14 プリミーと砂漠トカゲ
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14 プリミーと砂漠トカゲ
グレッグが作りイヨタが飛ばす半球型の結界肉まんに乗って手頃なテーブルマウンテン探しに繰り出す。黒猫からの指示の二つ目は新たな活動拠点の確保であった。実にアバウトな内容で「万事任せる」とのことだった。これを見てグレッグはいくつかの可能性を考えてみた。主神ソレイユの地上用の身体を作れという指示と考え合わせると、住人が増えてほら穴が手狭になるのではないかということが一つ目。グレッグやイヨタのように誰かを救出してくるということも考えられ、それがボスやオニキスという可能性すらある。二つ目はこの世界の生き物との本格的な接触を始めるということだ。このベータ世界へ来てから三週間が過ぎたが、現地住民とはまだ一度も接触していない。昼間のユタの荒野は虫一匹おらず、彼らが暮らしているテーブルマウンテンにのみ生き物が見られる。荒野の反対側にあるサハベの街は銀熊の記憶を見ただけで実際には訪れていない。もしサハベの街の人々と接触するならもっと街の近くに拠点を作った方がいい。欲を言えばサハベの街の中に拠点を作りたいが、住民が好意的とは限らない。そこで荒野に村を作るということにしたのであるが、その時にイヨタがぼそりと言ったのだ。
「テーブルマウンテンを石材にするくらいなら、いっそのことくり抜いてマンションを作ればいいだろ。一年中気温が一定で過ごしやすいはずだ。」
荒野のど真ん中に拠点を作るデメリットは昼夜の気温差と水の確保である。テーブルマウンテンをくり抜いて部屋を作るのは今暮らしているほら穴と大きな違いもなく、魔力操作に長じた今ならかなり快適な住居が作れそうである。そういうわけで三人はふよふよと荒野を飛びながら手頃な大きさのテーブルマウンテンを探そうとしている。
「グレッグ、この結界肉まんは見えなくできるのか?」
突然イヨタが妙なことを口走る。
「できるぞ。」
生返事のグレッグは地表にできる影を見ながら各テーブルマウンテンの高さを調べている。あまりに高すぎると出入りが不自由になるからだ。
「じゃあ、サハベの街を上から覗いてみないか?」
イヨタの提案に食いついたのはソレイユだった。一方のグレッグは相変わらずやる気ない返事を返してくる。
「それ、いいアイデアデース!」
「運転手はイヨタだから任せるよ。隠蔽はもうかけてある。ああ、ついでに魔力足しとこう。」
イヨタはグレッグに魔力を足してもらうとサハベの街へと意識を向けた。
速度計がないので結界肉まんがどのくらい速いのかは分からないが、十分ほどでサハベの街が眼下に見えてきた。
「これは街というよりは板で囲んだサバンナだな。」
イヨタが正直な感想を漏らすとソレイユが申し訳なさそうに言う。
「私の力不足デース。」
慌ててイヨタはそんなことはないと言い、ソレイユは文化が発展しないのは主神である自分のせいだと言う。その押し問答の二往復目が終わった時、グレッグが割って入った。
「運転手さん、集中しないと墜落するよ。ソレイユ、君は今冒険者ソレイユなんだから神様っぽい発言禁止。」
二人はそれぞれ感謝と尊敬が少しだけ入った眼差しでグレッグを見たが、当の本人は「すっげえラノベっぽいこと言ったあ」と自己満足の湯船に浸かっていた。そして思い出したように言う。
「あ、風呂入りてえ。イヨタ、マンション作ったら部屋風呂と大浴場の両方作ろうぜ。」
「荒野のど真ん中でそんな贅沢して大丈夫かよ。」
「俺の魔力水で満たす分には大丈夫だろ。それをガンガン排水すれば地面に染み込んで魔力が浸透して植物を育てるのも楽になるかもしれないし、農場を作って一度冷ました風呂水を撒くってのもいい。とにかくこの世界にどんどん魔力放出すればソレイユがこの身体で活動できる範囲が広がる。」
街を取り囲む板の影を観測しながらグレッグは淡々と自分の構想を語った。
「グレッグ、天才デース。」
「マジでお前すげーわ。」
二人の賞賛が耳に入っているのかいないのか、グレッグは降りてみようと言う。グレッグがこのような何かに取り憑かれたような状態になる時は決まって重要かつ厄介なことが起きるので、イヨタは一瞬ためらった。
