15 ベータ世界には嫌な生き物もいるということ
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15 ベータ世界には嫌な生き物もいるということ
夜に活動する生き物たちが見たくて三人はその晩ユタの荒野で過ごした。今度はほら穴のすぐ下の砂地ではなく、水キューブを置いた岩の少し先の方だ。ユタの荒野は砂砂漠と礫砂漠(砂よりもゴツゴツした岩が目立つ赤っぽい砂漠)が混じった地形で、恐らく彼らが暮らしているようなテーブルマウンテンは風化の作用に負けなかった硬い部分であり、他の部分は崩れて礫砂漠となり、さらに風化が進んで砂砂漠のようになるのではないかと思われた。
「テーブルマウンテンをくり抜いてマンション作っても、ゆくゆくは風化して砂になってくれるなら願ったり叶ったりだな。環境に優しい気がする。」
そう言いながらグレッグは結界で作った箱に色をつける練習をしていた。トイレを作るためである。透明なトイレでは落ち着いて用が足せない。ソレイユは別に構わないというが、やはりそれは嫌だとグレッグが突っぱねて練習する羽目になった。
「便器は俺が作るからいいぞー。」
イヨタはプリミーを撫でながら、あくび混じりにそう言った。銀熊先生が作ったトイレを普段使っているのでイメージしやすく、容易に作れると考えているのだろう。
「ダメだな。結界に色をつけるより砂だの土だのを固めて壁を作る方が楽そうだ。」
どうしてもサングラスレベルの、中が透ける結界壁しか作れなかったグレッグはそう結論づけた。そして練習していた箱型結界を魔力分子に分解すると、ごろりと横になった。
半球状の結界、名付けて結界肉まんについては完璧と言ってもいいほどに操れている。もはや作れないものはないのではないかと思い始めていた矢先であったので、グレッグとしては少し面白くなかった。悶々としているグレッグにイヨタが声を掛ける。
「なあグレッグ、結界こんなに広げて朝まで維持できるのか?」
空中を浮遊させる時はイヨタが飛ばすので、魔力切れを防ぐためにピッチャーマウンドより少し広いくらいの結界肉まんを作るが、今は三人が足を伸ばして寝た状態で寝返りを打っても大丈夫なようにしてある。
「大丈夫、大丈夫。直径がこの三倍になっても維持できると思う。それに俺は寝相悪いから。」
グレッグはそう言って肘枕をやめて仰向けになった。隣ではソレイユが魔力粘土で作った毛布をかぶって寝ている。昼間はしゃぎ過ぎて疲れたのだろう。いや、神様ってそもそも眠るのか?
「夜の生き物観察はいいのか?」
イヨタはあぐらの中にプリミーを寝かせて、外に生き物がいないか真面目に探している。
「そうだなー。でもこの夜空がなー。」
グレッグが寝転がって眺めている夜空には砂を撒いたように星々が瞬いている。
「ああ、だから俺は上を見ないようにしている。」
イヨタは夜目が効くので何か生き物がいれば気づくだろう。グレッグ自身は正直荒野の生き物への興味が薄れてきている。
「そうだなー、イヨタが生き物担当、俺は星担当ってことで。」
「お前、呼吸音がかなり整ってきている。もうすぐ寝落ちするぞ。」
イヨタが言い終わった頃にはグレッグは既に眠っていた。彼らが呼吸で取り込むのは酸素ではなく外界の魔力分子なのだが、呼吸動作そのものは元の体のままだ。
「いい夜だ。」
そう言うイヨタは努めて上を見ないようにしながら、荒野を見つめ続けた。
また同じ夢だ。夢だと分かっているのに再生を止められない。自動小銃を乱射しながらでたらめに走るジープ、逃げ惑う人々。走りながら手の届く距離にいた子どもたちを集め、運転席のつぶれたトラックの荷台下に潜り込む。子どもたちに半ばかぶさるようにしながら、じっと嫌な音が通り過ぎるのを待つ。軍用ジープのエンジンの振動が皮膚に直接響いてくる。
