第十二話 交わる香りと混ざる意識
閲覧ありがとうございます!
色んなことが起きます。
(追記)ロメオかメロオかボケちゃっている時期があり、誤字がありましたらご報告ください。。
この話は投稿後、二か所ぐらい発見しました。。申し訳ありません!
すぅと背中が冷える。
彼の眼差しには温度が無く、瞳の奥に穴が開いているかのようだった。
ガラス玉のような無機質な蒼い目が、軽蔑する眼差しで私を見降ろしている。
(あ、ちょっと怖い……かも)
「何をしているのか、と聞いた」
何も言えない私に苛立ったヘルバートは、己の方向にぐいと手を引っ張った。
唐突かつあまりにも容赦ない力だったため、放心状態の私はいとも容易く彼の胸元に収まる。
厚くて良い生地を着ているせいか、彼の体からはぬくもりを一切感じない。
その事が一層、私の恐怖を掻き立てる。
「トリーゼが、腹が痛いって喚いたんで、オレが治してやろうと思って」
ロメオもヘルバートの異変を察知したようだ。
平坦な声で端的に述べ、それ以上何か余計な事を言うつもりもなさそうだ。
「それで?」
ヘルバートの目はあくまでも、私に注がれている。
こっちを見るな、と顎に一発食らわせたいところだが流石の私も命が惜しい。
「お、お腹を診てもらおうと思い、私が服をまくり上げていたところに、あなたが遭遇しました……です」
―――『知ってた!? ロメオってば初心な奴でさ! 女性に触れたことが無いんだって! 何とか言ってやってくださいよ。いよっ! 爆モテ男!』
と、言ってこの場を去れたらどんなにいい事か。
何とかしてこの地獄をロメオに押し付け、逃げる算段を考えていた。
――のだが、先手を打たれた。
ロメオがいつの間にか出口に移動していたのだ!
「オレ、仕事あるんで戻ります。すんません、結局トリーゼの腹痛の原因は分からなかった。……し、おそらく診ねぇ方が良い」
(あ、逃げたな)
物凄い形相になっているであろう私の顔をチラリと見たが、逃げ腰師匠は一切の罪悪感を抱いていない。保身に走る気満々だ。
「『オレは今まで酷い怪我も診てきた。ビビってちゃ、治癒魔法士なんぞ務まらねぇよ。ふっ……』ってカッコつけてたくせに、逃げるのか!」
「言ってねぇし、逃げねぇし」
「じゃあ、戻ってきなよ! ねぇ! ……あ、ちょっとずつ後ろに下がってるでしょ! ほら、もう片足が廊下!」
この感じでヘルバートの胸という牢屋から脱獄しよう。
勢いで何とかしてみせよう。
私は騒ぎながら、ロメオに向かって襲い掛かろうとした。
そう、ごく自然ないつもの流れだ。
「待て」
「ぐっ」
腹部に腕を回され、がくんと後ろに引き戻される。
背中の衝撃はヘルバートのシックスパックに吸収された。
(……!)
その瞬間、私は息を止めた。吸った空気を逃がしてはいけない。
なぜならば、ふわりと彼からほのかに甘い香りが漂ったのだ。
……吸い込んだ空気を必死に分析する。
(石鹸のような柔らかくて清潔感のある香り。……こっ、これはっ!)
カッと目を見開いた。と同時に眼球が、ロメオが廊下へ逃げ去って行く後姿を捉える。
だが、今はそれどころじゃない。
(じょ、女性の香水!)
