16 感動の再会というのはなかなか無いということ
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16 感動の再会というのはなかなか無いということ
いつもタンポポ茶を飲むテーブルに黒猫先生が横たえられていた。ソレイユが裏の物置ゲートから連れてきたのだろう。黒猫先生は前半分だけになっていた。出血しているがこれは液状魔力である。出血多量で魔力切れを起こしているのか、もう念話は聞こえてこない。ソレイユは椅子に座り、両手で顔を覆って泣いている。
「自力で身体を乗り換えるのは無理そうだな。」
グレッグはぼそりとそう言うと、先ほどイヨタと作った黒猫をすぐ隣に置き、空いた両手の間に再び魔力粘土を作りだした。それを帯状に伸ばし、黒猫先生の残った胴をこれでもかというくらいに縛り上げた。肋骨の折れる音が聞こえるほどだ。
「おいっ!」
イヨタが肩を掴む。グレッグはそれを手荒く払いのけるとこう言った。
「止血しないと魔力が漏れて魔力移譲ができん!大丈夫だ、信じろ。マナトランスファー!」
相変わらず何のエフェクトもないまま黒猫先生の魔力はフルになった。ただし身体の容積が半分なので保有できる魔力量も半分だ。だがそれでも十分だったらしい。
「乱暴だが完璧な処置だな。たいしたもんだ。」
黒猫先生が音声で喋った。
「ラミー、ラミー!」
ぐしゃぐしゃの泣き顔でソレイユが駆け寄る。
「主神様、大丈夫ですよ。わしの身体はただの魔力の塊ですから。それより主神様、早く弟子っ子たちが作ってくれた身体に移りたいので、わしをデータケースにしてくれませんか?」
泣き顔の主神様は半分になった黒猫先生に手を当てた。そしてゆっくりと手を離すとその手に引っ張られるようにクリスタルが出てきた。グレッグとイヨタが入っていたような、高さ十センチほどの円柱だ。二人も客観的にその形を見るのは初めてだったので素直に驚いた。
「俺たちもあんな感じだったんだな。」
「ああ。中は広かったように感じたけどなあ。」
二人の驚きを余所に、ソレイユはそのクリスタルをイヨタとグレッグが作った黒猫の中に沈める。そしてホッと息をついた。
「ほー、こりゃすごいな。すごすぎる!」
目を開けた新しい黒猫ラミーは突然立ち上がると部屋中を駆け回り始めた。緊張感のせいで大人しくしていたプリミーもそれに釣られて駆け回る。
「プリミー、おぬしもやるな。」
犬もどきと黒猫の追いかけっこが始まった。それに怒ったのはソレイユである。
「もー!心配して損したデース。もー!」
ソレイユはそう叫ぶと、また椅子に座って顔を覆って泣き出した。
これにいち早く反応したのはプリミーだった。素早くソレイユに駆け寄ると、ソレイユの膝に前足をかけてつかまり立ちになり、鼻を鳴らしてソレイユを慰める。ソレイユはそんなプリミーを抱き上げて抱きしめた。黒猫ラミー先生もプリミーに倣ってつかまり立ちになったが、ソレイユがぴしゃりと言う。
「ラミーはダメです。心配かけすぎです。」
いつもの「デース」が消えて、激おこ主神様モードだった。
「申し訳ないことです。新しい身体があまりに素晴らしくてはしゃいでしもうて。あっ、主神様、二人を主神の間に連れてきておるのです。お願いできませんか!」
「何でそれを早く言わないのですっ!」
ソレイユは激おこ主神様モードのまま、そしてプリミーを抱いたまま、扉を出て物置へと向かっていった。
一方の黒猫先生はというと、
「グレッグ、イヨタ、永原とオニキスの身体を作ってくれ!」
そう言い残してやはり大急ぎで出ていった。礼も労いもなく、ひとことグチをいう隙間も与えず二人は出ていった。このドタバタ劇にイヨタは言った。
「想定内ではあるが、感動の再会とはいかなかったな。」
「まあ、あの人が我を忘れるくらいの身体を作れたってのは誇っていいんじゃないか。」
そう答えたグレッグの両手の間には既に結構な大きさの魔力粘土が出来上がっていた。そして思い出したように付け加えた。
「イヨタ、ボスの姿、思い浮かぶ?」
「ああ、大丈夫だ。けど、オニキスはどうするんだ?AIだしアバター的なものはなかっただろ?」