また同じ夢だ。今日は一段とリアルだ。・・・いや、この振動は本物だ。
寝ぼけたような状態だったが、間一髪で結界を隠蔽したグレッグは振動の方向を探ろうと四つん這いになり、床面に耳をつけた。左手の方から音と振動が近づいてきているが、月も北極星もない世界では方角が分からない。結界肉まん用ジャイロコンパスが欲しい。
「近づいてきてるな。」
イヨタも起きていた。
「思い出したくないエンジン音だ。きっと車種も同じだ。」
グレッグはつい腰回りに手をやった。あまり上手くはないが、こんな時は反射的に銃を手探りしてしまう。
「戻るデスカ?」
ソレイユも目を覚ました。プリミーをあやすように抱いている。
「ソレイユ、今までにもこんなことがあった?」
グレッグがそう尋ねると主神様は不安げな面持ちで首を横に振った。
「はー。なんか嫌だな。」
この世界にエンジン音など無粋にも程がある。グレッグは自分の中だけでそう言うと結界肉まんから出ようとする。するとイヨタがグレッグの肘を掴む。
「おい、やめとけ!」
「何者かを確認するだけだ。この結界にも隠蔽かけてあるし、俺も自分に隠蔽かけてから向かう。」
「じゃあ、これに乗って見に行けばいいだろ!」
「確認したことがないから分からないが、ライトを当てられれば反射したり、影ができたりするかもしれない。」
「じゃあ、上空五十メートルでいいだろ。」
「うーむ。」
二人の緊迫した言い合いにソレイユは涙目になり、プリミーもしょげているように見えた。何か申し訳ない気分になったグレッグは一呼吸入れてから返事をする。
「分かったよ。運転手さん、一旦ほら穴の高さくらいまで上昇して、高度を維持したままジープのライトを探そう。見つけたら上空に移動して、ゆっくり高度を下げながら追う。」
「分かりましたよ、ケイジさん。」
そのケイジさんは刑事さんなのかい、圭二さん(グレッグの本名)なのかい?と軽口を叩くところなのだが、今はあのエンジン音が耳について離れない。ルーマニアでの「子守」の時に刻まれた音とさっきの振動とが合わさってグレッグの心にささくれを作る。
でたらめに走るジープを上から見ているとふつふつと怒りがこみ上げる。その感情は八つ当たりに近いものだと冷静に判断している自分もいるのだが、学校の門にトラックで突っ込んできて、いきなり自動小銃を乱射した連中の顔が脳裏にちらつく。そんなグレッグの様子を見かねたのか小さな手が肩に乗る。ソレイユがプリミーの右前足を乗せたのだった。
「ははは、分かってる。大丈夫、大丈夫。今度は俺の番だな。」
そう言ってグレッグは同じようにイヨタの肩にお手をしてマナトランスファーで魔力を注いだ。イヨタも感情の制御に苦労しているのか、魔力の減りが普段より大きかった。
「ありがたいが、料金メーターは回ってますよ。」
イヨタはそう言ってニヤッと笑った。まだ刑事ドラマごっこは続いているらしい。
ライトはすぐに見つかった。初めは蛇行運転しているように見えたジープも実は規則的に目的を持って蛇行していることが分かった。
「サハベの街を探しているのか!」
グレッグはここに来て得心した。あの壁に施されていた魔法は隠蔽魔法だったのだ。グレッグのものとは異なる、特定の何かから隠蔽する魔法だ。だがその何かが分からない。グレッグの隠蔽魔法は視覚的隠蔽だ。手で探ればバレてしまう。昼間のサハベの街は視覚であの木の壁が確認できた。視覚的隠蔽ではない。そうなると・・・ソナーか?二十二世紀のソナーは音波ではなく超短波を使う。判定できる距離は短いが水上でも陸上でも使用でき、材質まで分かる。
