第十一話 憧憬と睡眠学習
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謎シーンからの始まりです。
――ある日、見つけてしまった。
広々とした庭ではしゃぐとても美しい幼い少女の姿を。
滑らかな銀髪を惜しげもなく風にたなびかせ、大きな木の下で彼女は笑う。
薄桃色の花弁が周囲を舞い、少女を祝福する。
『ん~?』
(――っ!)
彼女がこちらを振り向きそうだった。
危ない。
柵の影に隠れ、隙間からそうっと覗く。
彼女の傍にいた大人がパンと手を叩き、少女の注意を引いた。
おかげでバレずに済む。
『トリーゼ様、さては集中できておりませんね?』
『今、そこに誰かいた……?』
『何を言っているんですか。……いいですか? もう一度言いますよ。魔法とは生来の資質に左右されるものなのです。さて、今日はこのくらいにしておきましょう』
『そんなぁ……まだ魔法使えてないのに……』
先生はしょげる少女の肩を優しく叩く。
『焦る必要はありませんよ。魔法の発現は十から十五歳までとされています。トリーゼ様はまだ七つです』
『でもでも、六歳で魔法が使える男の子がいるって聞きました』
『それは天才です』
『先生は?』
『三十二才です』
『ちがーう!』
ぷりぷりと可愛らしく怒る少女は、芝に座り込む。
『先生、魔法って何が出来るの?』
『何でも出来ますよ。人によって得意とする魔法が異なる点は、とても興味深いですね』
『へぇ~!』
『ですが、「何でも出来る」は「皆が出来る」ではありません』
『?』
『魔法が使えない人もいるのです。でも魔法が使えないからといって、人より劣っているという訳ではないことを覚えておいてください。必ず』
『はい!』
少女は真剣な顔で頷き、立ち上がった。
灰色の瞳は、ヒラヒラと舞い落ちる花弁を見上げている。
(あぁ、カワイイ)
涼やかな猫目。程よい角度を持った鼻。スゥっとした横顔。
ここら辺では有名なお金持ちで、広いお屋敷に住んでいる。
いつも楽しそうで、彼女の周りは笑顔が溢れている。
初めて聞いた声は、鈴の音のように軽やかだ。
(羨ましいなぁ)
(いいないいな)
視界の端が徐々に緑に染まり始めた。
それは毒のようにじわじわと広がり、芝の緑を無残に塗り替えていく。
――『あの子になりたい』
場面が変わる。
先ほどとは異なり、コマ送りのように瞬時に場面が移り変わった。
書庫で本を読む彼女。
庭で魔法の発現に励む彼女。
街で焼き立てのパンを頬張る彼女。
王城に向かう馬車から顔を覗かせる彼女。
……共に馬車に乗っているのは彼女の両親だろうか。
(なぁんだ)
似ていない。正直がっかりした。
女神のように美しく神秘的な彼女とは異なり、彼女の両親と思しき人物たちは平凡な容姿をしていたのだ。
『養子なんだとさ』
共に馬車を見ていた、見知らぬ女性が隣で呟く。
(なんだ)
じゃあ、いいじゃないか。
私が彼女になったって、誰も悲しまないじゃないか。
+*+*+
スパァン
「早速寝んなァ!!!!」
目を開けたら、そこには見知らぬ光景があった。
眼前には本、向かい側には憤怒のメロオ。
ポカポカした日差しが心地良い。
「どこ、ここ……」
「まだ寝ぼけているようだなァ」
歯を食いしばる音が聞こえ、記憶を手繰り寄せる。
「………………あっ」
私は魔法の天才である彼から、魔法とは何たるかの基礎を教わっていたのだった。
座った瞬間、強烈な睡魔に襲われた所まで覚えている。
「オレの貴重な時間を奪っておいてなんだその態度は。……帰る」
「待って待って! ごめん、もう居眠りしないから!」
「じゃあオレがてめぇに何を教えたか答えろよ」
言えるもんならな、とメロオはそっぽを向く。
しくじった。完全に彼のへそを曲げてしまったようだ。
「えぇっと、魔法は人によって扱える人とそうでない人がいる……。人によって得意な魔法が違う……とか」