「私もあの壁、気になりマース。」
ソレイユがサハベの街ではなく板壁のことを口にしたので、イヨタは結界UFOを街から少し離れたところに降ろし、壁まで歩いた。
「何がそんなに気になるんだ?」
壁を見上げながらイヨタが尋ねる。板壁の高さは五メートルほどで半分に割った丸太の平らな方を外に向けて並べられている。
「いろいろだよ。こんなものがここにあるのはおかしいんだ。」
そう言うとグレッグはソレイユとイヨタに自分の抱いた疑問について語った。
「まずこの荒野には木がない。街の中の緑も背の低い灌木ばかりだった。高さ五メートルに埋まってる部分が一メートル、細くなる先の方は壁には使えないから高さ十五メートルの真っ直ぐな木がざっと見積もって五千本は使われてる。ちゃんと木目も通ってるから魔力粘土で作ったとは思えない。なのに壁全体としては魔力を帯びてる。結界みたいな感じだ。結界を張るなら木を使う必要はないし、壁なら石を積む方が頑丈そうだし、何がしたいのかよく分からないんだ。」
「でも、これ、銀色のクマさんの魔力デース。」
ソレイユが壁に触れながらそう言うと、イヨタは驚いたような顔をし、グレッグはさらに考え込んでしまった。するとソレイユはグレッグとイヨタの腕を掴みズカズカと歩き出してこう言った。
「考えるだけ無駄デース。聞くのが早いデース。」
壁の切れ目を探しながら三十分ほど歩いたが、入口らしきものは見つからなかった。
「こう同じ壁が続くと一周して元の位置に戻っても分からないな。」
イヨタが珍しく弱音を吐いた。ソレイユは身体があるのが嬉しいのか、相変わらずニコニコしている。グレッグは二人が立ち止まったことにも気付かずに考え事をしながら歩き過ぎようとしていた。ソレイユがすぐに追い付き、肘を掴んでグレッグを止める。
「すまんすまん。ちょっと考え事をしていた。」
そう言ってグレッグは人差し指でこめかみを掻きながら戻ってきた。
「で、お前の推理ではどうなる?」
イヨタが当然のように尋ねる。たとえ三百六十度銃口に囲まれていてもグレッグは冷静に考え続け突破口を見つけてきた。今も彼しか思いつかないような何かを脳内に持っているはずだ。イヨタにはその確信がある。
「ここの住民は外に出たことがなく、また出る必要もない。銀熊先生の魔力で覆われているということは銀熊先生が保護している人々だ。銀熊先生の記憶の中で見たあの人々の不思議な感じは難民キャンプに似ている。あの、なんとも言えないやるせない感じ。」
グレッグはここまで言うとまた考え込んだ。ソレイユが何か言いたげなのでイヨタが促すと、彼女は遠慮がちに言う。
「ここは私がこの世界に来る前からあります。それ以上のことは私もよく知りません。」
せっかく貫いてきた「デース」は影を潜め、本来の主神ソレイユの口調に戻ってしまっている。それくらいグレッグの眉間のシワは深かった。
「グレッグ、ソレイユがまた主神様に戻っちゃってるぞ。なんとか言えよ。」
イヨタがグレッグにそうけしかけると、グレッグはなぜか寂しげな笑みを浮かべて答えた。
「中に入るのは多分難しくないんだが、ひょっとすると悲しい気分になるかもしれないよ。」
この言葉はイヨタにではなく、主神ソレイユに向けてのものだった。だがソレイユは負けじと言い返す。
「どんと来いデース。これでも一応神様デース。」
その返事を聞いたグレッグは何も言わずに壁に手を当てた。目を閉じ、何かを探るような表情で魔力を込める。すると壁にぽっかりと穴が開き、グレッグは迷わず中に入ってゆく。イヨタとソレイユは顔を見合わせるとすぐに後を追った。
二人がくぐると壁の穴はすぐに塞がり、半割の丸太の壁に戻った。振り返ると無表情で歩く住人と街並みが見える。おお、街だーと言いたいところだが、その街の異様さはすぐに肌で、いや、正確には耳で感じられた。音が無いのである。音楽どころか荷車を引く音も話し声すら聞こえない。多くの獣人達が目の前を行き来しているが、虚空を見つめてただ歩いているだけであり、そこには何の音もない。まるでミュート状態で動画を見ているような感じである。