「なるほど、密猟者か。イヨタ、高度は維持してくれ。もし予想通りソナーと目視で生き物を探しているとしたら、この結界は目視はごまかせてもソナーには引っかかる。」
グレッグはイヨタの肩に手を置いて魔力を渡しながら静かに言った。
「あの木の壁は大丈夫なのか?」
イヨタが聞き返したちょうどその時、先頭の車両のライトが突然消えて、車両そのものも停止した。
「なんだ?止まったぞ。」
「イヨタ、こっちも停止だ。」
星の灯りだけで上空百メートルからの監視は正直厳しいが、まだこちらの存在を知られるわけにはいかない。
「あいつらジープを押してるぞ。それもフロント側から。」
イヨタには彼らの動きが見えているようだ。監視は任せることにしてグレッグは星空に目をやった。というのもこちらが魔法で飛んでいる以上、向こうにも魔法的航空支援があると想定するのが普通だ。敵よりも劣る装備、少ない人員で生き残ることを要求され続けてきたために自然にそのように振る舞ってしまう。だが今夜に限っては空飛ぶ魔法使いは彼らだけのようだ。
「ライトが点いた。戻っていくようだ。」
そのイヨタの声で上空警戒をやめ、密猟者と思しき連中へと目をやる。
「ふー。怖かったデース。」
ソレイユは奴らの追跡を始めてからは一言も喋っていなかった。
「イヨタ、ゆっくり降りてくれ。地面にマーキングしておきたい。」
「分かった。」
結界肉まんはゆっくりと降下し着陸した。グレッグはこぶし大の石に模した箱型結界を作り地面に置いた。こうしておけば自分の魔力をたどることでこの位置を探し当てられる。言うなれば魔力ビーコンだ。
「あ、トイレの壁もこうやって作ればよかったんだ。」
どこからどう見ても石にしか見えない箱型結界を見て、グレッグはそう呟いた。必要は魔法の母とは至言だと思いながら結界肉まんに戻る。中で待っていたイヨタとソレイユの顔はいかにも説明を求めていた。
「明日ここを調査できるように目印を置いた。」
「それは聞いたデース。何を調べるデスカ?」
ソレイユは我慢できずにややかぶり気味に尋ねてくる。イヨタもソレイユの食いつき方に驚いているようだ。その点はグレッグも引っかかるが、主神としての責任感のようなものだと良心的に解釈して答えることにする。
「何故あそこでジープが止まったのか調べたいんだ。」
「それを調べるとどうなるデスカ?」
やはりソレイユが食い下がってくる。だが今ここでそれを追求してもソレイユはきっと誤魔化すだろう。そんなことを思っていると、ソレイユもグレッグの懸念に気づいたのか。先回りして答える。
「すごく気になるデース。グレッグとイヨタは私が最初に迎えたアルファ人デース。それ以外の人がどうやってベータに来たのか、すごく気になるデース。」
確かにその通りだ。それもジープに乗っていた。あんなもの、どうやって持ち込むんだ。グレッグの中にはいくつかの推測ができているのだが、確定するには証拠がいる。
「確かに気になるな。明日朝から探せば、奴らが産みつけた卵が見つかると思うよ。」
グレッグがそう答えると、ソレイユはタマゴ?タマゴ?と首を傾げながらボソボソ言っている。そのソレイユの動きに合わせて抱かれているプリミーも首を動かすのが可愛らしくて、丸ごと抱きしめたい衝動にかられる。そんな心の中を覗かれまいとグレッグは話題を変えた。
「そろそろ狩りがしたいな。」
そのセリフを聞いてイヨタが一瞬ギョッとしたような気がした。星明かりの中では見づらかったが、何か誤解をしている気がしたので言葉を足す。
「銀熊先生から預かってる食料が随分減ったから補充しておきたいんだ。銀熊先生はどこからウサギとか取ってきてたんだろうなあ。」
それを聞いてホッとしたのか、イヨタは黙って結界肉まんを浮かせた。
