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第十九話 起きてる 聞いてる 逃がさない

閲覧ありがとうございます!

ちょっと長いかもしれません。。


 ――目を覚ました。


 意識が覚醒すると同時に掌に衝撃が走った。


 バチン!


(――え)


 目の前の光景に、思考が停止する。

 今後こそ、本当に頭が真っ白だ。


 振り下ろした手に走る痛みなんか、知ったこっちゃない。

 そこには頬を仄かに赤くしたヘルバートが俯いていたのだ。

 言わずもがな、照れではない。

 私の平手打ちが直撃したのだ。

 ヘルバートは小さく口を開いた。


「…………申し訳ありません」

「あ……、え」

「あなたの仰る通りです。トリーゼお嬢様のお傍にいなかったのは、俺の落ち度だ。お守りできず、本当に申し訳ありません。高貴なお方であるあなたを、大衆の面前で辱めてしまった。あの者には相応の罰を下します」

「ちょ、ちょっと……。――ひっ」


 オロオロする私の視界の奥に、この国の王子がいた。

 彼の眼光は鋭く、私を一心に睨みつけている。

 ひゅっ、と気管が鳴った。


(ひぃー! すごい怒っていらっしゃる)


 ひとまずこの状況を理解しようとした時、あたまからポタポタと何かが滴り落ちる。


(水だ。……服も変わってる。体を洗った後なのね。あ、思い出してきた)

(ミルク洗顔の後………鳩尾瓶直撃で……)

(って、この部屋)


 おそらくお城のどこかだろう。お客さんを招くための部屋みたいだ。

 だが、驚くべきはその事実ではない。


(ど、泥棒入った……? おっ、お城に?)


 椅子はひっくり返り、花瓶は床に散乱し、窓ガラスは割れている。

 空き巣に入られたと言った方がまだ説明がつく惨状の犯人は、誰? 

 ――と現実逃避をしてしまうが、

(私なんだ……)

 答えは決まっている。

 だって、私の爪が欠けているもの。


 どうしたものかと天井を仰ぎ見ると、破壊を免れたシャンデリアと目が合った。

 いや、ちょっと端っこが欠けてるな。私の爪と一緒。

(嫌だぁ。弁償させられたら、また借金が増えちゃう)


 長い髪を濡らして、まともに乾かしていないのだろう。

 足に水が滴っているし、足元に小さく池が出来ている。

(なんか……、漏らしたみたいじゃない?)

 何とはなしにちょっと横に移動すると、彼らがぴくりと反応した。

 私の一挙手一投足にピリピリしているようだ。

 迂闊に動いたら良くない。


「ほっ」


 良くないのは分かっているが、一回くらいいいでしょう。

 もう一歩横にずれると、やばい、クライス王子が一歩近づいてきた。

(っえー! 鞘に手をかけてるんですけど!)

