10 やはりラノベ脳は偉大だということ(その一)
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10 やはりラノベ脳は偉大だということ(その一)
「あははは、それはひどい!その将軍が気の毒すぎる!あははは。」
グレッグがそう言って笑い転げている隣ではイヨタが魚をぶつ切りにするための石の出刃包丁を作っている。ちなみに砥石に使えそうな石は彼らの暮らしているテーブルマウンテンの中腹の地層に含まれていることを確認したので、浮遊魔法が安定した時点で取りに行くことにしている。
「しかし嘘は言っていません。あの球体の中は時間が止まっていますし、空間的にも切り離されていますから。」
いつものように抑揚のない口調でありながら、その裏に何か感情のようなものを隠している声は今の彼らにとって精神安定剤のような役目を果たしている。
「なんかその怒ってるのか笑ってるのかよく分からない感じがいつも通りでいい。オニキスっぽいわー。」
アルファ地球にいた頃と同じようにオニキスと話せるようになってグレッグはご機嫌である。
きっかけはグレッグが結界魔法を使えるようになったことだった。誤って空間収納に自分を閉じ込めてしまったことがあるグレッグは、中に存在するものが自由に活動できる結界魔法と、中の時間を凍結して魔力の続く限り保持し続けるストレージを使い分ける訓練を精力的に行った。グレッグが自身に課した最終試験は松明を収納する実験だった。結界魔法ならば中で松明が燃え続けるはずで、ストレージならば松明の穂先の炎すらその形を保って維持されるはずだった。ご丁寧にも彼は、A周囲の空気ごと囲う普通の結界、B燃えている途中で酸素が尽きないように空気だけは取り込める結界、C中が時間停止状態になるストレージの三種類を作った。もちろん三つとも見た目は同じ透明の立方体だ。結果は予想通りでAは酸素切れで燃え残り、Bは穂先の布が全て灰になるまで燃え続け、Cは炎の形もそのままに静止した。
この実験の途中でグレッグは気づいた。自分たちの自我とそれを支える記憶をパッケージングしたクリスタルは実は情報を詰め込んだ結界だったのだと。ストレージならば中に閉じ込められていたグレッグとイヨタは感じることも考えることもできなかったはずだ。いくら肉体がないとはいえ時間停止中ならば洞窟の様子を観察したりはできない。グレッグは実験から目を離さぬようにしながら、その気づきを銀熊とイヨタに話した。
「さすがのラノベ脳だな。全くもってその通りだ。」
そう言って銀熊が感心する一方でイヨタは眉間にしわを寄せて何か考えていた。
「どうした、イヨタ。ん・・・電話だ。」
突然銀熊がほら穴奥のドアを開けて猛スピードで駆けていった。ちなみに急ぐ銀熊は四足走行になる。
「ところでイヨタ、何か気に入らないことでもあったのか?」
自分がまた余計なことをしたのではないかとグレッグが気にかけていると、イヨタはそうではないと前置きして言う。
「その二種類の結界とストレージは見た目が同じだ。多分中が見えないように隠蔽することもできるようになるだろう?」
「既にできてるよ。手探りすればバレるけどね。」
グレッグは三つの透明な箱とその中身を視覚的に消して見せた。
するとイヨタはますます眉間にしわを寄せて言った。
「前の失敗の時、お前はストレージの中にいた。腰に手を当てて固まってた。ラノベに出てくるストレージやらインベントリやらアイテムボックスやらは生き物を入れられない。だがお前のは入れられるんだ。」
イヨタが真剣に何かを心配してくれているのは分かるが、どうにも話が見えてこない。グレッグは見栄を張らずに素直に尋ねた。
「すまん。何か心配してくれてるのは分かるが、何を心配してるのか分からん。」
「そうだよな。んー、立方体Aには俗悪な領主を閉じ込めて睡眠時無呼吸症候群で不慮の死を遂げたように見せかけ、立方体Bには山賊の人質になった人々を入れて武器や魔法の流れ弾を防ぎ、立方体Cには瀕死の重傷者を入れて一時的に出血を止める。こう言えば分かってくれるか?」
イヨタのこの返しを聞いてグレッグは石化した。
「そうだな。使い方によっては兵器にも無菌室にもなるね。」
