んな!」
爪先立って両手を広げる私に、ロメオは完全な拒絶を示す。
自分の体を大きく見せるような行動は、野生動物にとって警戒に値する行動だったか。
ちょっとやり過ぎだと思うが、彼は本気で私を拒まないことは知っている。
「酷い!」
「俺はオマエに用はねぇ。さっさと失せろ」
「え……?」
「失せろ!」
揺らぐ私の視界に、焦るヘルバートが映った。
「……っロメオ! 彼女は――……」
ロメオは私を突き飛ばす。
いや、彼はちょっとだけ迫る私を押しやっただけなのだが、如何せん私が謎に爪先立ちになっていたもので、いとも容易くバランスを崩してしまった。
(あ、まだ言ってなかった……)
彼からすれば、私は悪女トリーゼ。
大嫌いな女が自分に迫りくるのは、心底気分が悪かったはずだ。
よろめき、カウンターに手をつく。
カウンターにおざなりに片手を置いたまま、私は沈み込むようにして床に尻もちをついた。
コップが倒れ、脳天にココアが注がれるかと身構えたが、予想していた熱湯の滝は訪れなかった。
寸前でヘルバートが防いだお陰で、カウンターからポタポタとココアの雨が降るだけに留まる。
「流石ヘルバートね」
「お嬢、大丈夫ですか!」
「おい……」
ロメオが狼狽えている。
きっとトリーゼが無様に尻もちをつくなんて思いもしなかったんだ。
だって、いつもならば番犬のヘルバートが細心の注意を払っているから。
周囲への被害を抑えるために、彼が先んじて行動をしているから。
トリーゼに恥を掻かせるなんてヘルバートが許さないから。
(ちょっとからかってやろう)
嫌いな女性相手とは言え、乱暴は良くない。
おこちゃまロメオに灸を据えてやろうというイタズラ心が沸き起こった。
「ヘルバート、立たせてちょうだい」
私はヘルバートに向かって手を伸ばした。
洗練された所作を心がけ、ちょっと気取った声を忍ばせる。
ヘルバートと視線が交わったのでウインクをしたら、彼はちょっと固まった後、小さく頷いた。
これでヘルバートも共犯者だ。
「お手を。トリーゼお嬢様」
「服が汚れたわね」
「一度、お屋敷に戻りますか?」
「そうね。その前にこの男をさっさとどこかへやってくれる?」
心を鬼にして、ロメオに冷たい視線をやった。
彼は一瞬浮かべた怒りを抑え、「申し訳ありません」と小さく呟く。
(あぁ、ごめん! ロメオ!! でも面白いからもう少し!)
えぇ、私は調子に乗ったのだ。
「あなたのせいで熱々のココアが台無しだわ。飲みなさいよ」
「……は」
「いいから、勿体ないじゃない」
私はロメオにココアを差し出した。
さっきまで湯気が立っていたが、もう程よい熱さだろう。
さぁ、極度の猫舌の彼はどうするのか。
「ねぇ、何をしているの?」
「…………」
しばしココアを睨んだ彼は、あろうことか一気に飲み干した、
理由を付けて断ると思っていたので、私は慌ててしまう。
そこまでの男気を見せるとは思っていなかった。
「あつっ」
「うわぁ! 一気飲みは危ないよ! 猫舌なのに!」
「……は」
「――あ」
「てんめぇ!!」
ガツンと強烈な一撃。
思わず意識を失いそうになったが、踏ん張って耐える。
周囲からパチパチと失礼な称賛が聞こえたが、痛みでそれどころではない。
「初めっから言えや!」
ちょっと彼の顔に安堵が浮かんでいる。
それが少し嬉しかった。
「クソ女」
しゃがみ込んだ彼は、そのまま手で持っていた紙で床に零れたココアを拭いた。
多分、腑抜けた顔を見られたくないんだろう。
「ん?」
彼が床に擦りつけている紙はどこか見覚えがある。
「『従業員の失踪により急募・楽ちんお手軽な農作業』……? あぁっ!?」
私はロメオから紙を引ったくり、ヘルバートの顔に押し付ける。
「うわ、汚いからやめて下さいよ」
「見てヘルバート! 私の勝ちだよ!」
高らかに笑う私と依頼書を交互に見たヘルバートは、分かりやすく頭を抱えた。
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