「それなんだけどな・・・」
グレッグはソレイユの身体を作るとなった時からこの日に備えていた。オニキスに身体をプレゼントする日。
ソレイユが何かというと「オニキスちゃんに・・・」とAIオニキスを意識した発言をするのは、作業中のグレッグの頭の片隅にオニキスに贈る身体のことがあったからだと思われる。プリミーにしてもツバメもどきにしてもグレッグに美術的才能はない。形を整えるのはイヨタにやってもらうしかない。それにはなるべく細部まで映像として思い浮かべ、かつそれをイヨタに伝える手段を確立する必要がある。ここ数日のゴタゴタの中でもグレッグはその実験を繰り返していた。刑事ものごっこの元ネタになったドラマを見せるとソレイユに約束できたのもその実験が成功したからだ。
「これを見てくれ。」
グレッグが顔の前で右手を振ると、空中に透明なディスプレイのようなものが現れた。実はこれも箱型結界で、薄さ数ミクロンの隙間に魔力水が充填されている。要はトカゲたちに与えていた水キューブを極薄にしたものである。魔力水はグレッグの魔力でできているために彼の指示で様々に変化させることもできる。これに念話ファックスの要領で静止画や動画を送ればグレッグの脳と直接リンクしたディスプレイの出来上がりである。
そこに映し出されたのは黒髪のショートボブに、和風だがくっきりとした目鼻立ちの美しい女性。二十世紀にヒットしたFPSゲームに出てくるサポートAIのアバターと同時代に活躍した日本の人気女優を参考にグレッグが想像したオニキスの姿だ。
「それにしても見事だな。これは先にボスの身体を作らないとこの映像に引きずられそうだ。」
そう言いながらもイヨタはオニキスの想像図から目が離せないでいる。
「内臓とかの調整はさっきの黒猫先生の身体みたいに外側を固めてからでも大丈夫だから、先にボスを作ってくれよ。」
グレッグは結界ディスプレイをさっと魔力分子に分解しながらそう言った。出しっ放しにしておくとイヨタが集中できなさそうだからだ。
「お、おう。任された。」
そう言いつつも名残惜しそうに作業に入るイヨタの背中を見て、グレッグは手応えを掴んだ。オニキスはきっと最初は塩対応だろうが、身体があることに慣れてきたら喜んでくれるはずだ。
「イヨタ、俺はほら穴に出て魔力を補給してくる。」
グレッグは作業中のイヨタの肩に手を置いて彼の魔力をフルにすると、そう言い残して奥の院を離れてほら穴に出た。
改めてこのほら穴を見て感じるのはその狭さ、小ささだ。ここで銀熊先生と男二人で寝起きしていたのが信じられない。最初はデータケースと呼ばれるクリスタルの中から見ていたので大きく広く感じたのかもしれないが、実際は高さと幅がそれぞれ二メートルのトンネルが十数メートル続いているだけだ。
「世界も実はそんな感じなのかもしれないなあ。」
そう大きな独り言を言って自分の定位置にあぐらをかいたグレッグは、目の前にあるものを見てゾッとした。あのトカゲがたった一匹で目の前にいたのである。地上からの高さは百メートルを超えるテーブルマウンテンの頂上。尻尾まで入れても五センチあるかないかのトカゲがここまで登ってきたのか?どうやって?俺の魔力の痕跡を辿ってきたのか?だが魔力漏れはしてないぞ。
あれこれ思案を巡らせるグレッグの前でトカゲは恐れる様子もなく、ただじっとしていた。どうにも気味が悪いのでとうとうグレッグは声をかける。
「なあ、トカゲ君。お前は俺の魔力を辿ってきたのか?」
するとトカゲは二本足で立ち上がり、壁を登るようなジェスチャーを始めた。
「お前、俺の言葉が分かるのか?」
これに対してトカゲは首を傾げた。これは通じなかったようだ。
(言葉じゃない。魔力だ。俺の魔力水を飲んだからトカゲに向けた俺の意思が部分的に通じるんだ。)
「トカゲ君、今から念話っていう方法で、魔力で話すから、何か感じたらさっきみたいに前足を挙げてくれるか?」
グレッグは口でも語りかけつつ、トカゲに向かって念話を飛ばしてみる。するとすぐにトカゲは二本足で立ち上がり、両前足を挙げた。
「えらいぞ、すごいぞ、トカゲ君!」