「おい、これって・・・」
イヨタはそこから言葉が続かなかった。グレッグはただうなづく。
「ただ音が無いだけじゃない。誰も会話をしていないし、誰も俺たちの方を見ていない。自分以外のものに関心がないのか、ひょっとすると自分自身も認識できていない可能性もある。」
「ちょっと怖いデース。」
ソレイユは頑張って口に出してはみたものの最後の「デース」は蚊の鳴くような声になってしまった。
「銀熊先生が、というか黒猫先生が助けたのは人脳ベースAIの実験に使われた人たちの魂だったんじゃないかな。ひょっとすると自我を削られてしまった人たちなのかもしれない。」
グレッグは銀熊先生の魔力そのものが入り口なのではないかと考え、自分の魔力を銀熊先生の魔力に偽装するイメージをした。魔力には使用者それぞれの周波数のようなものがある。グレッグは当然そんなことは知らないのだが感覚的に銀熊先生の周波数に合わせたのだった。そうやって入った街と住人を見てグレッグが真っ先に思い浮かべたのがあの銀熊先生のセリフだった。
「私は世界初の人脳ベースAIの実験台にされたんだよ。失敗に終わったんだけどね。」
自立思考できる生きたハードディスクとしてのヒトの脳を利用してより高度なAIを生み出す。多くの国や団体が秘密裏にチャレンジしてきた分野である。何かのはずみで輪廻の輪から外れて、異なる身体や異なる世界を行き来できるようになった黒猫は同じ境遇の魂を救おうとしてきたのではなかろうか。
「おい、グレッグ。で、どうするんだ?」
待ちきれなくなったイヨタの声で我に返ったグレッグはきっぱりと言った。
「撤退だ。しっかり情報を集めてから接触する。」
その声と表情は仕事モードのグレッグだった。
サハベの街を離れて奥の院に戻った三人は特に何をするでもなく、それぞれ思索にふけっていた。プリミーだけが三人の間を行ったり来たりしながら甘えている。だがとうとう耐えかねたソレイユがプリミーを抱き上げて口を開く。
「どうするデスカー。」
やっと抱っこしてもらえたプリミーはソレイユの膝の上で丸くなった。ソレイユはプリミーを撫でながら黙ったままの二人に催促する。
「ソレイユ、この世界は動物の種類は多いの?」
やっと椅子から立ち上がったグレッグはタンポポ茶の葉っぱを探しながら尋ねた。
「少ないデース。でもユタの荒野にはトカゲいるデース。」
ソレイユが何の気なしに答えると大人しくしていたイヨタが突然食いついてきた。
「トカゲ?ひょっとしたら散歩の時にプリミーは食べられてたかもしれなかったってことかい?」
言い方は優しげだがソレイユの方に身を乗り出すイヨタの顔は真剣だ。プリミーはプリミーで自分の名が呼ばれたので顔だけ上げて、またすぐに丸くなる。
「だ、大丈夫でーす。ユタの生き物は臆病で大人しいデース。」
そう答えるソレイユはイヨタの顔の圧で後ろにのけぞっている。やっとそこで我に返って平謝りのイヨタを笑いながらグレッグは重要なことに気がついた。
「そうか!プリミーも魔力だだ漏れだったんだ!」
プリミーは魔力粘土で作られた魔力の塊だ。そんなものが元気に駆け回っていてはトカゲ達は恐ろしくて出るに出られない。
「プリミー、おいでー。オヂチャンが防御魔法を張ってあげるよー。」
意味が分かっているのかいないのか、プリミーはソレイユの膝の上から飛び降りてグレッグの方へと駆けてゆく。
「私も魔力だだ漏れデース。」
二人がプリミーばかりを心配するのでソレイユも負けじと仁王立ちになった。
「あ、確かに。でもソレイユは自分で張った方がいいんじゃないの?俺たちもソレイユの魔力の色見てみたいし。」
グレッグが膝に飛び乗ってきたプリミーを抱きとめながら言葉を返すと、ソレイユは得意げにこう言った。
「私は魔法使えまセーン!」
驚きの余り石化した二人にソレイユが説明する。
「私は加護を与えるのと、治癒しかできまセーン。」
「でも狐に変身できてたじゃないですか。」
そうグレッグが返すと、それはこの身体がそういう風に作られていたからだと言う。前もってそのように仕込まれていれば魔力を行使できるが、何でもかんでも自分でできるというわけではないらしい。