そう言いながら銀熊が戻ってきた。銀熊が続けて語る。
「前にも言ったが『必要は魔法の母』だ。イヨタの出刃包丁は制作途中で少し工夫をすると剣や斧に変わる。グレッグの結界も同じことだ。君らのこの世界への適応の結果であり、そこに良し悪しなんかない。間違った技術など存在しない。間違った使い方が存在するだけなんだ。そんなに深刻になることはないよ。」
ホッとした表情の二人を見て銀熊は思い出したように言う。
「電話は主神様からだった。何度もかけているのに出てくれないとか、私はどうなってもいいのかとか。その他諸々叱られた。」
そう言って銀熊は右耳の後ろ辺りをぽりぽりと掻いた。これを聞いた二人は何から話したものかと顔を見合わせる。主神ソレイユと親しいことからか、神界とつながる電話があることか。意を決してグレッグが尋ねる。
「じゃあ銀熊先生は奥の家にいた方がいいんじゃない?俺らの世話してると色々気になって電話に気づけないでしょ。俺らは下の地面に安全に降りられるようになったら、この辺ぶらぶらしてみたいし。」
この世界に来てから銀熊はグレッグとイヨタにかかりっきりで他のことが何もできていないように思えた。そのことは二人にとっても心のしこりになっていた。
「主神様はほら穴にも電話をとか、スマホ作れとかおっしゃるんだが、奥の家の裏手に主神の間に続く扉があるのだよ。もし急ぎならこっちに来ていただくのも・・・。」
銀熊は相変わらず痒くもない耳の裏を掻いている。
「いや、主神様にご足労いただくのは・・・」
イヨタがそう言いかけるとグレッグがぴしゃりと言った。
「主神様って地上用の身体、持ってないんじゃないの?」
「あっ!あー。」
その声に合わせて銀熊が物理的に小柄になったように感じられた。
「銀熊先生、主神様の地上用の身体は作ってあげた方がいいよ。使わなくても作ってあげた方がいい。それより今は俺らが奥に行く方が簡単だよ。」
グレッグはそう言ってイヨタと自分に全身タイツ型の結界を張った。
「宇宙服みたいな結界を作れば、この身体のまま奥の銀熊先生の家にも行けるかなって思ってたんだよ。もちろん短時間だろうけど、この際実験させてくれよ。ゆくゆくは銀熊先生に身体の作り方習って、肝臓を魔力タンクに改造しようと思ってるんだ。肝臓は使ってないっぽいし。肝臓に地上の魔力を濃縮して蓄えておけば、魔力の質の違うところに行っても大丈夫だろ?体内酸素ボンベみたいな感じ。」
「お前、天才かよ。」
「君は天才だよ。」
イヨタと銀熊は呆けたような表情で同時に同じようなことを言う。
「褒めてもらえるのは嬉しいけど、俺のラノベ脳を作ったのは銀熊先生なんだけどね。」
そう言いながらグレッグは扉型の結界を開けてズカズカと銀熊自慢の庭へと入ってゆく。
「いやはや、早くも立場逆転だねえ。」
後に続く銀熊が嬉しそうにぼやく。
「うちの相棒がなんかすいません。」
そのまた後ろに続くイヨタはとりあえず謝る。が、外の荒野と正反対の花咲き乱れる庭がそんな申し訳なさも吹き飛ばす。
「これぞ天国。」
そう呟くイヨタが視線を上げると、グレッグは黒猫を抱いて満足そうにしている。すると再び電話のベルが鳴る。銀熊と主神ソレイユとの痴話喧嘩がしばらく続いた後、二人は交互に主神に感謝の意を伝えた。
「イヨタさんはその電話機見たことありますか?」
受話器の向こうの主神様の声はやや自慢げである。
「いえ、初めて見ました。」
本当は古典映像作品集の中で見たことがあるのだが、ここは礼儀として知らないことにしておく。
「これねー、黒電話っていうんですよ。」
見た目そのままの名前なのだが、主神ソレイユは電話の声だけでも反則級に可愛い。聞いているだけでなんだか照れ臭いのでグレッグに代わろうとすると、グレッグはそれを身振りで止めた。そしてどうやら魔力を利用して作った小道具を受話器に取り付けたいらしい。そのことを主神様に伝えると「どーぞ、どーぞ」と返ってきた。
グレッグが取り付けたのは透明な小皿だった。形もイヨタが何日か前に石で作った小皿にそっくりである。
「もしもーし、主神様、聞こえますかー?グレッグですー。」
受話器をテーブルの上に置いたまま、グレッグは平常運転で話しかける。
「聞こえてますよ。どんな工夫をされたのです?」
