11 グレッグとイヨタ、(かわいいプリミーと)やっと地面に立つということ
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11 グレッグとイヨタ、(かわいいプリミーと)やっと地面に立つということ
「プリミー!あんまり遠くに行くな!魔獣に食べられるぞ!」
大声でそう呼びかけながら、イヨタがよたよたとイヌ的シルエットの何かを追いかける。
「イヨタ、その大声でお前の方が先に見つかるぞ。」
そう言うグレッグは右の人差し指の先で小さな箱型結界をくるくると回している。プリミーと名付けられたイヌ的な何かが他の生き物に襲われた場合の備えである。振り返ったイヨタはその箱型結界を見て安心するとこう言った。
「ああ、そうだな。やっぱりリードとか付けた方がいいか?」
「お前、親バカか!だいたいどうやって作るんだよ。」
二人がこんなやり取りをしている間にプリミーはイヨタの足元に戻ってきていた。右前足と左後ろ足、そしてすぐに左前足と右後ろ足とプリミーは器用に足を上げている。それを見たイヨタはこれ以上ないというほどのにやけ顔で言う。
「なんだプリミー、ダンスして見せてくれるのか?」
「違うだろ。地面が熱いんだよ。」
一緒になって足上げしているイヨタに呆れてグレッグが正解を教えると、イヨタはすかさずプリミーを抱き上げて言う。
「じゃあ抱っこしてお散歩しよう。何か出てきたらあのオヂチャンがなんとかしてくれるからなー。」
「ったく、どっちのお散歩だ。だいたいオヂチャンってなんだ。そもそも俺のペットのはずだろうが。」
反論はするもののグレッグは魔力感知で周囲を警戒している。
「でもプリミーは俺の言うことしか聞かないだろ。」
イヌ的な何かを撫でくりまわしながらイヨタが勝ち誇ったように言う。
「そりゃ、そいつのイヌ的基本動作の基盤がお前の記憶で、エサをくれるのもお前だからさ。」
グレッグはいつの間にか箱型結界をブーメランのように飛ばしている。プリミーはそれを目で追いながら飛びかかるタイミングを図っている。
プリミーはグレッグが初めて作った生き物の身体である。ヒト型の身体にいきなり挑戦するのは負担が大きかろうという銀熊先生の言葉を受け、イヌを作ってみようということになった。二人のうちイヨタの方は土や岩などの既に存在しているものを加工するような魔法制御を得意としているが、純粋に魔力を凝集させて一から物質を生み出すのは苦手だった。逆にグレッグは加工は苦手で一から創造するのが得意だった。そこでグレッグがイヌを作ることになったのだが、ここで問題が起きた。グレッグの美術的センスの欠如という問題である。満を持してグレッグが生み出した魔法犬は幼児の落書きがそのまま立体化したような「イヌ的何か」になってしまった。そのあまりのブサイクさに衝撃を受けたグレッグはすぐにそれを魔力分子に分解しようとした。するとイヨタはそのブサイクなイヌ的塊を抱きしめて言った。
「なんだ!かわいいじゃないか!いくら魔法で作ったからって、そんなに簡単に命を奪っていいのか?」
いやいや、それには命ないから。そう言ってグレッグが取り上げようとするがイヨタは頑として受け付けない。自分の美術センスの無さを毎日目にすることになるのは辛いから分解させてくれと頼んでも抱きしめて離そうとしない。それどころか、普通のネコモードの時のラミーのように、この塊をイヌとして動かすことはできないのかと銀熊に詰め寄った。結局イヨタに押し切られ、イヨタの持つイヌの知識とイヌの思い出をありったけその「イヌ的何か」に注ぎ込めと教えてくれた。それは魔石に火の魔法を込めるのと同じだということだった。それを聞いたイヨタは魔力切れでヘタリ込むほどに注ぎ込んだ。すると驚いたことに、目も鼻の穴もなかった魔力の塊は少々うごめくと、いつの間にかイヌっぽい何かとなってほら穴の中を歩き始めた。初めて訪れた場所でイヌがよくやる匂いを嗅ぎながら歩き回る仕草だ。
「やった!おいで、おいで!」
見た目はどう見ても三十半ばのおっさんイヨタだが、言っていることと挙動は初めてペットを飼うことを許してもらえた子どもそのものだった。イヨタは寄って来るまで辛抱できずに自分からその「イヌ的何か」を抱き上げると、自作の石箪笥の引き出しから干し肉を取り出してその何かに与えようとする。だがプリミーは匂いを嗅いで興味は示すものの食べようとはしない。