翌朝軽い朝食をすませるとイヨタとグレッグは野営用のトイレを作り始めた。その間ソレイユにはプリミーの相手をしながらタンポポ茶用のタンポポ摘みをしてもらった。見ている分には穏やかな、家庭的な感じさえする様子ではあったが、昨晩の連中のことを考えている三人の表情にはやや緊張感が漂っていた。
黒猫ラミーからの連絡がないのも気になる要素ではあったが、今はやはり連中の正体が最も気になることで、二番目がサハベの住人たちのことだった。
「いやはや脳内todoリストが一向に進まんわ。」
空気を変えたくてグレッグは敢えて軽薄な感じで言った。
「いつでもそうだったろ。万全に準備できたことなんてない。」
そう言いながらイヨタは尻を洗う水の噴出角度の調整をしていた。イヨタは夜明けと同時に起き出して、朝食の用意をしながら水の魔石を作った。火の魔石の作り方を応用して水の魔石を作ったのだが、例の青い岩塩のようなものではなく、そこらに転がっている砂岩に魔力を込めて魔石を作っていた。
「しかし砂岩を魔石に変えるって大概だよな。」
グレッグは素直にイヨタの新技術を称賛した。だがイヨタの方は水の魔石を作った経験からさらに別のアイデアをひらめいていたらしく、グレッグが思っていたのとは違う反応をした。
「でもグレッグなら濃縮魔力結晶的なクリスタル作れるんじゃないか?砂糖にとんでもない圧力かけて人工ダイヤモンドを作るノリで。それをネックレスか何かにしてソレイユに渡しておいたら、ソレイユの魔力切れを心配しなくていいだろ。」
ふむ。確かに一考の余地はある。イヨタにも渡しておけば結界肉まんを飛ばす時の呼び魔力にもなる。待てよ、昨夜のジープ・・・。
「ひょっとして昨夜のジープの燃料って魔力か?」
グレッグは思わず口に出してしまった。だがタンポポ摘みからちょうど帰ってきたソレイユが否定する。
「あれは魔力じゃないデース。魔力なら分かりマース。あんなにすぐ回復しまセーン。」
確かに。フロント側から押して数メートル交代させると、すぐにライトが付き方向転換して撤退した。やはり昨晩ビーコン石を置いてきた所に戻らなければ。
「イヨタ、悪いが・・・」
「ああ、角度の調整は終わった。残りはグレッグの仕事だ。昨日のあの場所に行ってみよう。」
グレッグが結界肉まんを作り終え、ソレイユに声をかけようと振り向くと既に準備万端ですぐ後ろにいた。準備といってもグレッグの魔力粘土をイヨタが整形して作った水筒だけなのだが。初めて肉体を持ったやんちゃな主神はなんでも自分でやりたがった。今朝のお茶もソレイユが入れたものだ。もちろんこの水筒の中身も。
「お茶もバッチリデース。」
銀熊先生が人間のラノベ作家だった頃に書いた作品の中で、落ち込む主神様を主人公が慰めるシーンがある。主神の条件とは種族の違いを越えて手助けしたくなるような性格であることで、なんでもできちゃうような優秀な神様は決して主神には成れないんですよ。確かそんな感じの言葉だった。ソレイユを見ていると、これぞ主神という朗らかさ、可愛らしさ、頼りなさである。
「そんなに私ばかり見ているとオニキスちゃんに嫌われますよー。」
そう言うとソレイユは少し顔を赤くして先に結界肉まんに入った。どうやらグレッグはにやけ顔で彼女を見つめていたらしい。
「ケイジさん、方向の指示はお願いしますよ。」
イヨタがいきなり刑事ドラマごっこを始める。だがグレッグはそれには付き合わずに確認する。
「昨日はツッコミ損ねたんだけどさ、それは俺の名前の方?それとも犯人を捕まえる人の方?」
「コップとかディテクティブの方。」
イヨタが手短に答える。
「了解。運転手さん、ビーコンの反応はこっちだ。ゆっくり走ってくれ。」
結界肉まんが静かにテーブルマウンテンから飛び立つ。すると我慢できなくなったソレイユが口を開いた。