「………………魔法が発現する年齢の幅は」
「十歳から十五歳……」
「なんで言えるんだよ……」
メロオが困惑する。
そんな顔をされても困る。こっちだってなんで答えられたのか分からないのだ。
「もしかして……睡眠学習の才能があるのかも」
「寝言は寝て言え」
「じゃあもう一回寝てみます。ロメオは気にせず話してて」
「バカが!」
ロメオは突っ伏そうとする私の腕を引き、立ち上がらせようとした。
「いててて」
「その手には乗らねェ。どうせ痛いフリだろ?」
違う。
「いや、腕じゃなくて……」
「じゃあどこが痛いんだよ。足は完治させた。嘘吐くな」
「えぇっと」
最近、忘れかけていた痛みがぶり返している。
じわじわと鈍い痛みが全身に広がっていくようだ。
「お腹が痛くて」
「便所はアッチだ。夕食前につまみぐいばっかしてるからバチが当たんだよ」
「それとは違――、って何で知ってるの」
「オマエのせいで厨房の警戒度が上がった。やるなら上手くやれ下手くそ」
なんと。バレていたとは。
私が「トリーゼお嬢様」だから見て見ぬフリをされていたに過ぎなかったのか。
ともあれ、今日は集中できる気分じゃなかった。
先ほどのぼんやりとした奇妙な夢について、忘れてしまう前に思い出しておきたい。
「いや、なんでもない。ごめん、今日は一旦部屋に戻ろうかな」
「ヘルバートさんはどこだよ」
「今日も別件。申し訳ないけど、あの人がどこに行ったのか、何をしているのかは知らないよ」
「………」
ロメオは黙り込む。
口を閉じていれば、彼もなかなか恵まれた顔面の持ち主だ。
喋らなければ、屋敷中のメイドからの熱い視線を独り占めできるのに。
いや、ヘルバートとの二大巨頭か?
「仕方ねぇな。オレが診てや――」
「黙ってればいいのに」
「あァ!?」
(やっっばい。最悪のタイミングで最低なこと言っちゃったぁ! ロメオが私を気遣う言葉を言うはずないと思ってた!)
ロメオが炎のように燃え滾っている。怒りでわなわなと拳を震わせている。
怖い。怖すぎる。
「今のは違う。違う違う違う! タイミングの問題で! ありっ、ありがとね! 私の事心配してくれたんだよね!? うわ~嬉しいなぁ!!」
「ぜってぇ許さねぇ。神経いじって痛み倍増させてやらァ! おら、腹出せ怪我人!」
「ぎゃー!……あれ?」
ロメオに腹部を暴かれる直前、彼の動きがピタリと止んだ。
私に触れる寸前で彼の手が止まっている。
自分から襲い掛かってきたくせに、次に何をすればいいのか分かっていない顔をしていた。
「え、もしかして………」
「黙れ」
「えぇ、もしかしてぇ」
「うるせぇな」
「あらあら。初心なところもあるんですな~、お師匠」
彼は存外、紳士であった。
女性に触れたことが無いのだろう。勢いで私に接近したはいいものの、触れることが出来ずに頭がショートしてしまったのだ。
私の煽りにも乗らず、彼は借りてきた猫のように大人しくなった。
「おら、早く患部を見せろ」
「……いいけど、結構変色してるよ? 打撲みたいな、どす黒い紫」
「もっと酷い怪我を診てきた。いちいち怖がってたら、治癒は行えねェ」
「ふーん。プロ意識高いね」
「だが、妙だな。たかが自分で殴った打撲程度が、それより後に出来た足の捻挫より長引くことがあるのか?」
いつの間にか、ロメオは治癒魔法士モードになった。
普段の粗暴さが嘘のように消え、今やどこはかとなく聡明な雰囲気を漂わせている。
このギャップは是非とも活かしていただきたい。
「とにかく、診せて見ろ」
「はーい」
私は服の端っこを持って、そっとまくり上げようとした。
――のだが、突然隣からぬっと伸びてきた手によって腕が動かなくなる。
「へ」
鍛え抜かれたた腕が、とても力強く、私の貧弱な腕を押さえつけていた。
「何をしている」
――誰の声だろう。一瞬、そう思った。
お読みいただきありがとうございました!
一波乱の予感。




