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第32話 約束の週末

 「またやってみようか」


 ギタリストが切り出した。


 「うん、場所はリハビリセンターが借りられるか聞いてみよう」


 僕は姉にエレクトーンを習い始めてから、この時に至るまで音符を点字に、そして音声コードに変換しながら鍵盤を打ち続けていた。きっと六年前のあの時よりもレット・イット・ビーもドント・レット・ミー・ダウンも上手く弾けるはずだ。


 皆が社会人になっていた。そして僕と同じように苦しい経験をしてきた。身体中にブツケあざを何ヶ所も作り上げ、それでも歩き続けてきたんだ。嫌がらせと思われる転勤命令に従い、三人の中で社会に屈した者はいなかった。

 同じ病名を与えられた三人が自らの苦難を受け入れて、めげる事なく六年間を生きてきたんだ。僕ら三人をこの日まで繋いできたのは吉田深雪さんである、そう認識できた日になった。


 「来週の日曜日、四月十七日にあの場所、リハビリセンターのあの教室にあつまろう」


 三人が共に成人となり社会人となっていたのでバンドの練習日はおのずと日曜日か祭日になる。


 西武線の航空公園駅に降り立ったのは何年ぶりだろう。あの頃はYS11をこの目で見る事が出来た。銀色のボディは今日も陽の光を受けて輝いているのだろうか。屋外展示された機体は確かに美しかった、でもその翼は決して風を切って空を舞うことはない。でも僕らは再び新しいなにか得体のしれない希望に向かって飛ぶことを始めたんだ。


 あの時と同じ防音の部屋を二時間限定で借り、僕たちは久しぶりに音を合わせてみた。

ドラマーが白杖の先っぽで床をツンツンツンと三回叩く。僕がCメジャーのコードを鍵盤に打ち込む。


 この感覚、音楽は仲間と音を合わせて演奏という二文字に変わるんだ。懐かしさに指が震えそうになった。でも指の震えよりも先に何故だか涙が溢れてきたんだ。誰にも見られていない涙だから気にする事はない。鍵盤にコードを叩きながら僕は泣いた。


 「なぁ村尾さぁ、俺たち大切な人に出会って、そして失ったんだな。こうして集まってみるとさみしさを充分すぎるほど感じるよ」


 ドラマーが口に出したことを僕自身も感じていた。それを言葉にして僕に共感を求めてきたのだと思う。僕たち三人を離ればなれにさせたのは吉田深雪さんの突然の死だ、そして三人を再び会わせたのも吉田深雪さんになる。


 「なにかを目指そうよ。別にプロのミュージシャンではなくていい。僕たちがここにいて生きている足跡を残そうよ」


 僕より先にギタリストが共感し、僕たちは三人グループのバンドを結成することにした。でもこの時にはまだグループ名は決めていなかったんだ。そして何を目指すのか、どちらの方向に進むべきなのか具体的なことはすべて後回しにして僕らは週末の日曜日に集まるようになっていった。


 毎週、日曜日の午後一時に三人が集まり、バンド練習をおこない、その場で解散する。帰りがけに一緒に外食をするとか居酒屋に行ってお酒を酌み交わす、同じ年代の人たちならきっと青春ってやつをそうやってエンジョイするのだろうけれど、僕たちはリハビリセンターに集合してリハビリセンターで解散した。


 ただ会えることが嬉しいのだ。一緒に同じ曲目を奏でられる事が生きがいになっていき、日曜日のために平日の会社勤めをしているようなものに変わっていった。


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