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第十六話 知らない彼女と知る彼女

閲覧ありがとうございます!

いつもより少し長いのでゆっくりとお読みください。

 

「シャイラ」


 彼女は門扉の前でゆっくりと振り向いた。

 俺が追っていることは承知の上だったようだ。

 周囲をチラリと確認した彼女は、小首を傾げ笑んだ。


「ヘルバートさん。しつこい男は女性に嫌われますよ」

「そのままそっくり、君に返そう」

「わたしに?」

「なぜ、お嬢に接触しようとする。確かに彼女は君に酷い仕打ちをしてきた。だがなぜ、このタイミングなんだ」

「『お嬢』ですか」


 シャイラはクスリと笑う。

 彼女の胸の内は、やはり分からない。

 ただここ最近、彼女は事あるごとに「トリーゼに会わせろ」と俺に言ってきていた。

 五年にわたる数多の嫌がらせに関する内容だと思い、まともに取り合わなかったが。


(「お嬢」に贖罪させることは、俺が許さない)


 ……が、自分は彼女を甘く見ていた。

 数時間前、屋敷の前にいる姿を認識した時は軽く舌打ちをしたものだ。


「一つ教えて下さい。トリーゼ様をそのように呼び始めたのはなぜでしょう? トリーゼ様の厳しい性格を考えれば、ヘルバートさんがそんな愚かな真似するはずがありませんよね。『トリーゼお嬢様』といつも通り呼ばないのには何か理由があるのでしょうか」

「君に関係があるだろうか」

「ありますよ。わたし、彼女に嫌な事、沢山されてきたんですから」

「水に流すのでは?」

「流しますが、やはり汚れは残っちゃいますよね。わたし、綺麗好きなもので」


 意味深な事を言うシャイラにふつふつと怒りが湧く。


「トリーゼを侮辱する気か」

「まさか。わたしはただ、正しいトリーゼ様を助けたいだけです」


 その言葉に、思わず息を呑んでしまった。

 俺の反応にシャイラは満足したようだ。


「やっぱり。トリーゼ様は何かしらの良くない状況にあるのですね」

「……彼女の人格が二つ存在するようなんだ」

「えぇ。分かりますよ。先ほども述べたように、『呪い』が関係していると思います」


 呪い。

 その単語を聞き、脳裏にお嬢の腹部が蘇る。

 どす黒い紫色をしたそれは、俺がお嬢に仕え始めた時から存在していた。

 お嬢が腹部を自分で殴り、以前の彼女になって以来、急速的に広がっている。

 あれの存在は誰にも教えるつもりも、見せるつもりも無い。

 俺だけが知っている。

 犯人とその真相を。――彼女を救うのは、俺だ。


「いいですか?」


 シャイラは、耳元で俺に囁いた。

 なぜ、彼女はトリーゼから受けた数々の辱めや侮辱を許容しているのか。

 そして、なぜ自分はトリーゼから嫌われているのかについて。


「トリーゼ様は呪われている。わたし、そういう気配に気づきやすい体質なので、尋ねちゃたんです」


 +*+


 あれは五年前。わたしが十八歳の時。

 城の廊下を一人で歩く彼女の姿を発見した時――、


『あなたは、誰ですか?』


 思わず尋ねていた。


 彼女は胡乱な目をして、こちらを睨む。

 あからさまに不機嫌な態度を示してきた。

 それだけで、シャイラは自分の問いかけが正しい事を知った。


 彼女は小さく口を開き、こちらを完全に見下した声を出す。

 剥き出しの悪意に感心してしまったほどだ。


『何、お前』

『トリーゼ・ファルシカ様ではないのでしょう?』


 ――彼女は、わたしが知る『トリーゼ・ファルシカ』では無かった。


 わたしは彼女の事を少しだけ知っている。

 明るく朗らかで無邪気。

 十五歳の彼女は、未だに魔法が使えない。

 なぜ城にいたかというと、クライス王子と面識があるから。

 王子がトリーゼという女の子を気に入っているという噂話は、田舎にも轟いているほどだ。


 しかし、ここ数日でトリーゼの評判は瞬く間に地に堕ちた。

 権力者からの寵愛に付け上がったのか?

