第二十二話 戻らない記憶と戻ってきた記憶
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終始おふざけです。
日記を一通り音読し終わったヘルバートと傍聴していたクライス王子は、同時に私を見た。
「……お嬢?」
「トリーゼ」
火照る顔は一向に熱が収まらず、私は最後の抵抗として顔を九十度あちらに向ける。
「つまり、お嬢がローザに意識を乗っ取られていた間、これ……を書いていた。自分は崇高なる執筆者だと信じて」
「そこまで言ってない!」
「この本を書きあげてどうするつもりだったんです?」
「知らないよ! 無意識だったんだもん!」
本当に無意識だったのだ。
私は別に自分が「私は今、ローザの体になっている! なんかよく分からないけどトリーゼに起きた出来が脳内に流れ込む! ……書かねば!」とか思っていない。
「お嬢。……本にしますか?」
「薄ら笑ってるの見えてるから。その日記貸して、燃やす!」
「ちょっと落ち着いて、君達」
見かねたクライス王子が日記を取り上げた。
パラパラと中を見て、彼もまた時折、笑いを押し殺していやがった。
「王子?」
「ごめんごめん、でも内容は確かにトリーゼに起きた出来事だね。君は望んで肉体を明け渡した訳じゃないから、君とローザの意識がずっと混濁していたんだろう。完全にローザの体に馴染めなかったんだ」
「流石王子。簡潔かつ聡明な考察!」
パチパチと私が手を打つと、ヘルバートがむっとした。
私を小馬鹿にし続ける男より、冷静に優しく述べる男の人の方がいいに決まっている。
知らんふりをしておいた。
こちとら、黒歴史をヘルバートに音読されたのだ。一言一句違わずに。
クライス王子からぶんどった日記をパラパラとめくり、なかなかのボリュームだと我ながら感心する。
そりゃそうだ。五年分の集大成なのだ。
「……で、そのローザさんっていう人を見つければ解決するの? もう、私の体乗っ取り事件が起きないようにしたいんだよね」
「おそらく。だが、彼女は今も姿をくらましている。およそ半年前に失踪したようだ」
「半年……。私の体が乗っ取られていた時期と一致するね」
私の体で好き勝手暴れている間、ローザの肉体はどこかで眠らなければならない。
ひっそりと人に見つからない場所に身を隠し、彼女の肉体は眠り続けたのだろう。
――私が意識を戻すまで。
「ヘルバート。私、ローザの家に行きたい」
行ったら何か思い出せるかもしれない。
彼女に通じる手掛かりが見つかるかもしれない。
暫しの間を置き、ヘルバートは頷いた。
クライス王子も来てくれるそうだが、私の黒歴史を握ろうとしているに違いない。
彼はニコニコだかニヤニヤだか分からない笑みをずっと浮かべているのだ。
+*+
彼女の家は、とある貴族が暮らす屋敷の森の奥にあった。
使用人たちが集まって暮らしている木造建築の一部屋だ。
なぜヘルバートがその場所を突き止めたかというと、「頻繁に意識を失う女性」という条件で聞き込みを行い、この屋敷に住まう使用人たちによってローザという女性が最近――、半年前に失踪したと分かったそう。
こじんまりした部屋を見渡し、質の悪そうな寝具をひと撫でする。
鏡には少し歪んだ自分が映っていた。
書き物をするしか用途の無い小さなテーブル。
ガタついた椅子。
腕を組み、記憶を必死にかき集める、フリをする。
答えは既に得ていた。
うんうんと唸る私を、ヘルバートとクライス王子が見つめていた。
しばしの静寂が訪れた後。
「……!」
はっと人差し指を立てた私は声高らかに宣言する。
「な~んも分からない!」
「時間を返してください」
「ふふ、久しぶりに酷く無意味な時間を過ごしたよ」
なかなか鋭い嫌味を言うクライス王子だが、意外にも彼はこの状況を心から楽しんでいる様子だ。
ここまで来てもらって申し訳ないが、私は何の成果も得ることが出来なかった。
ガタついた椅子に座ると、
「うわっ」
……バランスを崩して恥ずかしい思いをした。
「この椅子に座ると、なんとなぁく思い出せるような気がしない気もしないけれど、全く何も思い当たらない気がする」
「役に立てなくて申し訳ないからって、気持ち悪い表現しないで下さい。……とにかく、ここは手掛かりなしですね」
「ぐ」
ふと、クライス王子が口を開く。
「……そもそも、ここは普通の人間が住む場所なのかな?」
「えっ?」
私は驚愕してクライス王子を見た。
(え?! 今、何て言ったこの王子! ここで暮らしている人間は普通じゃないと?)
ナチュラルな暴言を吐くボンボンに、一体私は何と返せばいいのか。
「お、王子もなかなかに鋭利な心の刃をお持ちですね……」
「さすが王子。鋭いですね」
ヘルバートが賛同したので、我が意を得たり。
私は温室育ちに常識を説かねばという使命感に駆られた。
「最高峰の暮らしをしている王子ならば、ここは牢屋か独房。いや、墓場のように感じるかもしれませんが、多分、おそらく、これが普通の住まいだと感じる人も多くいまして……」
「ここに住まうのは『普通の人間』ではない……か。クライス王子の仰る通りです」
「え!? ヘ、ヘルバート! あんたまでそっちの肩持つの? 隠れ王族?!」
「ちょ、うるさいです」
ヘルバートが鬱陶しそうに手を振った。
薄々気が付いていたが、彼は徐々に私の扱いが雑になってきている。
「ヘルバート、君は知っていたのか」
「はい。ここの雇い主は元々経営が大きく傾いていたと聞いています。本来ならば使用人を雇うことすら難しいはずですが、黒い過去を持つ人間を森の奥に住まわせるだけならば話は別です」
黒い過去……。
(まさか、黒歴史の事を言っているの? ここに住む人は全員何かしらの恥ずかしい過去を持っている、とか?)
「あぁ、逃亡生活で陽の下を歩けなかったり、やむを得ず身を隠す場所を求める人間を匿っているんだろう。……むしろ、住まわせる代わりに金銭を要求していた可能性が高い」
(あ、全然違った。本当に黒い方の過去だ)
「ローザにはうってつけの隠れ家だったでしょうね。ここに住む人間は相互不干渉。互いの事を詮索することはタブーであったでしょうから」
「ヘルバートはここの使用人に聞き込みをしたんだろう? どうやって情報を手に入れたんだ」
クライス王子の純粋なる疑問に、ヘルバートは困り眉をして懐を叩いた。
チャリン
私がやっと話の流れを理解した音が、鳴った。
「なるほどね。ここに住む間は互いに詮索はしないが、逃げた人間は違うと」
クライス王子がいたずらっぽく笑う。
ヘルバートも微かに口角を上げた。
(何。この二人仲良しじゃん……)
ちょっと疎外感。私は不貞腐れて窓の外を見た。
遠くに広がる畑は枯れが目立つ。
季節的にまだ収穫できる時期だろうに。
「えぇ。三万ルシカあたりで手を打ってもらいました。無論、王子もこのことは内密に」
「あぁ」
経営が傾いた貴族。
失踪した従業員。
荒れ果てた畑。
畑………農作業?
「あ!!!!」
私は記憶が蘇る。
顔面ミルクぶちまけ事件の、言葉にするとなんかちょっと厭らしいあの忌々しい出来事を。
閲覧ありがとうございました!