「でも、顔と手だけ狐になるのは魔法ではないんですか?」
イヨタが揚げ足取りにならないように優しく尋ねる。
「さすがにそのくらいの応用はできマース。」
ソレイユは腰に手を当て仁王立ちのまま答えた。
(なるほど。前もって与えられた機能を実行したり応用したりなら自律的にできるというわけか。)
「ソレイユ、さっき、俺の頭からこれからすること、todoリストを見つけて読めたよね?あんな感じで防御魔法の張り方を俺の頭から読み取れないかな?」
魔力漏れを防ぐための防御魔法をプリミーと一緒に張ってもらう気満々のソレイユがどうにも可愛くて、グレッグは好奇心八割意地悪二割ほどの心持ちでそう言ってみた。
「できるかもしれないですケドー・・・」
腰に当てていた手をだらりと下げたソレイユは少し頬を膨らませ不服をアピールする。その仕草を見た途端に湧き上がってきた愛おしさのようなものに自身で呆れながらグレッグはソレイユを諭す。
「その後ちゃんとプリミーと同じように防御魔法張ってあげるから。それとは別に自分でも張れるようになっておいた方がいいだろ?俺やイヨタが手を離せない時にソレイユが誰かのために防御魔法張ってあげるなんてこともあるかもしれないしさ。治癒も大事だけど、怪我しないように守るのも大事だろ?」
まるで子どもに言い聞かせるような口調になってしまったが、ソレイユは乗り気になってくれたようだ。初めは単にソレイユの魔力の色を見てみたいというだけのことだったのだが、言いながらグレッグ自身そんな局面がないとは言えないんじゃないかという気がしてきた。
「早く見せるデース。」
機嫌を直したソレイユがグレッグのこめかみに指を伸ばす。
「まずプリミーに防御魔法張るから、その時の頭の中を見ててもらえるかな。」
そう言ってグレッグはプリミーに防御魔法を張る。視覚的には桜色の布のような霧のようなものでプリミーを包み、それが皮膚に染み込んでいくように見えるのだが、グレッグの中ではプリミーに防御魔法という軟膏を塗ってやっている感じだった。
「ふーむ。」
不満ともため息とも取れるような声とともにグレッグのこめかみから指を離したソレイユは、何を思ったかイヨタの作ったソレイユと狐のフィギュアを手にしてイヨタに言った。
「イヨタもこれに防御魔法するデース。」
これに対して初めは不思議そうな表情を見せたイヨタも何か感じ取ったのか、何も言わずに防御魔法を張った。もちろんその間ソレイユはイヨタのこめかみに手を当てて、イヨタの魔法のイメージを読み取っている。
「イヨタのはくるんとして分かりやすいデース。グレッグのは高度すぎて難しいデース。イヨタのは防御と魔力漏れ防ぎマース。グレッグのは気配も消せるデース。二人の魔法、銀色のクマさんとは全然違いマース。」
ソレイユはそう言うと思い出したようにタンポポ茶に口をつけた。
「人によって魔法って違うんだな。いいこと聞いた。ところでソレイユも一回チャレンジしてみたら?」
グレッグはいつも通り空気を読まずにソレイユの発見をさらりと流し、さっさと次のステップを促す。ソレイユはソレイユでそのことは気にも留めずに、カップを握ったまま防御魔法を張る。例のごとく何のエフェクトもないまま、ソレイユの周りに青いベールが生まれ、彼女の表面に染み込んでいった。
「綺麗な青だったな。海の青のようでもあり、空の青のようでもある。」
イヨタが感心したように言う。その瞬間、グレッグの脳裏には「空の青、海の青にも・・・」と三百年ほど前の歌人の作品が浮かんだが、フラグになりそうだったので飲み込んだ。
「その綺麗な髪みたいなオレンジゴールドの魔力なのかなーと思ってたよ。どうする?俺の防御魔法も張る?」
飲み込んだフラグの代わりにわざと軽薄な言い方でソレイユに確認すると、彼女は当然とばかりにグレッグの前にぴょんと飛び出してくる。するとブラウスとベスト越しにもその豊かさが分かる胸が目の前でぷるんと跳ねた。
「あれー?自分で作ったおっぱいなのに気になるデスカー?」
そう言ってソレイユが意地悪くグレッグを覗き込む。
「男ってのはそういう生き物なんだっ!手、触るよ。」