「ウンテンシュサン、ケイジサン、山の名前デスカ?」
グレッグが弾けるように笑うと、ソレイユが拗ねる。
「ソレイユ、ごめんごめん。どちらも職業名を呼び名にしたものなんだ。近いうちにソレイユにも見せてあげるよ。俺たちが何の真似をしているのか。」
「それならいいデース。あれー、プリミーは?」
「あああ!」
イヨタパパは顔面蒼白で結界肉まんを旋回させ、ほら穴へと急いだ。
数分後、三人と一匹は空の上にいた。昨夜と異なるのは運転手だ。イヨタはプリミーを抱きしめ謝罪を続けている。プリミーの方は迷惑そうにしている。しばらくはイヨタの腕から離れようともがいていたが諦めたようだ。
イヨタの動揺が激しすぎたため、結界肉まんの運転は初めグレッグが担当していた。しかしイヨタほどのスピードも出ず、水平方向の安定性が今ひとつだった。
「グレッグ、交代デース。これではプリミーちゃんが酔いマース。」
結界肉まんには操縦席というものが存在しないので、運転するぞという意気込みを魔力で表現するだけだ。イヨタやグレッグは結界肉まんの床に両の手のひらをつけることで操っている。ではソレイユはというと、右の手のひらを顔の前で動かしているだけだ。口の前あたりで手のひらを下に向けて水平にし、それをすいーっと前に出すと結界肉まんは加速された。速度も安定性も申し分ない。それだけではない。昨夜置いた石型結界のビーコンを既に見つけていた。流石にこれにはグレッグがツッコミを入れた。
「ソレイユ、魔法は使えないんじゃなかったの?」
思わず問い詰めるような口調になってしまいグレッグ自身が慌ててしまったが、ソレイユは気に留めていない様子で答える。
「ケッカイニクマン?に魔法が込められているので私は使うだけデース。この身体と同じデース。あの変な石はグレッグを探すのと同じデース。すぐ分かりマース。」
ソレイユ曰くグレッグとイヨタが作るものは、どうやって使うのかが魔法に込められているために触れさえすれば何をすれば良いのかが分かるのだという。
「それはすごい才能なのデース。」
そう言いながらソレイユは結界肉まんを静かに目的地に着陸させた。
「ソレイユはすごい運転手だな。」
「リョウキンメーター?回ってマスヨー。」
その愛くるしい笑顔に当初の目的を忘れてしまいそうなので、急いでビーコン石を探す。すぐに見つかったが、どうしたものか。グレッグはタイヤ痕を見つけると昨夜ジープが停止した位置を割り出した。そしてタイヤ痕と直交するように右足のつま先で地面に線を引く。
「ここまでは走れた。ここからは走れない。」
グレッグは線を跨いで行ったり来たりしながら、そう呟いた。その様子を見ながらプリミーを抱いたイヨタがぼそりと言った。
「そこからが圏外ってことか。」
それを聞いたグレッグの目が大きく開いた。
「どこかに中継基地があるってことか!」
「何のだよ?」
「電波的な何かだよ!」
スマートデバイスのための公共無線LANのようなものをグレッグが想定しているのはイヨタにも理解できた。だが誰が何のために?それを考えると荒唐無稽と言わざるをえない。そこから先のこともグレッグはおそらく推測できているのだろうが、何か証拠が見つからない限り口には出さないだろう。
「仮に基地局みたいなものが見つかったとして、どうするつもりなんだ?」
イヨタは冷静に尋ねた。
「ぶっこわすデース!」
思わぬ人物が口にする物騒な言葉にプリミーまでもが驚いた。
「いや待って、ソレイユ。ぶっこわすとここに人間がいることがバレちゃうから。」
グレッグが慌ててソレイユをなだめる。
「ここは黒猫ラミーが見つけて、私が見守ってきた世界デース。勝手に変なものを作るのは許さないのデース!」
ソレイユの鼻息はますます荒くなる。こりゃ、可愛いのに武闘派なのか?
