第十三話 安心と勘違い
閲覧ありがとうございます!
段々と一話の文字数が多くなってきている気がします。
気のせいかもしれません。
雨が降っている。
窓から見える灰色は、空を憂鬱に塗りつぶしていた。
「……何が、あったんだっけ」
窓から天井に視線を戻す。
自分の部屋だ。
もぞりと体を動かすと、誰かがいた。
「お目覚めですか。トリーゼお嬢様」
「…………あ、うん」
他人のようなヘルバート。
姿勢を正し、感情の無い目で私を見降ろしている。
「お嬢」じゃなくて「トリーゼお嬢様」だなんてちょっと距離感のある呼び方は、ちょっとばかり悲しい。
馴れ合いと小馬鹿が同居していたあの呼称は、なかなかに嫌いではなかったのに。
私が遠慮のない伸びをかましていると、ヘルバートにほっとしたようなため息を吐かれた。
と同時に、窓から弱弱しい光が射しこんでくる。
「お嬢……ですか」
「えぇ、お嬢です」
「…………あぁ、クソ。そうなら早く言って下さいよ」
「意味不明」
なんなのだ。愛しのお嬢が目覚めたというのに。
ヘルバートは安心したような、ちょっと怒っているような。複雑な顔をこちらに向けていた。
「ねぇ。本当はさ、『トリーゼお嬢様』って呼びたいんでしょ」
作品内でヘルバートはトリーゼの事をそう呼んでいた。
なぜ、私になって「お嬢」だなんてちょっと親し気になったのかは分からないが、隙の無い悪役令嬢「トリーゼお嬢様」が阿呆な「お嬢」になって軽んじ始めたのかもしれない。
とにかく、作品に反した呼び方は本人からしても違和感なのではないか?
そう思ったのだ。
「嫌です。あなたの事は、そのようには呼べません」
「えぇ、ちょっとショック」
そんなに嫌なのか。
呼び方一つとは言え、ヘルバートなりの流儀があるのだろう。
(まぁ、別に私は何と呼ばれてもいいから気にしないでおこう。ロメオとか普通に遠くから大声で『クソ性悪面食い女』って呼んでくるし)
その後、どこからともなく鳴り響いたハサミの音を聞き、彼が無様に尻尾を巻いて逃げたのは言うまでもない。あれは傑作だった。
私が悪くない状況でのマルルスの牽制は、非常に愉快痛快爽快万歳。
「二週間、ですよ」
「何が?」
「お嬢が眠っていた期間です」
「……そんなに?」
普通の人間なら死んでいる。
餓死してしまうしその間の排泄はどうなる。
二週間も一体誰が私を、この自室で世話していたのだ!
「うわぁ。えっと、ちょっと待って」
ぶわぶわと顔が赤くなる。もしかしてヘルバートに世話を?
いやまさか、ちゃんとした医療に特化した……。
「えっ、まさかのロメオ!? ひぃ、い、嫌~!」
「なぜ顔を赤くして彼の名を呼ぶんです」
ヘルバートが低い声音で何かを言っているが、今はそれどころではない。
私の尊厳がかかっている。
「んだよ、目ェ覚めたのか」
「は? ロメオ!?」
最悪のタイミングというか、私が彼の名前を叫んだせいか。
ロメオが普通に室内に入って来た。扉前で身を潜めていたのかもしれない。
正直、彼の顔をまともに見ることが出来ない。
仕方がない事とは言え、心の準備をさせて欲しい。
存外、ロメオがしれっとしていることが気に食わないし、いや、最早感情を抱かない程に世話をさせてしまったのではないか、という申し訳なさも湧いてくる。
「ロメッ、こっち来ないで!」
「はぁ?」
顔が勝手に熱を持ち始めるが、初心ロメオは全く分かっちゃいない。
しかし顔の熱は、とあるものを見た途端、急速に冷めた。
――眼前のヘルバートが、私を、ゴミを見る目で見ていたのだ。
(な、なんでそんな目で見るの)
また、あの目だ。嫌いなトリーゼを睨むときの、この視線。
すると突然、ロメオがしゃがみ始めた。そして私の枕元に顔を寄せる。
ロメオが寝た状態の私を攻撃すると思ったのか、視界の端でヘルバートが焦ったように動いた気配がする。
そして、ロメオの薄い唇がゆっくりと動き、囁くようにして耳元で声を発した。
「馬鹿飛車高慢ちき。阿呆の申し子」
「はっ?」
「オマエ、なんなの?」
「ムカつく。こっちの台詞なんだけど」
なぜか互いに困惑した表情で、結構な近距離でお互いを見つめあった。
(わぁ。ロメオってば本当にパーツが整ってるなぁ)
「離れろ」
私達の交わる視線をぶった切る様にして、ヘルバートが間に割り込んできた。
非情に不機嫌な様子を隠しもしないで。
(だからこっち見るな! お願いだからあっち見て!)