恥ずかしさに顔を背けつつグレッグはさっとソレイユの手を取り、あっという間に防御魔法を使った。そしてすぐに立ち上がるとタンポポ茶のカップを探す。よくよく考えてみれば、この世界では飲み食いする必要はないのではないかと思いつつ、がぶ飲みした。一方のソレイユはと言えば、グレッグが触れた方の手を撫でながらにやけている。
「うふふ。これはオニキスちゃんに自慢できマスネー。」
イヨタが怒っている。理由はグレッグがプリミーを地上で遊ばせているからだ。奥の院は主神の間の魔力に合わせてあるため、地上用の身体にしている三人は定期的にほら穴の方へ出て魔力を補充しなければならない。グレッグがそのついでにプリミーの魔力漏れが改善されているか確かめてみようと言い出したのだ。つまり砂漠トカゲが出てくれば成功で、出てこなければ何か失敗しているということになる。イヨタはそんな危ないことはさせられないと強く主張したが、グレッグはそのための防御魔法だと言って受け付けなかった。そんなわけでプリミーは今放し飼い状態になっている。
「この、ケッカイニクマン?快適デース。」
そう言うソレイユはご機嫌にタンポポ茶をすすっている。奥の院から出る際に持っていくと言って聞かなかったのだ。グレッグはそのことが気になっていたので良い機会だとばかりに尋ねる。
「ソレイユ、それだけ喉が乾くってことはどこか体調が悪いんじゃないの?身体がうまく馴染まない?」
「違いマース。喉乾くじゃなくて、初めて飲むの嬉しいデース。」
何故かカタコト度合いが上昇しているソレイユは飲み食いするのが初めてなので、ついつい嬉しくて飲んでしまうのだと言う。
「じゃあ、おトイレもしたことないってこと?」
体調不良ではなかったことに安心したグレッグはもう一つの懸念も口にした。
「おトイレ・・・排泄行為!もちろんないデース。その時はグレッグとイヨタが手伝うデース。」
「いや、それは・・・。」
トイレの介助は遠慮したい旨をグレッグが伝えようとしたその声に被せるようにイヨタが叫んだ。
「プリミー!戻って来い!」
イヨタの視線に沿って目をやると、首を傾げて何かを見つめるプリミーがいた。そしてプリミーの見つめる先を追うとトカゲがいた。手のひらに乗りそうな小さなトカゲ。
「危ないよ、プリミー!噛むよ!」
真剣な顔でそう呼びかけるイヨタに向かって、親バカかよと言いかけたグレッグはそれを飲み込み、努めて冷静な声で言う。
「あれは流石に大丈夫だろ。」
「毒とか持ってたらどうするんだよ!」
イヨタは涙目である。だめだ、こいつは。そう思ったグレッグは次にプリミーに声をかける。
「プリミー、取ってこーい。」
プリミーに結界ブーメランを取って来させる時に言った合図だ。なんとかの欲目抜きにして賢いプリミーなら意味は分かるはずだ。
案の定プリミーはタシッタシッと前足でトカゲを叩き、逃げずに身を丸めたトカゲをパクっと咥えて得意げに結界肉まんの方へと戻ってきた。結界の中は摂氏二十度、一気圧、湿度六十パーセントに保っているので、プリミーがその中に入ってきた時には一瞬ムワッとした。
「プリミー上手だねー。暑かったからイヨタパパにお水もらえよー。」
プリミーからトカゲを受け取ったグレッグはイヨタが口を開く前にプリミーに指示を出した。プリミーは言われた通りにイヨタの方を向き、舌を出して水を催促する。こうなるとイヨタは自作の石皿に魔力水を作って世話せざるを得ない。グレッグの完勝だった。
そのグレッグはというと固く丸まって動かないトカゲを手のひらに乗せ、優しく撫でてやっていた。端で見ている分には分かりにくいが、指先に魔力水の水滴を滲ませてそれを塗ってやるような感じで撫でている。しばらくするとトカゲは身を起こしグレッグの指先を直接舐めはじめた。
「あんまりいっぱい飲むとお腹がびっくりするからなー。少しにしろよー。」
グレッグはそう語りかけて、少しずつ指先に滲ませる魔力水を減らしていった。そしていくら舐めても水が出なくなると、トカゲはグレッグの手から飛び降りて、なんとプリミーが水を飲んでいる石皿の方へと向かっていった。