 私を斬るつもり満々だ。


「王子」

「分かっている」


 ヘルバートが発動したおかげで命は取られない。――命は。

 しかし、ヘルバートは私の意識が戻ったことには気付いていないようだ。


「ヘ、ヘルバートさん?」

「クライス王子、このままトリーゼお嬢様と退出させていただきます。この度は御迷惑をおかけして申し訳ありません」


 頷いたクライス王子はヘルバートに問う。


「君は平気なのか。いつまで戻らない彼女を待ち続ける」


 王子に気遣われた彼はちょっと疲れた顔をして、笑った。


「……いつまでも」


 私は息を呑む。

 彼はすごく、切ない表情をしていた。



 +*+*+



 クライスは一人、凄惨な部屋で立っていた。

 ひっくり返された椅子を戻し、腰かける。

 割れた窓ガラスから風が入り、引き裂かれたカーテンが揺れる。


 ――五年。

 トリーゼの人格が変わってしまった時からから、長い月日が流れた。

 色んな可能性が考えられたが、どれも証拠が無い。

 彼女の身を確認しようにも、誰も迂闊にあの彼女に手は出せない。


 ヘルバートはなぜ酷い扱いを受けても、彼女を見捨てないのだろう。

 今の彼女は、もう救いようがないのに。

 認めたくはないが、僕が思い寄せていた彼女はもう――死んでしまった。

 人とは、簡単に変わってしまう生き物なのだ。

 過ぎた寵愛が、彼女を醜く歪ませてしまった。

 ――彼女の変化は、全て自分のせいだ。


 ……――と、思っていた。

 つい、先日までは。


 ヘルバートは城内でメイドから酒をぶっかけられたトリーゼが水浴びをしている間、僕に衝撃的な事を言ってきた。


 ――トリーゼは生きている。

 ――犯人を見つければ、彼女の意識は完全に戻る。


『「ローザ」という女を見つけて下さい。場所が分かったら、俺が話をします』


 ならば、僕は縋りつくしかない。

 名前しか情報の無いその人を見つけれは事態は動くのだろうか。

 腐りきった五年が、再び息を吹き返すのだろうか。



 +*+*+



 なんだかいつもの調子が出なくて、気が付いたら屋敷に戻ってきていた。

 馬車の中は地獄だった。

 ヘルバートは全く喋らないし、私も話しかけられない。

 斜め向かい側に座っていた彼は私の方を見なかったし、かと言って外の景色を見る訳でも無い。

 前、前、前。

 ヘルバートはひたすらに前を見ていてもう怖かった。


「着きました。お手を」


 紳士的に手が伸ばされる。

 ついその手に自分の手を重ねてしまった。その手がゆっくりと引かれ、私はやっと地面に足を降ろす。

 ヘルバートの紳士的振る舞いは、私への心配りというよりは、爆発物を扱う手付きを思わせた。


「あ、ありがとう」

「勿体なきお言葉」


 体がこそばゆい。

 丁寧過ぎてわざとやっている?

 もしかして、ヘルバートは気付いていたりする?


(あ、ロメオだ)


 遠巻きに私達を眺める赤髪の彼がいた。

 冒険者ギルドで置いてけぼりにしてしまったが、やはり先に帰っていたか。


「ロメ……」

「トリーゼお嬢様」


 ロメオを見る私の視界が、ヘルバートで埋まる。

 そして理解する。あぁ、私からロメオを守ったんだ。

 赤髪の彼は私を見かけても、一切の感情を示すことは無かった。


 ぐぅ~


 情けない。腹の虫が鳴った。

 思わずお腹を抑えるも、腹虫は盛大な大合唱。

 むしろ腹に手を添えたことで音調が変化した。


「ディナーをお召し上がりになりますか?」


 が、ヘルバートは至って大真面目な顔をしている。


「……」


 こくり、と私は頷く。

(あら、本当に気付いていないんだ)

 ちょっと面白いから、このままにしておこうかな。



 +*+



「どっひゃ~……」


 ベッドに仰向けて倒れ込み、出来事を振り返る。

 結局、「実は私だよ~ん」と言い出す機会を逃してしまった。


 しかし、妙だ。

 みんなが私に怯えているのだ。

 私と目を合わせないし、言葉も交わさない。

 だが、無視するわけにもいかず、背後でソワソワと居心地が悪そう。

 私の咳一つで体が跳ねるし、立ち上がれば脇に避けてしまう。

 ついぞ、ロメオは私の前に姿も現さなかった。

 ロメオの性格と悪役令嬢トリーゼと物凄く相性が悪いのは分かる。

 ……だが、なぜ?

 私が「悪役令嬢トリーゼ」だったのは、たかが数時間前の出来事だ。

 知っているのは、ロメオとクライス王子、そしてヘルバートだけ。


 それなのにどうして屋敷のみんなが私に怯えているの?

 知らない間に嫌われていた……?

 (あ、ちょっと悲しい)


「とにかく早く明かさないと」


 私もみんなもやりづらいだろう。

 特にヘルバートが一番の苦労人だ。

 完全に、私と周囲の緩衝材の役割を果たしている。

 どうしょう。気苦労で禿げちゃうかも。

 あの艶やかな黒髪に肌色の斑点が混じるのは、絶対に避けたい。

 彼はまだぴちぴちの二十代だと思うから。


「ふわぁぁああ」


 どでかい欠伸が出た。

 そして目尻から生理的な涙が流れた。

 もう、寝よう。

 寝て明日ちゃんと言おう。


 目を瞑り、窓が開いているのに気が付いた。

 最近めっきり寒くなってきたな。

 遠くの景色も、木々が緑から茶色……に。

 バラが咲き誇っていた場所も、花の数が……半減している。


 目が覚めた。

 私の動揺に合わせて心臓も慌てている。


(うっそ、昨日まで木は青々としていたよね?)

