シトウ村
海辺の町、シトウ村――
潮の匂いがした。
石畳の坂道を下りると、海が見えた。白い波が砂浜に打ち寄せ、カモメが鳴きながら空を舞っている。
小さな漁船が沖に浮かび、遠くに灯台がある。
のどかな、小さな町だ。
「ここがライトが生まれた村なのねー。」
観光するようにマチが海辺から町を見渡す。
「実際は子供のころに引っ越したから、あまり覚えてないんだけどね。」
おぼろげに覚えている風景だった。路地の角、石垣の形、魚の干物が軒先に並ぶ匂い。
断片的な記憶が次々と浮かんでくる。
(でも、もう10年以上前の話だ。)
「なんで引っ越すことになったんですか?」
ミコさんがオレに聞く。
「家族の仕事の都合ですよ。」
「おい!海だぞ!泳ごうぜ!」
クノが目を輝かせて砂浜に向かって駆けていく。
「ちょっと、クノ!仕事で来てるんですよ!」
「いいじゃない!少しくらい!」
マチもクノに続いて駆けだした。
(やれやれ。)
波の音と二人の笑い声が混ざって、潮風に流れていった。
◇
海をひとしきり満喫したあと、俺たちは魔術学校に向かった。
シトウ魔術学校は、町の高台にあった。
石造りの校舎が緑の蔦に絡まれていて、どこか古びた風格がある。冒険者ギルドのような喧騒はなく、敷地内は静かで、魔法の実験をしているのか、どこかから微かに光が漏れていた。
門番の守衛さんにジジさんからの紹介状を見せると、すんなり通してもらえた。
案内されたのは職員室だった。
木製の机と棚が並ぶ、こじんまりとした部屋だ。窓からは海が見える。
「ようこそ、シトウ魔術学校へ。私は教頭のキトウです。こちらが教師のアカシです。」
キトウ教頭は50代くらいの、いかにも叩き上げのベテランという風格の男性だ。
眼光が鋭く、しかし口元には人の好さそうな笑みがある。
もう一人の教師に目が止まった。
メガネをかけた、すらりとした若い男性。
(以前どこかで会ったような……)
「やっと気づいてくれたか、ライト。」
アカシ先生が口元を緩めた。
「アカシ……!道具屋のアカシか!」
懐かしい記憶が一気によみがえる。
アカシは道具屋の息子で、子供のころはよく一緒に遊んだ。
店から魔法アイテムを持ち出しては親に怒られ、二人で正座させられたこともあった。
「お前、先生になったのか!」
「まあ、もっぱら研究が専門でね。君たちみたいな冒険者とは違うよ。」
「おいおい、知り合いだったのか。」
キトウ教頭が目を細めて笑う。
「ええ、子供のころここに住んでいまして。アカシ先生とは幼馴染なんですよ。」
「幼馴染、か。世間は狭いな。」
俺たちは久しぶりの再会を喜び合った。
◇
お茶が運ばれてきた。
窓の外では、カモメの声が遠くで鳴いている。
「仕事の話をさせてもらってもいいですか。」
「もちろんです。」
キトウ教頭が居住まいを正す。
「ジジさんから、あり得ないほど優秀なスキルを持った生徒が出ているとか聞きましたけど。」
「そうなんですよ。」
「例えばどんなものですか?」
「触れたものを爆弾にできるスキルとか。」
オレは思わず飲んでいたお茶を吹いた。
「どこかで聞いたような、聞いたことのないような……!」
「モンスターハンター志望の子のスキルなんですけどね。石に魔力を込めればそれが爆弾になります。」
「それはとんでもないですね。」
「水を自在に操るスキルを持つ子もいます。」
「それもすごい。」
「しかし……」
キトウ教頭の表情が曇る。
窓の外で、カモメが一羽、静かに海の方へ飛んでいった。
「その子が溺れたんですよ。」
「は?水を操れるスキルを持つ子が、ですか?」
「はい。命は助かりましたが、まだ意識が戻っていません。」
部屋に沈黙が落ちた。
「他にも、原因不明の重傷者が出ています。校庭の真ん中で、高いところから落ちたような骨折をした先生がいて。」
「校庭の真ん中で、ですか。」
(おかしい。)
「その先生に話を聞けますか?」
「近くの病院に入院していますので、行けると思います。」
「ライトさん、狂光の祠のことも聞いてみましょう。」
ミコさんに促されて、オレは切り出した。
「すいません、この町に、狂光という邪神を祀った祠のようなものはありませんか?」
「何を言ってるんだ、ライト。」
アカシが驚いたように眉を上げる。
「俺たちがよく遊んでいた広場だよ。あそこに小さな祠があっただろ。」
「あの広場か……。あんなところに祠があったのか。」
(まさか、あそこで遊んでいたとは。)
「あそこは今でも子供たちや学生の遊び場だよ。邪神だなんて、一番縁遠い場所だと思うけどな。」
アカシはそう言って苦笑した。
(本当に縁遠い場所なのか。それとも。)
「とりあえず、まず関係者から話を聞かせてください。」
「だったら病院はすぐそこだ。案内するよ。」
俺たちはアカシの案内で病院に向かうことになった。
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