(絶対に有り得ない。トリーゼ様はそんな人じゃない)


 目の前の彼女は、舌打ちをして目を瞑った。

 必死に苛立ちを抑えているのか、動揺を隠しているのか。


『今後一切、私に話しかけないでくれる?』

『……わたしの問いかけには答えてくれないのですか』

『失せなさいよ。お前の質問に答える義理は無い』

『「いいえ」と言えないのですね』

『誰だか知らないけど、調子に乗るなよ』


 彼女は覚えていない。いや、『知らない』のか。

 彼女になり替わった以前の記憶。

 肉体の持ち主が生まれてから十五歳までの思い出が、あとから乗っ取ったこの人には存在しない。


 実を言うと、わたしはトリーゼ様と会っている。先週の話だ。

 田舎から上京してきたわたしは大荷物を抱え、城近くの宿舎に向かって歩いていた。


 +*+


『ふん! ふん! うりゃ!』


 どこからともなく、奇妙な声が聞こえる。

 宿舎近くの広場で手を伸ばしている少女の姿があった。


『何をしているんですか?』

『!』


 彼女は飛び退き、尻もちをついた。

 綺麗な銀髪を尻に敷いているが、全く気にする様子はない。

 一目でどこかのお嬢様だと気付く。


『ここは許可のある人しか入れない場所ですよ』


 正直、わたしは彼女を不法侵入した子だと思っていた。

 友達と思しき内気そうな少女が離れた場所にいたが、この子と関わるつもりは無さそうだ。

 まさか王子から愛される「トリーゼ」と、目の前の女の子が同一人物だとは気付きさえしなかった。


『そうだったんですか? 公園だと思っていました』

『でも、入口には衛兵がいるでしょう? 止められなかったのですか?』

『そりゃもうガッツリ両腕を掴まれました。でも、私の顔を見た途端に何事かを叫んで逃げちゃいました。思わず背中を全力で追いかけたんですけど、「申し訳ありません」と背中を丸めて連呼するばかりで……』


 しょんぼりする彼女におかしさが込み上げたが、見逃す訳には行かない。


『魔法を使ったんですか』


 変な言い回しをしてわたしを煙に巻こうとしているのかも。


『魔法、使えないです。……もう十五歳なんです。私には才能が無かったのかもしれない』

『それは……』


(あなたには才能が無いですよ。諦めなさい)

 という言葉が舌先まで出かかった。


『あ。おねぇさん酷い。ここは「そんなことは無いよ」って言ってくれないとダメですよ。いたいけな少女が必死に努力をしているのに』

『現実から目を背けてはいけません。ここで腕を振って変な声を出し続けていても、魔法は使えません。でも、人を遠ざける魔法なら身につくかもしれませんね』

『え? 人を遠ざける魔法? 何それ!』

『……変人扱いされるってことですよ』


 目をキラキラさせていた彼女は、見るからに萎れていった。


『さ、ここから出てい行きましょう。先ほども言いましたが、ここは勝手に入ってはいけません』

『クライスとの約束の時間までいても良い? お願い』

『え?』


 何を言っているのだろう。

 クライスとは、あのクライス王子のこと?

 やはり頭のネジが緩んでいる子なのか。


『多分、あと二時間くらい! 十時に約束をしているの』


 わたしは空を仰いだ。

 呆れ半分、確認半分。

 おそらく、時計の短針は今、右側にいる。

 太陽の傾きと空気の温かさ的に……。


『今、二時ですよ』

『……よ、夜の?』

『十四時。お日様、大分傾いてきましたね』

『ひょー! やばーい! またブラックコーヒーの刑だ!』


 少女は猫目を見開き、慌てて駆けだした。

(ふふ。甘党なのね)


