第十四話 み~んな腹ペコ
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「ちょ、ちょ、ちょっと。へ、へへ、ヘルバートッ!」
居間でくつろいでいた私は、大慌てて厨房に駆け込んだ。
「何ですかそんなに慌てて」
ヘルバートは、私の食事に形だけの毒見をしていた。
余談だが、いつもこの過程で食事の半分は持っていかれる。
足りない食事分をこっそり厨房から拝借していた悪行もコック達にバレているようだし、ここは一つはしたないが「お代わり!」を発動する日が近いのかもしれない。
「あぁっ! ちょっと食べ過ぎじゃない? ほぼ完食!」
「ケチ臭いですね。お嬢のためです。……で、何でそんなに慌てているんですか」
「げげげげ、げげ、玄関に!」
+*+*+
「お嬢、絶対に出てこないで下さい。命令です」
「あ、主に命令?!」
来訪者の名を聞いたヘルバートが、厨房を駆け出して玄関に駆けだした。
取り残された私は、残っていた僅かな食事を必死にかきこんで当然のように後を追う。
庭先で話す人影を木陰から覗く。
一人の女性とヘルバートが対面している姿を捉えた。
女性は小柄で華奢。柔らかく守ってあげたくなる雰囲気を携えている。
肩口で切りそろえた茶髪に小さな丸顔。
淡い色のドレスが一層、彼女の儚さと可憐さを引きたてていた。
可愛さの中に芯を感じる桃色の瞳が、ヘルバートを真っすぐに見ている。
「……シャイラ」
「突然、すみません。ヘルバートさん」
「なぜファルシカ邸に? ここは危ない」
「トリーゼ様が昏倒したと聞きました」
「それでわざわざ?」
私は二人の話に聞き耳をそばだてていたが、風に乗ってやって来た匂いに衝撃を受けた。
鼻の穴をこれでもかという程大きく開き、僅かに漂うあの香りを吸収しようと必死になる。
(せ、石鹸の匂い!)
以前、ヘルバートから漂った匂いと酷似している。
いや、この匂いに違いない。
(まさか、ヘルバートってばシャイラと付き合っているの?)
あり得ない話ではない。
まだ物語上、シャイラとクライス王子は付き合ってはいないのだ。
互いの気持ちが通じ合う直前の最後の障壁として、トリーゼがシャイラを殴ろうとしていたあのシーンがあったのだ。
二人が付き合っていようがなかろうが、どちらにしろ……。
(きゃ~。三角関係だったの~?)
こういうお話には目が無いのが私というものだ。
自分が絡まない複雑な恋愛ほど、見ていて楽しいものはない。
身内というのが何とも言い難いが、精一杯応援はしたいと思っている。
「トリーゼお嬢様はまだ意識を失っています」
「会わせて下さい」
「何度言ってもそれは認めない。何が起こるか分からない」
「お願いします」
「シャイラも分かっているだろう? あの方はあなたを毛嫌いしている」
「わたし、分かりますよ。『トリーゼ様』がわたしを嫌う理由」
私は息を止めた。
そうか、彼女は全てわかっていたのだ。
トリーゼが権力目的でクライス王子を狙い、邪魔なシャイラを排除しようとしていたのを。
「わたしの魔法。あの人にとって天敵なんです」
(え?)
「シャイラがクライス王子に愛されているから」ではないのか?