グレッグがさらに念話を飛ばすと、トカゲは立ったまま前足をバタバタさせた。何か伝えたいのかもしれない。銀熊先生の魔力に同期してサハベの街の壁を通り抜けた時のように、トカゲの魔力に同期するべくグレッグは集中した。すると少しずつ断片的に何かが伝わってくる。だがグレッグの理解できる言語に翻訳できない。グレッグはうつ伏せになり手のひらを上に向けて、ゆっくりとトカゲの前に差し出す。トカゲはその意図を汲み取ったかのように手のひらに乗る。実際に触れればもっと分かり合えると双方が思ったかのようなタイミングだった。
目を閉じてトカゲに同期するイメージを探す。座標軸上にうねるグラフに任意の点として乗っかるような、やったことはないがサーフボードで波のてっぺんに乗るような・・・。しばらくすると音が聞こえてきた。グレッグも大嫌いなあの音と振動。グレッグは身体をゆすり砂に潜る。早くどこかへ行けと願いながら。次に浮かんできたのは結界肉まんだった。
「そうか。分かったよ、トカゲ君。お前たちの分もちゃんと作るからね。」
そう答えるグレッグは泣いていた。トカゲの気持ちが分かって感動したのか、トカゲもあのジープを嫌がっていたことが分かって嬉しかったのか、自分を頼ってくれたことが誇らしかったからなのか。涙を拭いたグレッグは小さな水キューブを作り、その上にトカゲを乗せた。
「そこで待っててくれ。下まで送っていくから。」
奥の院に戻るとイヨタはボス永原の身体を作り終えていた。
「後は最終調整だけだぞ。お前、どうした。」
目が真っ赤なグレッグを見てイヨタは驚いている。
「心配すんな。嬉し泣きだ。それよりトカゲたちに水をやった岩、覚えてるか?」
「ああ。」
「あそこまで送ってくれないか。」
「もちろん構わないが、ボスとオニキスはいいのか?」
そこまで言ってイヨタはまた驚いた。足元にプリミーがいたのだ。
「お前・・・お前だけ戻ってきたのか?」
ソレイユが一緒ならプリミーを抱いて戻ってくるはずである。イヨタはそう思って聞いたのだ。だがグレッグのセリフは違った。
「そうだな。プリミーの初めての友だちだもんな。」
ほら穴に出るとトカゲはさっきの姿勢のまま小さな水キューブの上にじっとしていた。そこにプリミーが駆け寄り鼻面を近づけると、トカゲはぴょんと飛んでプリミーの頭の上に乗った。これを見たイヨタは目を丸くして言う。
「グレッグ、このトカゲって・・・」
「ああ、魔力の痕跡を辿って登ってきたらしい。トカゲ君もあのジープが嫌いなんだと。」
「とうとうトカゲ語をマスターしたのか。」
「念話だけどな。」
「まぢかっ?」
冗談で言ったつもりのイヨタだったが、念話で会話したというグレッグの話に流石に足が止まる。しかし思い返したようにこう言った。
「そうだな。俺がトカゲでもそうするかもな。」
イヨタのその言葉にグレッグは何も答えず、結界肉まんを用意した。頭にトカゲを乗せたプリミーが先頭を切って入ってゆく。それを見たグレッグはため息を一つついてからこう言った。
「日に日にアルファに帰る理由がなくなっていくなあ。」
そして二人と二匹はみかん色の空に飛び立った。
例のコンテナ岩の陰に着陸すると、グレッグは何も言わずに小型の結界肉まんと水キューブを作った。それを確認したトカゲはプリミーの頭の上で例の鳴き声を出す。すると砂に潜っていたトカゲたちが姿を見せ、警戒する様子もなく結界肉まんに入ってゆく。グレッグを呼びに来たトカゲもプリミーの頭から飛び降りて結界の中に入ってゆく。トカゲ用の結界肉まんは二十センチほど砂に埋もれているので、結界の中でも砂に潜って身を隠すことができる。
「これで大丈夫。安心していいよ。」
グレッグは言葉と念話の両方で語りかけた。例のトカゲは返事の代わりに砂に潜って見せ、頭だけ出して一声鳴いた。
「おとぎ話みたいだな。」
イヨタが感心したように言う。
「なんかほっとしたよ。ありがとう。さて、todoリストに戻りますか。」
そう応えるグレッグの表情は晴れ晴れとしていた。
もうすぐ夜が来る。きっと忙しい夜だ。
ありがとうございました