「魔力だけ与えればそれでいいのか?」
イヨタは心配そうに銀熊とグレッグを交互に見る。特に食べ物を与える必要はないがイヌとしての記憶を与えられているので何か食べたがるかもしれないというようなことを銀熊は言う。
「デカくて硬いから食べられないよって言ってんのさ。」
グレッグはイヨタから干し肉を受け取ると、木の枝を潰して繊維を取る叩き台を使ってほぐし、干し肉を繊維状にした。作業が終わったと見るや、イヨタは礼も言わずにそれを奪い取り、そのイヌ的何かに与える。その態度にグレッグはムッとしたような表情をしたが、剣呑な雰囲気になる前に銀熊が割って入る。
「名前はどうするのかね。」
「プリミー。」
そう答えるとイヨタは銀熊のことなど見もせずにほぐした干し肉を与えている。グレッグはしばらくイヨタを放っておくことにした。怒ったのではない。新しいおもちゃを手に入れた子どもに何を言っても耳に入るわけがないと諦めたわけである。
しばらくするとケホケホという声が聞こえてくる。おそらく乾き物ばかり与えられて喉がパサパサになり、飲み込みにくくなったのだろう。それでもグレッグは放っておいた。グレッグは実家での子ども時代、常に側にはイヌがいた。一方イヨタは十六になってから来日し養子になったので一からイヌを育てたことがないのだろう。本当の意味での生き物ではないのだから放っておいてよかろう。そう思っているとイヨタがなんとも言えない不安げな声でグレッグを呼ぶ。
「なあ・・・」
「ああ?」
グレッグの返事は自分で思ってもみないほどに意地の悪い感じになってしまった。
「さっきは悪かった。」
イヨタは自分でも分かっていたようだった。それに対してグレッグはただ一言「水」とだけ答えた。
「え?」
「干し肉に口の中の水分を取られて飲み込みにくくなってるんだよ。だから水。非常用に教えてもらった魔力水を飲ませてやれば、魔力も補給できて一石二鳥じゃん。」
「あっ、あああ。」
イヨタは慌てて皿に魔力水を作り、プリミーと名付けたイヌ的何かに与えた。その後プリミーは落ち着いたのかイヨタのあぐらの中に収まって寝てしまった。イヨタはそれを撫でながら珍しく自分語りを始める。母親と二人で叔父夫婦の家に間借りしていたため、自分から何かをしたいとはとても言い出せなかったこと。唯一言ったわがままは奨学金を取って高校へ行くこと。教会の後押しで高校には行けたものの母親や叔父夫婦とは疎遠になったこと。教会主催の短期交換留学で日本に来て日本人になりたいと思ったこと。日本人になりたいと言うと疎まれるかもしれないと考え、カツ丼と定食の論文を書いて日本文化研究をダシに日本に行けないかと妄想したこと。日本人になれたこともベータ世界に来られたことも全てが神様からのご褒美だと締めくくったイヨタは泣いていた。これは全てグレッグも知っている話なのだが、要は犬に夢中になってすまないというイヨタなりの謝罪だった。
「ところで、なんで『プリミー』なんだ?」
空気を読まずにこう言えるのがグレッグの強みである。
「グレッグ、お前という奴は・・・すごいな。プリミーはプリミティブ、つまり原始的という意味だ。」
「結局俺の美術的センスの無さをあざ笑っているんだな!」
もちろんそうではないことはグレッグも分かっている。グレッグまで自分語りをする羽目になることを避けるための空気の入れ替えである。
「もちろん違う。プリミーの素晴らしさは頭蓋と身体のバランスだ。頭の大きさが素晴らしいんだ!」
食文化と骨形態との関連性について研究していたイヨタらしい物言いだった。イヨタに言わせるとプリミーはウルフドッグの仔犬だそうだ。ウルフドッグは三万と五千年ほど前、人類がオオカミの仔を盗んで来ては育て交配させて生み出したイヌの祖先である。噛みついて殺すのではなく、獲物を逃さないように囲い込むのが主な役目になったことで飼いオオカミは適応進化し、より燃費のいい身体になった。イヌの誕生である。ウルフドッグはその中間の存在であり、特に頭蓋骨の大きさはオオカミとイヌのちょうど真ん中のサイズになっているらしい。
「中央ヨーロッパで見つかった三万四千年前のウルフドッグの化石は口にマンモスの骨をくわえさせられてヒトの化石のすぐそばで見つかった。言うことを聞かなかったから突き殺されたのだとかいう学者もいたらしいが、発見されてから六十年後にMRIを使って再調査したところ、上顎や首の骨に傷は付いていなかった。つまりあの世で食べ物に困らないようにと埋葬の時にエサをもらったのさ。このウルフドッグの化石は素晴らしいんだ。その当時からイヌをヒトと同じ場所に埋葬していたこと、死後の世界をイメージしていたこと。本当に素晴らしい。」