なぜ私ばかりがヘルバートからの悪意を一心に受け止めねばならぬのか、その答えはすぐさま出てきた。
――私が、嫌われる悪役令嬢だからだ。
「トリーゼ、オマエがオレに何をしたか覚えているか」
「……………………?」
「思い出せ。記憶を探れ」
有無を言わさぬ口調だった。必死に最後の記憶を手繰り寄せる。
思いあたる節が一つ。
「うっそぉ……、まだ書庫で居眠りしたこと怒ってるの?」
「なるほどなァ」
ロメオは真剣な表情のまま腕を組む。
「よく聞け、オレはオマエと昨日会っている。そして、オマエはオレに屋敷から出ていけと言った。金切り声で」
「なんで?」
「オレがすれ違いざまに、オマエの顔で押し花を作ろうとしたからだ。びたーんと、その広い額と頬に花びらを押し付けた」
「完全にそっちが悪いじゃん……」
「まぁ、これでオマエの記憶が二週間前で止まっていることが分かった」
表情筋が凍り付く。
(私はこの二週間の間、以前のトリーゼだった……?)
「オマエには人格が二つ宿っている可能性がある」
「多重人格的な?」
「あァ」
そうか。私は完全なるトリーゼにはなっていないのか。
私の意識は以前のトリーゼと共存していて、ふとしたタイミングで二人が入れ替わる。
私と彼女は、一人の人間なのだ。
(ってことは、どちらかが消えなければならない……?)
そうなれば、消えるべきは私だ。
彼女たちの物語を描いていた「私」は、この肉体の持ち主では無いのだから。
どこかでそうだ、と脳内で囁く女性の声が聞こえた気がした。
「どうしてこのタイミングで私になったんだろう。二週間っていう期間が鍵だったりするのかな」
「分からねェ。つい半日前にオマエはぶっ倒れて眠り込んだ。目覚めたら、阿呆で低能なオマエがいたって所だ。呑気に間抜け面で寝やがって、クソ女」
「……ねぇ。二週間分の鬱憤をここで晴らそうとしているでしょ、あんた」
「当たり前に決まってんだろ。こっちは二週間もオマエの癇癪に耐えてきたんだからよォ」
「私じゃないもん」
「ガワはオマエだから、オマエのせいだ」
「ふん!」
ロメオは不遜な態度を崩さない。それが嬉しいような腹立つような。
何はともあれ、ロメオがトリーゼに愛想を尽かさなくて本当に良かった。
二週間何があったのか知るのは恐ろしいが、私は寝込むことなく動いていた。
(ってことは……)
「私の下の世話も無かったってことね!」
「「は?」」
私の勘違いを二人に説明すると、真っ先に頭を叩いてきたのはヘルバートであった。
許せない。絶対、本気で叩いてきていた。
閲覧ありがとうございました!
少しずつトリーゼの謎も明らかにしていきたいですね。
皆でわちゃわちゃしながら解決しましょう。




