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更待ち月

サラっと登場人物


春樹

高校2年生(16歳)

歴代彼女の人数:3人

今回お休み。


高校2年生(16歳)

歴代彼女の人数:覚えてない

春樹に出会うまでは声をかけられる度にとりあえずOKを出していた。しかし、家庭の事情によりデート等は一切ないため彼女の方が長続きしない。


馨さん

16歳+9歳(25歳)

歴代彼氏の人数:星の数だけ

俊の許嫁。とても綺麗な魔性の女。過去の事を語らないので全てにおいて謎である。俊の事はそこそこ気に入っているが、弟感覚で好きなようだ。

それからしばらく経って。

屋上に居ても春ちゃんが来る事はなかった。予想はしていたが思っていた以上に傷は深かった。廊下を歩いていても教室の中を覗く気すら起きない。

一人きりの屋上で、春ちゃんがいつも座っている場所に座った。その行動が余計に自分を辛くさせるものだとわかった上で、フェンスに寄りかかった。軋むフェンスの音さえも春ちゃんを彷彿させる。というか、屋上のどこを切り取っても春ちゃんとの思い出がある。

春ちゃんを言い訳にして逃げた自分にはここが最高の処刑台だ。

そこにないものを夢に描いて蹲った。




✳︎




「ねぇ、聞いていたかしら?」

「ん?あぁ、それで?どうしたの」


彼女は頬を膨らませるフリをしてベッドから体を起こした。


「私、何の話もしてないわ」


彼女の行動と一言にハッとなって頭を掻く。


「嘘よ。話しはしてた。でももういいの。いつもの戯言だから。そんな事よりさっきから何をしているの?もう試験は終わったんじゃなかったかしら」


四つん這いのままベッドの端まで来て、首を伸ばして机を覗いた。


「懺悔録?」


僕の顔を見て悪戯な笑みを浮かべる。僕は参ってしまい笑って誤魔化した。


「俊さんのイロね?前に私とのデートを放っておいて会いに行った人。きっと可愛いんでしょう。私と違って」

「そんなんじゃないよ。馨さんだけで十分だ」

「もう懲り懲り?」

「性格が悪いなぁ」


馨さんは床に足をつけて、太腿に肘を乗せて、僕をぼーっと眺めた。


「恋ね。まぁ、羨ましい」

「そういうのじゃないって」


気味の悪い笑みを浮かべて目を細めた。この表情をしたら僕は必ず論破される。


「あら、いいじゃない?私だってたくさんしたわ。まぁ、たくさんするのがいいって話じゃないけど。でも気兼ねなく話せる人は必要よ。俊さんには特に」


手招きをされて溜め息を吐きながら隣に座る。


「あなたは隠すのは上手かもしれないけど、誤魔化すのは下手ね。そんなんで次期頭首になれるのかしら」

「"なれるかどうか"じゃなくて"なる"んだよ」


伏せ目がちに言うと頭を撫でてくれた。


「そう。私達の前では高貴で冷徹で豪傑な俊さんでいる必要がある。何故なら、本当の俊さんはそうじゃないから」


クスクスと笑いながらベッドに倒れこんだ。


「俊さんのイロが羨ましいわ。情けない俊さんばかり見れるんですもの」


振り返って馨さんを見ると、天井に手を伸ばしていた。


「俊さんはその人の事を心から求めてるんでしょうね」


僕が振り向いたのに気づいてか、ボソッと呟いた。


「どういう意味?」


僕も横になり馨さんを見つめる。


「だってそうでしょ?いついかなる時も完璧である俊さんが惚れ込んだんですもの。あなたに足りないのをその人が持っていたんだわ。それを提供してくれるのがイロよ」


馨さんは僕を抱きしめてクスクス笑っていた。

馨さんは僕の許嫁で、年は僕より9歳上。妖艶な人で何を考えてるのかわからない。わかってるのは、意地悪で優しいということ。

僕が覚えてる限りで彼女に初めて会ったのは七五三の時。僕が5歳で彼女が14歳の時。黒いワンピースを着ていて、大人っぽいと言うよりは魔女みたいで、言ってしまえば不気味で怖かった。




✳︎




一通りの儀式を終えて千歳飴を持って歩いていると、前からスラっとした女の人が歩いて来た。

僕の周りにいる人達は彼女を見るなり会釈をしたので、僕も釣られて頭を下げた。すると彼女は口の端を怪しく歪めて僕に笑いかけた。そして僕の持っている飴の袋を見た。僕は少し考えて、彼女に飴の袋を差し出した。彼女は少し戸惑ったように笑って「いらないわ。ありがとう、可愛い坊や」と言って頭を軽く撫で、歩いて行った。後ろ姿を眺めていると爺やが彼女の事を教えてくれた。

それからしばらくして、彼女との婚約が条件付きで決まった。条件の内容は、僕がある程度の教育を受けるという事と、結婚するのは早くても僕が高校を卒業してからという事。これは彼女の方から提示してきたもので、思ってみれば僕のために出したものだったのだろう。