分からない。シャイラの魔法についても、何一つ手がかりが無いのだ。
お調子者へのダメージ倍増効果でもついているのだろうか。
いや、違う。シャイラは以前の傍若無人なトリーゼしか知らないのだ。
(悪人を滅する聖の魔法……とか? 善人ビームとか目から放つのかな)
「■■、でしょう?」
「君はどこまで――」
ゴクリと生唾を飲み込んだ。肝心な部分が聞こえなかった。
もう少しで何かが掴める。もう少し、あとちょっと――……。
「な~にコソコソしてんだァ?」
「うっわーー!!!!」
心臓が絶対飛び出た。
息を殺して集中していた矢先に、突然隣にぬっと顔が出てきたのだ。
耳の穴をかっぽじっていた彼は、私の大声に眉を潜めた。
「うっるせェ!」
「お嬢?」
私の声に驚いた鳥たちが一斉に飛び立ったせいで、音源がバレバレだ。
ヘルバートとシャイラが驚きの顔で私達を見ていた。
ヘルバートの表情はすぐさま驚きから真顔に変わる。その瞬間を見ていた私は一層、体が震えた。
「ちょっと! 良い所だったのに! 空気の読めない男だね、ロメオ君!」
「あァ? コソコソしてるオマエが悪いんだろ。絶対邪な考えしてやがると思ったら、案の定だ。人の逢瀬を盗み見るのは良くないぜ」
「分かっててやったな……。っていうか、何か甘い匂いするんだけ………ど……?」
先ほどからスイーツのような匂いがするのだ。
存外近くにあったロメオの顔を観察すると、おや、口元に何かついている。
「まさか……」
「オマエのデザートが残っていたんでな。そこそこ美味かった」
「国家治癒魔法士って薄給なの? お嬢様のデザートを盗み食いする程貧しいの?」
せめて口元についたクリームでも返して貰わないと気が済まない……などど場にそぐわない思考をしてしまうのは、私の顔に漆黒の影が落ちたからだろうか。
「なぜ、ここに?」
分かり切ったことを丁寧に尋ねるヘルバートの表情は、暗くて見えなかった。
+*+*+
「だ、大丈夫ですか? トリーゼ様……」
何ていい子なのだろう。
フカフカのソファがあるというのに、私に気を遣って隣でしゃがんでくれる。
こんな天使みたいな女性、モテるに決まっている。
女性の私ですらメロメロなのだから。
「シャイラ、放っといてください」
「でも、こんなこと……」
「平気です。むしろ今の彼女はこの状況を楽しんでいますから」
なぜ、このヘルバートとかいういじめっ子がメイドたちから黄色い声を浴びているのか。
心底納得がいかない。
「じゃ、じゃあ! わたしも床に正座します!」
「えー! いいいい! ソファに座ってて。私が盗み聞きしたのは事実だから」
「だそうです。シャイラ、早く座って」
かく言うヘルバートは、私の隣にあるソファにちゃっかり腰を降ろしている。
ロメオは言わずもがな、ふんぞり返っている。
「まずは自己紹介からですね。わたしはシャイラ。今は……えぇと、この国と他の国を繋ぐお仕事をしています」
「……自己紹介からなの?」
私達は一応顔を知っている仲なのでは無いだろうか。
ニコッとシャイラが微笑み補足する。
「ロメオさんの噂はかねがね聞いておりましたが、実際にお会いするのは初めてですから」
(ま、眩しいっ!)
彼女から後光が射した。
聖なるスマイルに私の過去の罪が浮き彫りになる気持ちだ。
私の心の内を呼んだのか、ヘルバートが悪魔の提案をしてきた。
「お嬢。あなたが今までシャイラさんに何をしてきたのか、説明いたしましょうか。覚えていらっしゃるかとは存じますが、念のため」
「い、嫌です……」
私がその場面を書いたのだから、私が覚えているに決まっている。
嫌だ、絶対に聞きたくない。
シャイラの前で話すなんて、精神的な拷問に等しい。
(あ、駄目だ。ニッコニコだこの男)
「出会いは城ですね。五年前にシャイラが王城で勤務を開始した時、二人は出会った」
「うぅ……」
――ヘルバートはノールックで私の腕を引き、自分の隣に座らせた。
解放された足に、歓喜した血液たちが縦横無尽に駆け回る。
つまりとんでもなく足が痺れていた。
よろめき、フカフカソファに腰を降ろす。
(こりゃ、長くなるぞ……)
覚悟を、決めた。
針のむしろに正座する覚悟を。
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