第十五話 億も承知
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少し長いです!
小一時間は経っただろうか。
真上にあった日差しが若干傾いたな、と思うくらいの時間が経っていた。
ヘルバートが話し終えると、ロメオがソファに沈みこんでいた体を起こし、親指で私を指す。
……いや、思いきり刺している。親指で、私のほっぺを。
「痛い痛い痛い」
「要するに、コイツはシャイラさんに五年前から嫌がらせをし続けた。シャイラさん自身の評判を貶めることから、クライス王子との仲を悪化させるようなことまで。つーことですよね、ヘルバートさん」
「えぇ。被害者はもっと大勢いるのですが、端から見ても狙いを定められていたのはシャイラだけだった」
「ね、ロメオ? 指が口に入ってきてるって、い、痛い痛い! 舐めるよ!?」
「汚ねぇから絶対に止めろ」
「ロ、ロメオさん。その親指を離してあげて下さい」
シャイラを一瞥したロメオは、私を睥睨する。
「てめぇにふざける余裕があんのかよ」
「仰る通りです」
甘んじてロメオの指刺しを受け入れた。
……私は一体、どんな気持ちで彼らと向き合うべきなのだろう。
今さっきヘルバートが話したことは、全て知っている。
知っているどころではない。この頭で考え、記述した出来事だ。
忘れるはずがない。
歩いている最中に水をかけた。ゴミを投げた。
彼女の成果物を台無しにした。
誰かと離している最中に髪の毛を切り刻んだ。
パーティーに参加する直前に彼女のドレスを引き裂いた。
クライス王子に根も葉もない彼女の噂を流した。
彼女の部屋に毎日男性を訪れさせた。
人気のない街路で襲わせた。
――挙げればきりがない。
そしてタチが悪い事に、トリーゼは上記を全て己では実行していない。
ファルシカ家のお金で人を雇ったのだ。
(もしかして、このタイミングでシャイラが来たのは……)
私に積年の恨みをぶつけるため、なのかもしれない。
いや、そうとしか考えられない。
最近のトリーゼは正直、周囲の評判が揺れていると思う。
主に、ロメオとの馬鹿馬鹿しいやり取りをするトリーゼに無慈悲な制裁を加えるヘルバートの構図が知れ渡っているからなのだが。
なかなかに不名誉だが、そのお陰か屋敷内で話しかけられることが増えて嬉しいのも事実。
比較的新しいメイドさんなんか、ちょくちょく私の部屋に遊びに来てくれるし。
とにかく、そのせいでシャイラが私の元に来てしまったのではないか?
今ならトリーゼにやり返せる! ……と勇んで来ている可能性が大いにある。
そんなん、私は誠心誠意土下座をして謝るしか道はないじゃないか。
こういうのは先手必勝。
私はソファから立ち上がり、膝をついた。
「本当に、申し訳ありません」
簡単に許されるはずがない事は百も承知。いや、千も万も承知。
シャイラが立ち上がる気配がした。
私の前でしゃがみ、顎にそっと指を置く。
「シャ、シャイラ?」
ヘルバートが立ち上がる気配がした。
(え、なになに。このまま舌引きちぎられる?! それとも何か分かんないけど口に刃物とか突っ込まれる!? いや、目つぶしとか?!)
嫌な事を思い出した。
そう言えば机の上にはコーヒーと共に置かれたスプーンがあった。
丁度人の眼球が乗るサイズの……。
(ぎゃー! 私の眼球を熱々のコーヒーに入れてかき混ぜるんだ! そして、「見て下さい。灰色の瞳がキレイな茶色に染まりましたよ」って笑うんだ!!)
