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第26話 就職 〜椅子取りゲーム〜

流行歌の歌詞にならえば希望は光らしい。

希望の光があなたの未来を云々・・・という歌をよく聴く。でも光は希望をもたらしてはくれないし代名詞でもない。


 この年の春、僕はすべての光を失った。


 だからと言って闇の世界の住人になった訳ではない。食品用のラップフィルムを幾重にも巻いて、目隠しされている状態と言えば理解できるだろうか。眩しすぎて光がすべてのモノを消し去ってしまうのである。


 通勤地獄の始まりは僕の想定を大きく超えていた。駅の階段を人は走る。エスカレーターも右側を走り抜けていく人に白杖は蹴られる。怖いのは走り抜けていく人が肩から掛けているバッグが杖に絡まり引きずられてしまうことだ。

 自宅のある最寄駅から終着駅の池袋まで所用時間は三十分であるが、この三十分のために電車内の椅子取りゲームが毎朝開催されている。もちろん僕はこのゲームにエントリーはしない。ドアの横にある手すり棒に背中をくっ付けてゆらゆらと電車の振動に身を委ね、父が買ってくれたウォークマンの電源を入れる。


 好きな音楽を聴きながら、下車する駅まで立っていればそれでいい。


 勤務が始まる二週前から父に伴われて通勤路の予行練習をおこない、準備万端とまでは言えないが、ある程度、障害物がある場所の予測が出来ているはずだった。


 朝、父の運転するワンボックスカーの後部座席に乗り込む。助手席に乗らないのは降りる時に後方から走ってくる自転車に接触しないためだ。

 杖の先で左足の着地点を確認する。身体を車外に出す頃には既に父は運転席から降りて、僕の左肘の上部分に手を添え、降りる介助をしてくれる。歩道まで僕を誘導して、まっすぐ進んでいけば駅の改札に繋がるビルの階段まで障害物なく到達できる。


 「おはようございます」


 父は誰に挨拶しているのだろう。

 

 「うちの長男です。今春から社会人になりました。もしもの時にはよろしくお願いします」


 父は僕のことを駅前交番のお巡りさんに託していた。


 「村尾さんのご子息さんですか、何度かお目にかかっていますよ。勘が良いというか、杖先の突きどころが的確だなぁと思いながら見送っていました」


 僕はお巡りさんと思われる人の立つ方向に身体を向けて浅く会釈をした。


 「良雄、この駅前交番の巡査さんだ」


 父の紹介の文言を受けて、僕は記憶の中を探ってみた。この交番自体の存在は認識している、でもお巡りさんに気を向けて通り過ぎた事がないので顔は浮かんでこなかった。僕が通勤を続けていく限り、顔のわからないこの警察官に見守られ続けることになるのなら、しっかりお顔を覚えておけばよかった。

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