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第31話 再会

 長い冬が終わりを告げ、桜の蕾が一つ、またひとつ開いていく。僕はもうこの春の光景を見ることは出来ないが、オナガ鳥やヒヨドリが花を突いては蜜を吸い、鳴き声を発して枝から枝へと飛び移っていることが容易に判る。桜は満開になっているのだろう。


 吉田深雪さんが事故で亡くなったあの日は前日から降り続いていた雨がやっとやんで、日中は春らしい陽気になったことを思い出す。


 この年、僕は父に頼んで彼女、吉田深雪さんの墓前にはじめて行くことにした。彼女の七回忌の法事のお便りを受け取っていたからだ。


 「早いものだね、良雄、どうするんだ。一度は手を合わせに行ってもいいと思うよ」


 父の言うとおり、このまま不義理もあるまい。通夜も告別式も僕は行かなかった。三回忌の法事も遠慮させてもらったのは僕の中で二年という歳月は過去にはなっていなかったからだ。でも六年という月日の流れは僕自身の成長もあったからだろう。過去という言葉にすり替えられようとしていた。


 「父さん、連れて行ってくれる?喪服じゃあなくてもいいよね。森林公園に行くの、幼稚園生の時以来だね」


 「そうだなぁ、お姉ちゃんが六年生で良雄はまだ年長組だったと思うよ。お姉ちゃんと一緒に四つ葉のクローバーをいっぱい見つけていたね」


 父の言葉で思い出が蘇った。


 「ねぇ、父さん、僕の部屋かお姉ちゃんの部屋の本棚にある文庫本に、あの時のクローバーが挟まれて全部、栞にしてあるはずだよ」


 「そうか、わかった。お姉ちゃんが帰ってきたら見てもらおう。森林公園は今度の日曜日、午前十時だ。父さんも深雪さんに会いに行くよ」


 四月十日、日曜日、僕は父と一緒に東武東上線の北の駅である森林公園で下車し、宗派をいとわない墓苑にある吉田家の墓石の前に立った。線香の匂いに混ざって甘酸っぱい匂いがしていたのは金柑の木が植えられていて、幾つもの熟した実が摘み取られる事なく落ちていたからだ。僕の靴はそのうちのひとつを踏み潰していたらしく、歩くたびに心地よい匂いが付きまとった。


 この墓苑は小高い丘を整地して作られたらしく周囲は緑一色らしい。

墓石に線香を手向けると、緩やかな下り坂を降りた右側に法事用の畳敷の個室が用意されていた。受け付けのある敷居で靴を脱ぎ、右側に曲がった障子戸で仕切られた一室が吉田家の法事会場になっていた。


 僕は目が見えない。彼らも目が見えない。だから三人が同じ空間にいても誰かが気付かなければ再会はあり得ないんだ。そのきっかけを作ったのは父の挨拶だった。


 「村尾良雄の父です。本日はリハビリセンター時代に吉田深雪様、お嬢さんにたいへんお世話になった息子の良雄も同席させていただきました。良雄は六年前、深雪さんと出会い、障がいを持ちながらも力強く生きている故人を見習い、現在、都内の企業で頑張って働いています。一周忌、三回忌はご遠慮させて頂きましたが、七回忌のお手紙を頂けたことで息子は深雪さんにお礼の言葉を伝えることができたようです」


 父の挨拶が終わると同時に会場の二箇所から唐突に声が上がったんだ。


 「村尾、村尾がいるのか!」


 「村尾ってピアノの村尾良雄だよね、元気だったか!」


 正直に言うと僕は声の持ち主をすっかり忘れていた。リハビリセンターで出会い、一緒にビートルズのコピーバンドを組んでいたギタリストとドラマーだ。ギタリストもドラマーも過大評価した呼び方かもしれないが六年ぶりに三人が同じ場所に集まったんだ。僕たちを再会させたのは紛れもなく吉田深雪さんになる。


 あの事故があった日をさかいにして、僕たちは必然的に集まることをやめてしまっていた。しかし三人が集まれば音楽の話は尽きなかったんだ。

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