そこまで言い切るとイヨタはまたプリミーを撫でた。起こさないように優しく。
「で、プリミーの頭の形がそれにそっくりだと。」
グレッグはここまでずっと残りの干し肉をほぐしながら聞いていた。
「そういうことだ。そのウルフドッグの生まれ変わりなんじゃないかとさえ思う。」
「親の欲目だろう、そりゃ。」
そう言って笑う二人を見て銀熊は面白いことを思いついた。無責任と言えば無責任だが、己の自我をいつまで保てるのか不安を感じつつある今の銀熊には名案に思えたのである。
「二人に頼みがあるのだが、ちょっといいかな。」
銀熊がそう声をかけるとグレッグが間髪入れずに返してきた。
「主神様の身体は銀熊先生の担当ですよ。」
「あ、うーむ。」
その話は一旦うやむやになり、早めに就寝となった。
翌朝、銀熊先生は奥の院への扉の前でまだ寝ていた。というよりも大慌てで黒猫ラミーの身体に乗り換えて奥の院に向かったのだろう。ちなみに「奥の院」とはグレッグが銀熊の隠れ家に付けた呼び名である。さらに余談だが銀熊はこの呼び名をたいそう気に入っている。
「銀熊先生は奥の院か。また電話かな。」
つぶやきながらグレッグはイヨタが作ったポシェットにほぐした干し肉を詰めている。
「主神様に『銀色のクマさん、私の身体はまだですか?』とか言われてるのかな。グレッグが作ってもいいんじゃないのか?」
そう提案するイヨタの方は握りこぶしをプリミーに甘噛みさせて遊んでいる。どちらかと言えばイヨタの方が真面目な働き者のイメージだが、昨夜プリミーが誕生してからのイヨタはぐずぐずに生活が崩れてしまっている。
「俺が作るならこうしたいなっていうイメージはあるんだが、俺の美術センスの無さがネックなんだよなー。それに多分なんだけど、主神様は銀熊先生に作ってもらいたいんじゃないのかな。」
グレッグがそう言うとイヨタもなるほどと納得した。
「まあ、そんなことよりプリミーの初散歩と行きますか。」
イヨタの浮遊魔法はイヨタ自身を浮かせて動かすので精一杯だった。そこでグレッグの結界魔法で階段を作って地表に降りることになっていた。そして実際に数段降りてみて悟った。百メートルの高さを階段で降りたとして、またそれを昇るのか。
「グレッグ、結界魔法の箱って結構強度あるのか?」
「俺たちとプリミーくらいなら余裕だーね。三人で入れば一つの物体になるしな。」
ツーカーの二人は同じことを考えついたらしい。
グレッグは結界魔法でエレベーターの籠のようなものを作り、自分が先に入ってエレベーターガールの真似をした。二十二世紀の今ではそのような職業は存在しないのだが、二十世紀オタクのグレッグの影響でイヨタも見知った風情だった。プリミーを抱いて中に入ったイヨタは、浮遊魔法でこの結界ゴンドラを動かせるか試す。すると自分の身体を浮かせるよりも簡単で魔力消費が少ないことが分かった。
「なんでこっちの方が自分を浮かせるより楽なんだ?」
「うーん、たぶん、安心感じゃね?」
「ん?」
「落っこちても結界の中の方が死ななさそうじゃん。」
納得して良いのか分からなかったが、イヨタもそんな気がしてきたので何度か上下動の練習をする。するとグレッグが思い出したように声をかける。
「魔力切れを起こしてもパニクるなよ。自分で作った結界なら俺も少しは動かせるから。」
イヨタは声は出さずにうなづくと、特に合図もせずに台地の端から空中へと結界ゴンドラを浮かび上がらせた。イヨタとしては「合図くらいしろよ」とグレッグに突っ込んで欲しかったのだが、グレッグ当人は飛んでいる間もゴンドラの形を変形させながら、ああでもないこうでもないとつぶやいていた。最終的に結界ゴンドラは半球型になり、ほら穴でくつろぐ時と同様にあぐらをかくスタイルになった。
「結界UFO、いいねー。」
「結界肉まんだろう、これは。」
「そっかー、俺ら肉かー。プリミー、肉に囲まれて大喜びだわー。」
そう言って二人で笑うと、自分の名が呼ばれたことに反応したプリミーがグレッグにワンと吠えた。
こうして冒頭のお散歩シーンになるわけだが、二人と一匹が和んでいる間にアルファ地球はややこしい局面に突入していた。
ありがとうございました