中学に入るまでは、彼女に会うのは年に一回か二回。お正月や何かの会の時に顔を見かける程度。中学に入ってからは彼女は定期的に会いに来ては、周りの人と世間話をしたり、僕をどこかに誘ったり。高校に入るとこんな感じで部屋に入り浸っている。




✳︎




彼女にとって僕はきっとまだ、坊やのままなのだろう。だから今日もあんな事を言ったんだ。

彼女が寝たのを確認し、静かに部屋を出た。部屋の外にはガタイのいい男の人が立っていて、不思議そうに僕を見た。


「少し風に当たってくるだけなので」


そう言って逃げるように庭に出て溜め息を吐く。ここは壁に覆われていて、たった一つの出入り口にもやっぱり誰かが立っている。

この家の周りには大きなビルもなければネオンも街灯もない。だから月も星もよく見える。一人きりでなければとても綺麗に見えるだろう。

前、星を見ようと馨さんを誘ったら「無学の私には、月や星を愛でても何がいいのかさっぱりだわ」と、そうきっぱり言って断られてしまった。

思い出し笑いをして一息つくと、なんだか余計に寂しくなった。


「…」


この月を春ちゃんも眺めてるだろうか。

馨さんの言う事は少し難しいけど全て的を得ている。いつも馨さんが僕の言葉を代弁してくれている。ふとした時に馨さんに助けられている。なのに、僕ときたら…春ちゃんの事ばかり。情けない。情けないと思っている今でさえ春ちゃんを想っている。

明日で1学期が終わる。しばらく学校に行く用はなくなって、2学期が始まって夏が終わってしまったら、僕は屋上に行く理由をなくしてしまう。

屋上に行くのはあと何度だろうか。その内、何度春ちゃんは屋上に来てくれるだろうか。そもそも春ちゃんはもう屋上には来ないんじゃないか。もし、時間が春ちゃんの気持ちを絆してくれる、なんて事があったら…。

不意に蝉の声が響いた。

春ちゃんとすれ違ったまま、僕は何もできないで、春ちゃんの中から消えていく。僕が先に仕掛けたのに。春ちゃんがやっと僕の気持ちと同じ形になったのに。軽い気持ちで始めてしまったばっかりに。


「…軽い気持ち」


自分で言ったのに傷ついた。

僕のこの想いは何にも負けないくらいに重くて大きい。はずなのに、些細な事を気にしている。春ちゃんとの間に勝手に溝を作っているのは僕だ。事実、春ちゃんは僕と普通に接していた。謙介くんだってきっとそうだ。僕が先に彼と距離を置いてしまっただけで、普通にしていたらきっと彼も普通に接してくれたかもしれない。彼はそういう事に少し敏感だっただけだろう。

春ちゃんは初めから僕と対等なところに居てくれた。それを遠ざけたのは僕だ。僕は春ちゃんの優しさに甘えて我儘を言っているだけだ。僕と春ちゃんの間にあるのは溝じゃない。僕が春ちゃんの前に立つ事を拒んでいだけだ。自分の事を知られる事を恐れて、本当の姿を見られた後が怖くて、始めから全てを隠しているんだ。それを溝と錯覚するように自分に暗示をかけてしまっている。ただそれだけ。




✳︎




静かに部屋に戻り馨さんの寝顔を眺める。つい笑みが溢れ、顔を背けると何故か涙が零れた。


「月の出てる日は涙が出るものよ」


馨さんの方を見ると僕を見てニタリと笑っていた。


「起こしちゃった?」

「いいえ。俊さんがいなくなったみたいだったから、寂しくて目が覚めたの」

「ごめん。ちょっと夜風に当たりたくて」


そっぽを向いたまま馨さんはクスクス笑い出した。


「ねぇ。どうして月は登ると思う?」

「え?何でだろう。考えた事もないや」

「月はね、悲しくて登るの。誰かにその気持ちを伝えたくて登ってくるの。だから、昔の人は月を眺めた。今だって、人は意味もなく月を眺める。俊さんは優しいから月の気持ちがわかるのね。そして、月は優しい人の気持ちを汲み取って誰かに伝えてくれるの。どこかで同じ月を見ている人も涙を流している。あなたと同じ気持ちになってね」

「素敵な話だね」

「そう思うなら、そうなんじゃないかしら」


僕は机の上の携帯を取った。しばらく、弄っているとつまらなさそうに肘をついて僕に視線を送ってくる。


「僕の本、読んだの?」

「ええ。だって暇なんだもの。でも難しくてさっぱりだわ」

「素敵な解釈だと思うよ。僕には到底たどり着けない」


馨さんは笑っていた。

僕にとって彼女は今でもやっぱり魔女のままだった。底が知れなくて、どこまで行っても優しさで出来ている僕の魔女。


「ありがとう」

「独り寝はもう寂しいのよ」


彼女の魔法にかけられて、僕はやっと道を歩けるようになるんだ。

ラストスパート!

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