第二十一話 ローザの日記
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「よぅ、嬢ちゃん。俺を覚えているか?」
久方ぶりに見る彼は、生き生きしていた。
私を詰る大義名分があると、人はこうも輝くのか。
数億ルシカの損害を受けた人間だとは思えない。商売あがったりなのだろうか。
「な、何用でございましょう……」
「そりゃ、あんたが一番分かっているだろう」
「すみませんすみません。返すつもりはあるんです」
「は?」
「え?」
職人がヘルバートを見る。
ヘルバートは職人と目を合わさない。
「ねぇ、おいヘルバート」
「お嬢の借金は……俺が肩代わりしました」
「ヘルバートの坊ちゃんが俺に一億を入金したんだな。この女を庇うとはどういう心境の変化だ? いや……お前、坊ちゃんを脅したのか。薄汚い高慢ちきめ」
ずい、と職人が私に詰め寄った。
ヘルバートが渋々と言った感じで口を開く。
「お嬢では返済が遅すぎて利子だけで首が回らなくなります」
「利子なんて……、え、おっちゃん?」
「お前さんは世間知らずだな、賢い騎士様に感謝しな」
「守銭奴! ケチ!」
「待て待て。俺はなにも初めから利子を取るつもりは無かった。ただ、実家が太いあんたが、あのファルシカ家の令嬢が、一銭たりとも返済しないなんて話、あるか? 俺ぁ泣き寝入りはしたくねぇんだ」
「でも一億なんてお金、ヘルバートがポンと出せる訳ない。借金のための借金するくらいなら、私が実家に借金するよ……」
「平気です。副業してるので」
「アリなの?」
確かに四六時中、ヘルバートに見張られている気はしない。
有能なヘルバートのことだ。隙間時間に効率よく稼いでいてもおかしくはない。
「駄目とも言われておりません。それに正式な取り決めを交わした雇用ではないので」
「あぁ、そう……」
「これで、お嬢は俺に借金をしたことになりますね」
「あ、まさかヘルバート、あんた……」
「トイチはどうです?」
「いけいけ坊ちゃん!」
「おっちゃん、ヘルバートを応援するな!」
ヘルバートが含みのある顔で笑う。
正直、私だけではおっちゃんへの返済に何十年かかる事か分からない。
有難いような、底知れぬ悪魔に魂を売った様な。
複雑な気持ちだ。
「じゃあ、これを返すぜ。トリーゼ様」
「なにこれ」
「担保にしてた指輪だよ! 俺がクライス王子に頼まれて、およそ十年前に作ったんだ。ほら、この指輪の裏に……ほら、俺の字で彫ってある」
「なになに……」
『トリーゼ・ファルシカ』
そこには私の名が、彫られていた。
あんぐりと口を開け、指輪とおっちゃんを交互に見やる。
どういうことだろう。
せいぜい、私がクライス王子から強奪した品だと思っていた。
まさかご丁寧にフルネームが彫られているなんて、思いもしない。
もしかして、悪女トリーゼがクライス王子に無理やり作らせた?
「おっちゃん、これ返す! 私には身の覚えがないものです!」
「止めてくれ! 俺がクライス王子に詰められる!」
「ほいっ!」
「投げるな! っ、落ちる!」
ナイスセーブ!