「ソレイユ、一旦落ち着こう。」
「だめデース。チュウケイキチ?たくさんできたら、ゆうべの奴らがいっぱい来マース。それはだめデース!グレッグ、早く見つけるデース!」
ソレイユの言い分も分かる。だがその基地局を壊せば敵にこちらの存在がバレる。そうなると次に連中がやってくるまでに迎撃する準備を整えなければならない。そうするにはあまりに情報不足だ。
「もしぶっ壊すなら時間との勝負だよー。」
ソレイユに聞かせるというよりは自分に言い聞かせるように言って、グレッグは腕組みをした。脳から煙が出るのではないかと心配になるような、真剣な表情である。長いような短いような数秒ののち、穏やかな表情に戻ったグレッグがソレイユに尋ねる。
「ソレイユ、この世界に鳥っている?」
「トリ?羽根で飛ぶ生き物は・・・いまセーン。コンチュウ?もいまセーン。トリ、食べるデスカー?」
明るく答えてくれたソレイユだが、その笑顔は少し寂しげな感じもした。彼女が預かる世界の生き物の層の薄さは彼女自身が一番分かっているはずだ。駆け出しの主神様なら誰でも通る道なのかもしれないが、何とかしてあげたくて身悶えしそうになる。
「食べないよ。ソレイユは神様なんだから少しくらいこの世界に生き物を作ってもいいんだろ?」
グレッグとしてはもし駄目でも作るしかないのだが「ソレイユの世界のために作る」という大義名分が欲しかった。当人はグレッグの質問の意味が今ひとつ理解できなかったのか、むーと言いながら悩んでいる。そこにイヨタが助け舟を出した。
「ソレイユ、グレッグが聞きたいのは鳥を作って放し飼いにしてもいいかってことだ。」
「おー、それは良いことデース。でも私は作れまセーン。」
ソレイユはいつものように腰に手を当て、魔法使えないぞアピールをする。
「いいえ、作れまーす。」
そう言ってグレッグは何かを手のひらで包むように捧げ持つとソレイユに差し出した。
「ソレイユ、手を出して。逃げないように手で包むような感じで持っててね。」
ソレイユは言われた通りに渡されたものを優しく両手で包む。
「動いてマース!少しあったかいデース。本当の生き物デスカ?」
弾けるような笑顔でソレイユが尋ねる。が、その後は中を見たくて仕方ないのか、自分の指の隙間をしきりに覗き込む。あまり焦らすのも気の毒なので、グレッグは説明を始めた。
「本当の生き物ではないよ。プリミーと同じで俺の魔力でできている。言ってみれば魔法生物だ。今ソレイユの手の中にいるのは『ツバメ』。アルファ地球のツバメよりも小さい。いいかい、ソレイユ、よく聞いてね。ソレイユが俺やイヨタの頭の中を見て防御魔法の使い方を覚えたでしょ。あの時みたいな感じでツバメの見たものを、離れたところにいるソレイユも見られるようにするんだ。ツバメの目とソレイユの目がつながっている感じにするんだ。できるかな?試してみよう。」
ところが早くツバメを見てみたいソレイユは指の間を覗こうと、もぞもぞするばかりで返事もしない。プリミーを作った時のイヨタを思い出させる。
「ソレイユ、聞いてた?」
「グレッグ、話し長いデース。グレッグこそ聞いてないデース。グレッグとイヨタの魔法は触ればどうすればいいのか分かりマース。これはツバメドローン。私の目になってくれるデース。これをたくさん作ってチュウケイキチ?探すデスネー。」
「あれま、おっしゃる通り。」
ソレイユはツバメに触れたことでグレッグの意図まで読み取ったらしい。なんだか少し神様っぽい。
「もう見てもいいデスカー?いいデスネー?」
言い終わらないうちに手を開こうとするので、グレッグは慌ててソレイユの手ごと、空気を通す結界で包んだ。魔法で作った生物なので水も餌もいらないが、大気中の魔力分子に触れていなければならない。
「大丈夫デース。もうお友達なので逃げたりしまセーン。」
ソレイユの手のひらには確かに何かが乗っている。飛んで逃げたりもしない。だがそこにいるのは鳥的な何かであり、敢えて描写するなら尻尾が燕尾服のようになっているスズメであった。しかも全身灰色である。そこはグレッグの作ったものなので仕方ない。
「かわいいデース!」
「コロコロしてかわいいなー。」
仲間が寛大なのは嬉しいのだが、客観的に見るとやはりひどい。グレッグは言い訳臭くならないように注意しながら言う。