想像したら怖すぎる。
いま目を開けたらシャイラとばっちり視線が交わってしまうので、固くギュッと瞑っといた。
……いや、大切な瞳を抉られないようにするのが本音だが。
「では一つ、お願いを聞いてくれますか? トリーゼ様」
「は、はい」
「先に言っておきますが、わたしは本当に怒ってはいませんよ。トリーゼ様がわたしにしてきたことは、何一つ」
「えっ。……えぇ?」
いや、逆に怖い。
むしろ怒って憎んでくれた方が人間らしい。
余りにも善人過ぎて逆に疑いたくなる。
これがヒロインの適正というものなのか。
「ですから、この行為を誰にも怒らせないで欲しいのです」
一体何をされてしまうんだ。
恐ろしいが、予測不可能な事態を私はひたすらに受け止めるしかない。
私の顎に添えられた指に力が入る。
……が、思わぬ横槍が入った。
「シャイラ、止めろ」
ヘルバートが彼女の細腕を握っていたのだ。
「ヘルバートさん、邪魔をしないで下さい」
「お嬢に危害を加えることは許さない」
「酷い言い方をしますね。わたしがトリーゼ様を害す訳ないじゃないですか」
呆ける私の腕をヘルバートが掴んで起こした。
シャイラは微笑んでいるが、ヘルバートはやや警戒をしている様子。
(険しい顔……。やっぱり、物理的な方法で鬱憤を晴らされる所だったのかな……。流石に目の前でトリーゼがボコられるのは、ヘルバート的にも無しか。良いのか悪いのか)
……笑顔のまま、顔面パンチを繰り出すつもりだったのだろうか。
それはそれで怖い。
私の勝手な妄想を絶ち切ったのは、シャイラの申し出だった。
「トリーゼ様、今度二人きりでお話をしましょう。わたしたち、お話したことは無いでしょう?」
「『お話』……。私、拳で語り合う系は慣れていなくて……。いや、それでシャイラさんの気持ちが晴れるなら、甘んじて受け入れますが……」
「まだ……わたしのことが信用なりませんか?」
ぐ、と息が詰まる。
シャイラが子犬のようなウルウルした瞳でこちらを見つめていたのだ。
私はそういうのに滅法弱い。しかも、悪役令嬢の私は彼女より遥かに立場が悪いのだ。
断るという選択肢があるだろうか。いや、あってたまるものか!
「喜んでお話させていただきます。拳でも口でも」
「じゃあ、お口の方で語り合いましょうね」
「は、はい!」
「約束ですよ!」
突然テンション爆上がりのシャイラから伸ばされた手を、握り返そうとした時だった。
またもや、横に立つ彼が私の邪魔をした。
べちっと叩かれたのだ。……私の美しい手の甲が。
「ちょっと」
「お嬢、馴れ馴れしいですよ」
「シャイラがせっかく友好的に接してくれているんだから、当たり前――っ! ははぁん」
「なんですか、突然」
いけないいけない。気が緩んで下品な笑みを浮かべてしまっていた。
ヘルバートの怒りも最もだろう。
自分が想いを寄せているシャイラに、嫌いな女が親し気に接しているのだから。
二人きりの約束まで取りつけちゃったし。
彼女に触れることすら許さないのは、いささか過保護過ぎる気もするが。
(意外と愛が重いタイプなんだ。ふ~ん?)
「お嬢、俺分かります。余計な事を考えていますよね」
「全く? 大丈夫だよ、ヘルバート。私はあなたを応援するから。いかに敵が強大な権力者でも、私はあなたの味方でいるからね」
「気持ち悪い。さっさと離れて下さい」
ヘルバートがしっしっと手を払うので、私は安全地帯に逃げ込んだ。
勢いあまって安全地帯と肩がぶつかったが、彼は今更気にしない。
「近ぇんだけど」と言うだけで、距離は取らないのが彼の良い所だ。
「おい」
ヘルバートの空気が冷えた。やばい、調子に乗り過ぎたか。
好いた女の前なのだから、もっと彼に格好をつけさせてあげればよかった。
場の空気が悪くなったのを察知したのか、シャイラが口火を切る。
「じゃあ、そろそろわたしはお暇しますね。また会いましょう。トリーゼ様、そしてロメオさんも」
花のような笑顔を残して聖女は去った。
無論、ヘルバートが間髪入れずに彼女の跡を追いかける。
二人の姿が見えなくなったのを見計らい、私は速攻でロメオの肩を叩いた。
またもや、彼はつまらなそうに耳をかっぽじっている。実は難聴だったりするのだろうか。
「行くよ、ロメオ」
「どこにだよ」
「二人を追いかけるんだよ」
彼女の残り香は、やはり石鹸の香り。
ヘルバートとシャイラが頻繁に会っているのは確実。
「嫌だよ、めんどくせェ」
「二人の恋路が気にならないの? 野次馬根性出してよ!」
「黙れじゃじゃ馬が」
「え~。つまんないの」
「他人の惚れた腫れたに首突っ込む前に、ちったぁ魔法の扱いを覚えやがれ。借金返すんだろ」
「はっ」
絶句。
――忘れていた。
わざとではない。最近ドタバタしていたせいで、完全に頭から抜けていた。
大変だ。1億ルシカという膨大な金額を一人で稼がねばならなかったのだ。
大人しくなった私の反応で、ロメオは全てを察した。
「……明日、いや、今から冒険者ギルドに行くぞ」
ついに、ロメオはお世話フェーズに移行した。
この私を野放しにすることが耐えられなかったようだ。
一応、彼は優秀な魔法士。……根は真面目かつ勤勉なのである。
「…………はい」
私に断る権利があるはずもない。
ロメオに連行されるような形で、屋敷をあとにした。
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