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第27話 就職 〜くやしい〜

 ー慣れるー


 この言葉は白杖を持つ者の通勤には永久に訪れない。なぜなら常に街は変わる。昨日の帰り道にはなかった看板が今朝は行く手をふさぐ。ひとり通勤を始めてまだ二日しか経っていなかったと思う。白杖を左右に振りながら歩道をゆっくり歩いていた。杖先が右前方向に置いてある自転車の後部車輪にぶつかった。身体を左にずらして障害物を避けようとした時だった。うしろから走り抜けようとしてきた自転車と接触してしまった。


 「急に進路を変えるんじゃあねえよ!」


 下町の住人らしい捨て台詞だが、接触した場所は歩道だった。

ショップの前に置かれる自転車、そして足元を滑らせようと放置されているあらゆるゴミたち。会社のある最寄駅からの徒歩通勤路で何度もぶつかり、転び、傷だらけになった。


 ー モラルだよ、今は判らなくていい ー


 あの時、リハビリの先生が口にした言葉が理解できる時がきたんだ。痛いほどにではなく、実に痛い。


 怪我を負って帰宅する度、家族は僕を心配する。特に父は自分のこと以上に心を痛めていた。僕が怪我をした翌日の通勤路に父が立って見守っていたことを僕は知っている。

父は五十五歳という年齢で早期退職することになるのだが、きっと僕のために会社を休み過ぎた事が原因なんだと思っている。いわゆる『肩たたき』による退職だった。


 ー くやしい ー


 この言葉は障がいを持つ社会人なら日々思うことだろう。会社員となって配属先が決まり、まず上司と思われる人から言われたひと言を今でも思い出す。


 「君はなにができるの?」


 入社当初の配属先は電車での乗り換えのない支社勤務を選ばせてもらえたが、二年、三年と過ぎ、勤務地までの経路に慣れたころになると時々の上司と折り合いが付けられなければ転勤を命じられる。一回目の転勤先は新宿だった。東武東上線の終着駅である池袋まで出て、山手線に乗り換える。僕にまだ視力が残っていたころ何度か新宿には行ったことがあるが池袋駅、新宿駅構内の煩雑さは晴眼者であっても迷わされるだろう。

 転勤命令は解雇通告のようにも受け止められた。


 「従えないなら他の会社で働いてみたらいかがですか」という事なんだ。


 企業にとって障がい者を雇用する基準は全社員中に占めるパーセンテージだけであって雇用年数ではない。勤務年数が上がればそれだけ人件費がかさむから早く退職して欲しいというのが本音だろう。

絶対に必要な人材なら話は変わってくるだろうが、そんな匠といえる仕事人になれるのはひと握りもいない。


 会社における僕の立ち位置は、ほかの社員の迷惑とならずに退社時間を待つ、あとは雑務的なパソコン入力だけだった。

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