「まあ、そういうことだから、イヨタ、ツバメっぽいやつをたくさん作って欲しいんだが。俺の魔力粘土で。」
「おう!」
ソレイユがこの子は逃げないから手に付いた結界を外してくれというので結界を解除し、徐々に高度を増した太陽を避けるために例のコンテナ大の岩の陰に結界肉まんを移動させて仮の作業場とした。
魔力粘土を適当な大きさにちぎっては丸めるイヨタの姿はパン屋そのものであり、犬的なものと鳥的なものと戯れる女神の姿は心安らぐものだった。だがグレッグはすぐに落ち込むことになる。
「イヨタ、何故に?」
グレッグは衝撃を隠しきれぬまま尋ねる。
「いいだろ。ソレイユが気に入ってるんだし。」
昨夜の連中が戻ってこないかと監視を続けていたグレッグの目を盗んで、イヨタは例の鳥的なものを量産していた。最初にグレッグがソレイユに手渡した鳥的なものの正確なコピーである。その数は百羽を超える。
「あー、かわいいデース。癒されマース。それにかわいいお客さんもいっぱいデース。」
ソレイユが指差す先には例のトカゲが集まっていた。何かお兄ちゃんっ気みたいなものを刺激されたのか、プリミーが結界肉まんから出てトカゲとじゃれている。
「結界の魔力を覚えて認識できるようになったのかな。それじゃあご褒美をあげなきゃだな。」
そう言ってグレッグは水キューブを作り、トカゲとプリミーのいる辺りにフヨフヨと飛ばした。するとトカゲとプリミーがすぐに駆け寄る。プリミーはキューブの上の方で染み出す魔力水を舐め、トカゲたちはキューブの下の方に集まって舐めている。高さを利用した住み分けは本能的なものらしい。
「あー、癒されマース。こういうのが夢でした。」
最後の「でした」が主神様モードな声だったので、気になって目をやるとソレイユは目に涙を溜めていた。グレッグとイヨタも星空を眺めて涙したことでこの身体の不思議さを知ったが、ソレイユの地上用の身体はグレッグが作ったものである。しかし涙が出るという仕様は特には意識しなかった。もうソレイユはソレイユであって自分が作った云々は忘れた方がいいかもしれない。グレッグがそう考えていると、ソレイユはいつもの元気なソレイユに戻って号令した。
「さあ、ツバメちゃんたち!悪い人たちのチュウケイキチを見つけてくるデース!」
するとソレイユを囲んでいた鳥的なものは一斉に飛び立って、四五羽のグループに別れて飛び去っていった。不思議なのはプリミーもトカゲたちもそれに驚かずに水を舐めていたことである。同じ魔力を持つものなので警戒しないのだろうか。
「なんかこう、不思議なことだらけだなあ。」
グレッグが間抜けな声で言うとイヨタは冷静に返した。
「一番不思議なのは俺たちがここにこうしていることなんだがな。」
「まっちがいない!」
二人がそんな感じで大笑いしていると、ソレイユの眉間にシワが寄った。
「見つけたのか?」
「違います。」
声は主神様モードだった。
グレッグが何か言う前に念話の声が脳内に響く。
「すまん、・・・戻ってきてくれるか。」
黒猫先生の声だった。それも息も絶え絶えの。
帰りも結界肉まんの運転はソレイユに任せた。イヨタはプリミーを抱き、グレッグは魔力粘土を作った。いつもの倍ほどの魔力濃度のやつだ。
「イヨタ、これを黒猫先生の形にできるか?」
「任せろ。」
グレッグはイヨタからプリミーを受け取ると、プリミーを自分のあぐらの中に寝かせて腹を撫でてやった。プリミーも周りの緊張感に当てられたのか大人しくなっていたからだ。
「できたぞ。」
「さんきゅ。」
プリミーをイヨタに預け、グレッグは黒猫の形になった魔力粘土を受け取る。そして自分の中にあるラノベやアニメの知識、経済学を含むこれまで学んできたものを念入りに注ぎ込む。そうしているうちにほら穴の前に着いた。
「できたか?」
イヨタが尋ねる。ソレイユは厳しい表情のまま先にほら穴に入ってゆく。そのまま奥の院に駆け込む気だろう。
「ああ、これが必要なければそれに越したことはないんだが、・・・なんか、本能的に作ってしまったな。」
イヨタがプリミーを、グレッグが新しい黒猫を抱いてほら穴に入ってゆく。
「大丈夫だぜい、先生。俺たち三人と一匹に不可能はないよお。ないよお。ないよお。」
エコーがかかるほどのほら穴ではないので自分でエコーしながら。
ありがとうございました