鼻の穴を膨らまし、もう一度大きく息を吸いこんだ。
石鹸らしき匂いの微粒子を一つ残らず肺に収めるかの如く。
今度は部屋の紙の匂いまで認識できた。
(あらららら)
ヘルバートも隅に置けない男だ。
最近出掛けることが多いと思えば、恋人とのウフフな逢瀬を楽しんでいたとは。
私に行き先を教えてくれなかった理由も納得がいく。
「も~。言ってくれて……も……」
――「いいのにぃ~」。
と言いつつ、腹部に回されたヘルバートの剛腕をそっと外す。
解放された暁には、とんずらロメオを地の果てまで追いかける。
(――が、出来たらね。……どんなに良かったことか)
「う゛っ」
がっちりと回された腕に力が入れられる。
内臓が容赦なく上に持ち上げられ、思わず汚い声が出てしまった。
さらに、元々主張していたお腹の痛みがどっと押し寄せる。
色々な意味で冷や汗が頬を伝う。
「……あの」
「…………」
ヘルバートは無言だ。
身をよじって彼の表情を確認してもいいが、怖いもの見たさでやる事じゃない。
むしろ向いたら負ける。
鼻の穴を膨らませて深呼吸を一つ。
今はこの場にそぐわない、柔らかい石鹸の香りが唯一の癒しだった。
完全に手詰まり。どう考えても茶化せる空気では無くなってしまった。
「ご、ごめんなさい」
「何に対しての謝罪です?」
「いや、あの、多分調子に乗ったんですかね、私……」
「一つ答えて下さい」
「えぇえぇ。もう何なりとお申し付け……――、ぐぇ」
「ふざけるな」
腹ベルトが一段階、強化された。それはコルセットのように私を締め上げる。
一呼吸置いたヘルバートが、私に問う。
何かを必死に押し殺したような声音だった。
「ロメオに、見せたのか?」
(何を?)
……沈黙は悪手。
ヘルバートは苛立ちからガシガシと頭を掻いた。
「そうなのか」
纏う空気が変わる。
思わず上を見上げると、冷たい相貌と目が合った。
(あぁ。そうだった)
なぜ今まで忘れていたのだろう。忘れたフリをしていたのだろう。
ヘルバートはトリーゼを嫌っている設定だということに。
彼はトリーゼ・ファルシカに弱みを握られている人間だ。
彼自身の意思で傍にいてくれる訳ではない。
(本来の彼はおそらく常日頃、私をこの目で見ている。この――、嫌悪感が剥き出しの突き刺す視線で)
やはり、身近な人間から悪意を向けられるのは恐い。恐ろしさも相まって、
「あ、あなたが私に握られている弱みって、何?」
つい、口が滑った。
それが分かれば、彼を真に解放してあげられる。
それが分かりさえすれば、ヘルバートは恋人と幸せに暮らせる。
――あなたさえ、いなければ。
私は彼の人生をこれ以上、壊してはならない。そんな使命感が唐突に胸を支配する。
「……突然、何を言い出すんです」
「教えて。私が解決してみせるから。ヘルバートを解放するにはどうしたら――? ……え? わ、私がいなくなれば……? あれ。何言ってるんだろう……。い……や、え。あ、れ?」
「っ喋るな!」
ぎゅう、と腕が閉まった。
ヘルバートとの距離が更に縮まり、石鹸ではなくヘルバート自身の匂いがした。
爽やかな柑橘系のほのかな香り。恋人に会う前、彼が香水をつけたのだろう。
うぅん、この匂いは解釈一致。
色んなにおいが混じっているせいか、脳味噌がくらくらする。
――あなたが消えれば、元通り。
考えが纏まらず、思いが定まらない。
――早く、いなくなってよ。諦めてよ。
「それ以上、何も言わないで下さい。もういいですから、お願いします」
消え入るような彼の声は、初めて聴いた。
縋るような、何かに怯えているような。
私はどうしたら良い? どうすれば、苦しむ彼を救うことが出来る?
――私に頂戴。あなたの全部を。
(私が、いなければ――?)
(そうよ。あなたが消えればいいの。………お願いだから、消えて)
意識が、遠のく。
誰かの声が脳に響く。
(私に渡しなさい。――あなたの全てを)
初めて聞く、私の声だった。
閲覧ありがとうございました!
ロメオは親しい間柄の人間に対して、異常に距離感が近いだけの人です。
トリーゼに恋慕することは無い、はず。