手を出そうとするイヨタを目で制し、三人でプリミーとトカゲを観察する。プリミーが水を飲む時に跳ねた水滴が結界肉まんの床に落ちている。いつでも飛び立てるようにしているため、当然床も結界だ。砂のように染み込んで無くなったりはしない。トカゲはその水滴を一度ペロリと舐める。プリミーはそれに気づき、鼻を近づけてトカゲをクンクンと嗅ぎ、また自分の皿に顔を戻す。トカゲは久しぶりの水に満足したのか、プリミーに何もされなかったことに満足したのか、当たり前のようにペタペタと結界の外へと歩を進めてそのまま出ていった。
「うわー!」
そう言ったのはソレイユである。その声に驚いたのかプリミーは顔を上げ、ソレイユを見て固まっている。
「ごめんなさい、プリミー。感激したデース。」
その返事が分かっているのか、いないのか、プリミーはそのままイヨタのあぐらの中に収まって丸くなる。
「生き物すごいデース。幸せデース。」
ソレイユは興奮しきりである。
「しーっ。静かに。」
グレッグのその声でソレイユは動きまで止める。その可愛らしい仕草を横目で見ながら耳をすませるとカエルの鳴き声のようなものが聞こえる。見ればさっきのトカゲが喉を膨らませて不思議な音を出していた。
「警戒音か?」
イヨタは相変わらず用心深い。結界の中にいるのにいつでもプリミーに覆いかぶされるように手を構えている。
「警戒音ならさっき俺にいじくりまわされてる時に出すだろー。敵意のあるなしを感じ取れるあのトカゲは結構知能高いと思うぜ。水を見つけたことを仲間に知らせてるんだろう。」
果たしてグレッグの予想通り、全部で六匹のトカゲが姿を現した。すると最初のトカゲが出て行った時より早いペースで戻ってくる。結界は隠蔽しているので見えないはずなのだが迷うことなく向かってくる。そしてコツンと結界肉まんの外壁にぶつかった。
「ごめんなー。代わりにこれをやるよ。」
いつの間にかグレッグは一辺六十センチほどの立方体を作り、その中に魔力水を満たしていた。その立方体からは布袋に水を入れた時のように魔力水が染み出している。
「イヨタ、すまん。これを地面すれすれの高さでゆっくり飛ばして、あの岩陰まで運んでくれないか。」
そう言うグレッグの指差す先にはコンテナほどの大きさの岩があった。
「分かった。あとは地面に置けばいいんだな?」
「そうだ。」
イヨタが水キューブを結界の外に出すと早速最初のトカゲが首をもたげた。地面すれすれの高さで飛ぶ水キューブを迷わず追いかけてゆく。そのうち後から来た六匹も水の気配に気づき近づいてくる。
「プリミー、ダメだぞ。グレッグ、プリミーを抑えててくれ。」
ゆっくり飛ぶ水キューブとそれについてゆくトカゲを追いかけたくて、プリミーは今にも飛び出さんとイヨタの腕の中でもがいていた。
「プリミー、あれはトカゲさんにあげるデース。プリミーはもうすぐご飯デース。」
イヨタからプリミーを受け取ったのはソレイユだった。ソレイユに抱かれて観念したのか、プリミーは大人しく身を委ねている。気がつけば真上で白く輝いていた太陽が薄いみかん色に変わりながら傾き始めていた。
「結界広げて、このままここでキャンプするか?夜に活動する生き物もいるかもしれないし。」
トカゲたちの反応に気を良くしたグレッグがそう提案すると、イヨタがこう返してくる。
「それは魅力的だが、それこそトイレとかどうするんだよ。」
「それもそうだな。」
「グレッグとイヨタならトイレも作れるデース。」
プリミーを撫でながらニコニコとソレイユが言う。実はグレックも同じことを考えていた。実際に野営してみなければ何が必要なのか分からないではないか。どうやらイヨタもそう考えたようだ。
「とりあえずほら穴まで戻って何が必要か考えよう。」
イヨタはそう言うとゆっくりと結界肉まんを浮かび上がらせた。エレベーターのように真っ直ぐ上昇させればほら穴の前だ。さっきの岩陰を見れば、いつの間にか十匹以上のトカゲが水キューブを舐めていた。
「そりゃ、そうだ。まずは水だわな。」
そんなグレッグの独り言を聞いていたのか、ソレイユの腕の中のプリミーがグレッグの方を向いてペロリと舌なめずりをした。
ありがとうございました