(マルルスが剪定ばさみでバラの手入れをしてたよね?)


 昨日。

 それは私が女性から鼻の穴にミルクをぶち込まれたと言っても過言ではない出来事が起きた日。

 そう、そのはず。


(まさか………)


 私が気を失ってから、かなりの日時が経ってしまったのかもしれない。

 季節が変わっている。

 じゃあ、私の評判はまた地の底に……?


(もう寝よう。寝る。寝る寝る)


 明日考えればいい。

 私はベッドに倒れ込み、目を瞑った。






 カタン


 ――ふいに意識が浮上する。

 辺りは真っ暗だ。


(……?)


 誰かの気配がする。

 誰かが入り口に立っている。


「お嬢……」


 ヘルバートだ。

 名を呼ばれて起きるのも、なんだか恥ずかしい。

 寝たふり一択に決まっている。


「あなたはもうどこかへ行かれてしまったのですか……? 半年が経ちました。なぜ、あなたは意識を戻さないんです? 前は二週間でお戻りになったでしょう? 何かきっかけが必要なのですか? このままあなたが戻らなかったら、俺はっ……」


(やっぱり……。私、長いこと意識が無かったんだ)


「あなたと入れ替わったローザの手がかりが掴めたんです。……慎重に事を進めます」


 さらり、と頬を撫でられた。

 ヘルバートの指からぬくもりを感じる。


「知っていますか? 寝ている間だけ、あなたは静かなんですよ。入れ替わりの影響か、一度寝たらなかなかあなたは起きない。だから唯一この瞬間だけ、俺はあなたに触れることが出来る」


 そしてヘルバートが、私の唇に触れてきた。

 そのまま頬を撫で、目元をくすぐる。

(いーやー!)

 恥ずかしさでどうにかなる!

 私はうぅんと唸り、自然な感じで寝返りを打った。

 ヘルバートに背を向ける形となり、一安心。

 いいから早く立ち去ってくれ。

 私は、ばっちり起きている。


「お嬢、好きです」

「……!」

「出会った時からずっと、俺はあんたが好きなんだ。お嬢は覚えていないようですが、俺は昔、あなたと会っている。……入れ替わったせいですかね、お嬢が何も覚えていないのは」


 突然、ヘルバートは色んな事をぶっこんできた。

(好き? 入れ替わり? 私は過去を覚えていない?)


「俺はいつかお嬢に見合う男になろうと、冒険者として数多くの功績を残しました。けれど、『外見が好みだったから』。それだけの理由で、あなたの姿をしたローザは俺を大金で雇った。自分はクライス王子との結婚を目論んでいるくせにね……。もう、何のために頑張って来たか分からねぇよ。あなたを憎めたらどれだけ良かったことか。でも、どうしてでしょうね。俺はあんたを諦めきれない」


 ヘルバートが私の髪をそっと持ち上げた。

 分からないが口づけでも落としているのだろう。


「ローザは必ず、俺が殺します。見つけ出してこの手で」

「……!」


 ふいに、ヘルバートが私をひっくり返した。

 そして間髪入れず服を捲られる。

 驚く間もなく、腹部に鈍い痛みが走った。


「この忌々しい呪いは、術者が死ねば解けます。だから、シャイラの解呪なんて生ぬるい解決は許さない。俺がこの手で、お嬢を取り戻す」


 ヘルバートが離れる気配がした。

 去り際に彼は呟いた。扉がギィと音をたてる。


「……だから、少しだけ待っていてください。大好きです、お嬢」

「ちょ、ちょちょっと! ちょっと待ったぁ!!!!」


 私はベッドから転がり落ち、無様に地面を這う。

 這いつくばって、まるで墓場から這い出た死人のようにヘルバートの足首を掴んだ。

 さしものヘルバートも現実を理解できていない様子。


「……は? おじょ、っ! いつから起きて……」

「逃が……さない」


 ――逃がしてたまるか。爆弾をぶっこんきた、この男を。


閲覧ありがとうございました!

次話を楽しみにして頂けると嬉しいです!

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