電話の向こうは興味津々である。グレッグは結界魔法で振動をよく伝える皿のようなものを作り、それを耳側と口側の両方に取り付けたのだと説明した。
「すごい!グレッグさんは発明の才がおありなんですねー。ついでに黒猫ラミー、じゃなくて銀熊先生でしたっけ、彼に私の地上用の身体を作ってくれるように説得して、グレックさんの工夫で私がもっと活躍できるようにしていただけませんか?」
主神様はかわいい声でさらりと要求をぶっ込んできた。久しぶりの自宅でタンポポ茶をすすっていた銀熊はブホッとそれを吹き出し、むせている。スピーカーホン状態で話しているので銀熊がむせている様子は聞こえているはずなのだが、主神様はそれが聞こえていないかのように銀熊への要求を語り続ける。
「そちらの銀色のクマさんは私をこの主神の間に閉じ込めておきたいんです。確かに地上の様子を見ようと思えば見ることはできるのですが、これから何千年もここに一人きりというのは寂しすぎます。ずっとお願いしつづけてこの黒電話が来たのですけれど、全然出てくれないですし、他の世界への出張もあるようですし。ひょっとしてその隠れ家には私に見せたくないものでもあるのでしょうか。」
これは単身赴任の夫に対する不満的な何かによく似ているなあとグレッグが黙って聞いていると、イヨタが主神ソレイユに話しかける。
「主神様以外の神様やお付きの天使様とかいらっしゃらないのですか?」
「ええ、おそらくいないと思います。私はこの部屋から出たことがないので断言はできませんが。本来神というのは人々の願いが集まって形を成し生まれてくるものらしいので、祈りを知る者がいないこのベータ世界では生まれてこないのではないでしょうか。」
主神ソレイユの言葉は爽やかだったが内容は重かった。銀熊の記憶で見たサハベの住人たちはまだ神への祈りというものを知らないらしい。それ自体は現状に不満を持っていないという意味で悪いことではないのだが、そうすると主神様はこの先ずっと一人きりということになる。
グレッグはちらりと銀熊に目をやってから、テーブルの上の受話器に向かって答えた。
「分かりました、主神様。俺らで銀熊先生を説得しますから、一つお願いごとを聞いていただけませんか?」
「もちろん!お二人は毎朝それぞれお祈りしてくださってますからね。」
イヨタは朝日に向かって跪き祈りを捧げるが、グレッグは起き抜けに寝転んだまま心の中で唱えるだけだ。俺らと銀熊先生が穏やかに生きられるように。ボスとオニキスが無事でありますように。だが今日からは主神様が寂しくありませんようにというのも付け加えた方がいいだろう。そんなことを考えていると主神様が急かす。
「どんなお願いですか?」
「アルファ、元の地球で俺らの支援をしてくれていた秘書AI、オニキスっていうんですけど、彼女にも一本電話を入れておきたいなと思って。」
グレッグが軽い調子でそういうとイヨタが口を挟む。
「いくらなんでもそれは無理だろう。」
「なんでだよ、銀熊先生が黒猫先生の時に言ってたじゃないか。オニキスから聞いてるかと思ったんだがとかなんとか。」
イヨタに反論しながらグレッグがちらりと銀熊を見ると、銀熊は知らん顔でまだタンポポ茶をすすっていた。
「できますよ!」
主神ソレイユの明るい声が返ってくる。
「ただし私を介しての通話になるので私も会話の内容を聞いてしまうことになるのです。んー、つまりオニキスさんとグレッグさん、イヨタさんの声真似をしながら私が伝言する感じです。それでも良いですか?」
「問題ありません。ただ無事だから安心してくれと言いたいだけです。」
グレッグが無防備にそう答えると、思いもしない一撃が返ってきた。
「グレッグくん、それは恋だね。」
これを聞いた銀熊はまたブホッと吹き出しむせている。この後に少しの魔術的手続きが行われ、先述のようにオニキスとの会話が実現した。その中で彼らは自分たちのボスがハッタリだけであの結界を守りきったことを伝え聞き、大いに笑い同時に誇らしく思った。だがその笑い声の陰で「永原、頼むから大人しくしててくれよ」と銀熊がつぶやいたことにはグレッグもイヨタも気づけなかった。
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