おっちゃんは、スライディングをして指輪を華麗にキャッチした。
「じゃあ、出口はあちらです」
優雅に一礼をし、私は彼を丁寧にエスコート。
指輪を投げつけ合いながら、私達は玄関まで辿り着い――……。
「「あ」」
玄関には人影が一つ。
佇まいから気品が溢れ、その笑顔は民を安心させる包容力がある。
つまり、
「クライス王子……」
「いい天気ですね」
曇天の下、視界の端でおっちゃんがそそくさと逃げるのが見えた。
彼の逃亡を手引きしたのは他でもないヘルバート。
そして、ヘルバートの手にはあの指輪が握られていた。
この勝負、おっちゃんの勝ちだ。
とりあえず、王子様に何かを言わなければ。
私はぎこちない礼をした。
「お、おひさしゅうございますね」
「突然押しかけてしまって申し訳ない」
「いえいえ……。あっ、ズンズンと進まれる……」
申し訳ない、は完全なる建前だった。
クライス王子は有無も言わさず屋敷内に足を運ぶ。
「何用でございましょうか……」
「君に指輪を返して貰いたくてね。そうだね、君からすると十五歳の時から身に着けているあの指輪だ」
何というタイミング。
私は職人のおっちゃんに心の底から感謝した。
王子から頂いた指輪を借金の担保にしてた、なんてバレたら国外追放まっしぐらだ。
いや、いっそのこと国外に逃げて、ヘルバートへの借金をうやむやにするもアリか。
「こ、これです」
私はヘルバートの手から指輪をひったくって彼の手に乗せた。
一瞬、クライス王子は怪訝な顔をしたので一気に肝が冷える。
(ちょっと指当たっちゃったからかな!? き、厳しい)
息を潜めている私と、真顔のクライス王子の間に緊張が走る。
そして彼は突然、私に問うた。
本当に、突然だった。
「……君は、誰だ?」
「え?」
クライス王子は、おもむろに私の手を取った。
様子を伺うようにして鋭い眼光が私を突き刺す。
思わず目を逸らしてしまったことが、彼に確信を与えたようだ。
この場合、悪役令嬢トリーゼなら視線を逸らすことは無い。
無礼だと、彼の手を振り払うべきだった。
「トリーゼか?」
「は、はい」
「本当に君か?」
「嘘、かもしれません……」
「いつから?」
「最近……?」
ぐぐぐ、と背を逸らす私に詰め寄るクライス王子。
背骨が悲鳴を上げた時、ふいに王子がぽつりとつぶやいた。
「ローザはどうなった」
「え?」
またこの名前だ。
私の体で好き勝手をしているという、悪女の彼女。
(……じゃあ、私は誰?)
(もしかして、私がトリーゼ・オリジナル?)
忘れかけていたが、私は「シャイラとクライス王子の物語」を執筆していた。
……はずだ。
が、仮に私がオリジナルのトリーゼだったとしたら、ローザは一体何者?
私は意識が無い間、ローザの体で何をしていたのだろうか。
(……――執筆だ)
ローザの体で私は物語を書いていたんだ。
書いていた、と思い込んでいたんだ。
「お嬢」
「……っ!」
混乱する私の肩にそっと手が置かれた。
ヘルバートだ。しかし、視線はクライス王子に注がれている。
「ローザの家と思しき建物を発見しましたが、もぬけの殻でした」
「彼女は生きているのか?」
「おそらく」
「何か手がかりは」
「日記のような物が見つかりました」
「内容は見たのか」
「いえ、急いでいたので回収だけ」
と、ヘルバートが一冊の本を取り出した。
そこに綴られている内容はこの私が一番分かっている。
体を乗っ取られた十五歳から二十歳までの、五年間。
トリーゼに入ったローザと意識が混ざり合った私が、書いていた本。
(これって、黒歴史?)
ダラダラと冷や汗が湧きを伝う。
別に見られても問題ない。だって、ローザが書いたと言い張ればいい。
だが、中身を見れば聡いヘルバートはすぐに気が付くだろう。
そして、複製して屋敷中にばら撒かれるのだ。
「トリーゼが五年で書いた恋愛小説」として、無償配布されるんだ。
「ぎゃー!!!!」
私はヘルバートに向かって掴みかかった。
一刻も早くこの男から私の漆黒歴史を取り戻さなければ。
五年間、俯瞰して書いていた彼らの物語をこの手で消し去らなければ!
「うわ、お嬢!?」
「まさか、まだローザなのか?」
クライス王子は鞘に手をかける。
(すぐ剣を抜こうとする! この王子、血気盛んなんですけど!)
「いえ、この滑稽な感じはお嬢です」
「その本を返せ!」
「……おかしいですね。どうしてお嬢がローザの日記を取り返そうと躍起になるんです?」
沈黙が流れた。
その間に、ヘルバートは真相に辿り着いてしまったようだ。
有能な男も考えものだ、解雇しよう。
閲覧ありがとうございました!
物語も折り返しですかね……?