 彼女は駆け出し始めた足をビタッと止めて、振り向いた。

 ふわりと髪がたなびき、銀糸が煌めく。


『私、トリーゼ・ファルシカ! おねぇさんは?』

『……っ! シャイラです』

『ありがとう! 今度会った時、魔法を見せるから覚えておいてね! シャヨナラ!』


 絶対、わざとだ。


『シャ・イ・ラ!』

『うわー! またね、シャイラ!』

『あ、あそこにいるお友達は? 一緒に行かないんですか?』


 ずっとトリーゼを遠巻きに見ていた、少し俯きがちな少女のことだ。

 言ってから気がついたが、いつの間にか彼女は消えていた。


『え? 私一人で来たよ!』

『あ……。わたしの見間違えでした』

『ねぇシャイラー……。この調子であれも見間違いにしてくれないかな』


 足を止めたトリーゼは、絶望しフルフルと首を振った。

 私は息を呑む。

 門扉にいるのは、腕を組むクライス王子だった。

 紳士な彼は馬車でトリーゼを迎えに来たらしい。

 否、連行しにきたのだ。


『ぎゃー!!!!』


 本気の悲鳴がこだました。

 まったく花嵐のような人。



 ――時は私とトリーゼ様の二度目の出会いに戻る。

 わたしは目を瞑って何かを堪える『トリーゼ様』に言ってしまった。


『一体、その体の持ち主に何をしたのですか』

『黙れ』

『わたしは解呪が得意なんです。トリーゼ様から出て行ってください』

『お前だったのね。最近入った魔法省の新入りは。……黒魔法の専門家とかいう』

『はい』


 その言葉を聞くや否や、彼女はそっぽを向いて消えていった。


 『宿舎で始末すれば良かった』

 ――不穏な一言を残して。



 数か月後。わたしは突然、外務省に動かされた。

 外交官として国外出張が増えた。

 重ねて、私を追い出そうとするがごとく、トリーゼ様から数々の手が下された。

 だが気にしてはいない。

 彼女が天敵であるわたしを田舎に追い返そうと躍起なっていると分かれば、何も怖いものはなかったのだ。


 わたしは確信をしている。

 トリーゼ・ファルシカは誰かに――。

 あの時、宿舎で遠巻きに見ていた少女に体を乗っ取られた、と。



 +*+*+



 シャイラが俺の耳元から離れた。


「――という訳なんです。わたしは優しい人間ではないので、嫌がらせを許した訳ではありません。しかし、罪を贖うべき相手が今のトリーゼ様では無い事は理解しています」

「君が最近しつこかったのは……」

「トリーゼ様が戻ったと思った。だから、ヘルバートさんに付きまといました。あなたが、今の無防備なトリーゼ様に対して、恨みを晴らそうと行動するのではないかと思ったのです。だって、ヘルバートさんは前の可愛いトリーゼ様を知らないでしょう? トリーゼ様がおかしくなってから、彼女に大金で雇われた人間ですものね」

「いや、俺は……」


(トリーゼを知っている。天真爛漫な頃の彼女を)

 しかし、彼女は俺と出会った記憶が無い。

 ……正確には五年より前、悪女になる前の記憶がごっそり抜け落ちている。


「あなたも私を警戒していたのですよね。わたしがトリーゼ様に危害を加えるんじゃないかって。お互い、同じことを考えていたみたいです。………とりあえず、あなたが敵でなくて良かった。安心です」


 俺が、お嬢を恨む訳がない。

(いっそのこと、人が変わった彼女を恨めたらどんなに良かったことか)


 耳元近くにいたシャイラが距離を取り、黙る俺を観察する。

 怪訝な顔をし、ぶっ飛んだことを言ってきた。


「ヘルバートさんは、被虐体質なのですか?」


 言葉を失う俺に、彼女は続ける。


「五年前から彼女に仕え始めましたよね? 女帝みたいなトリーゼ様の方が好みだったりします? 毎日金切り声で命令されて、時には大衆の面前で頬を叩かれて暴言を浴びせられて……。うわ、ちょっと引いちゃいますよ」

「……違う」

「じゃあ、諦めて下さいね。わたしはトリーゼ様をいただきますから」

「…………は?」

「勘違いしないで下さいね。ヘルバートさんと違って少々おバカな彼女の方が好みなんです」


 呆ける俺に向かって、シャイラは屋敷の方向を指差した。

 何やら騒がしいお嬢の腕を引いて、ズンズンと歩くロメオの姿があった。

 顔を真っ赤にしたお嬢は「キス」だとか「三角関係」だとか「ドロドロ恋愛模様」だとか、的外れな事を喚いている。


「さて。わたしたちの敵は、ロメオさんです。今一番、トリーゼ様の信頼を勝ち得ているのは彼ですよ」

「いや、そんなことは……」


 チラリと向こうに目をやると、お嬢と目が合った。

 彼女はサムズアップして、口をチャックする仕草をしていた。

 (誰に何を内緒にするんだ)

 

 ロメオが容赦なく彼女の目を塞ぎ、「借金女」と言うと、彼女は途端に大人しくなる。


「ふふふ。やっぱり、あれはトリーゼ様だ」

「言っておくが、誰にもやるつもりはない」

「さて、どうなりますかね。クライス王子の存在も忘れてはいけませんよ。クライス王子が、十歳のトリーゼ様に送ったあの指輪の意味、知っているでしょう?」

「え? ……あぁ、お嬢が一億ルシカの借金のかたとして預けたアレのことか」

「えぇ。幼い頃のクライス王子がトリーゼ様に唾を付けるために――…………え?」


 シャイラは今日初めて、間抜けな顔をした。


閲覧ありがとうございました!

十五話のシャイラは、土下座したトリーゼに接吻しようとしていました。

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