終わりにしよう。
サラっと登場人物
春樹
高校2年生(16歳)
初恋の人:小さい頃に見た戦隊物の悪役
絶対に負けるのに何度でも立ち向かっていく強さに子供心ながら響いたらしい。実在の人物だと俊が初恋の人になる。
俊
高校2年生(16歳)
初恋の人:某子供向け番組のうたのおねえさん
ハキハキしてる女の人が好み。学生時代は顔が顔なため彼女は絶えなかったようだが、そのせいで変に媚びてくるタイプが嫌いになった。
謙介
高校2年生(16歳)
初恋の人:お隣のお姉さん
小学生の頃の事。今と変わらずヤンチャ坊主だったため、お隣のお姉さんによく怒られていた。そのお姉さんに恋をした。今でもたまに思い出すらしい。
「春樹、最近ぼーっとし過ぎだろ」
「あぁ。悪い」
「…わかってんのかよ」
体育の授業で少し考え事をしていたら足首を捻挫をした。ここまでくると情けないと言うより立派だと思う。
俺は変な事を言ってしまったのだろうか。
確かに自分の気持ちが纏まる前に口走ったが、後からいくら考えてもやはり俊は大切な存在だ。ずっと一緒に居たいと思うし、嫌われたくない。この感情にあえて名前をつけるなら"恋"とかそういうものだろう。
「聞いてるのかっ」
「いッ、わざと動かすなよ」
「俺の話を上の空で聞いてるからだよ。そんなんじゃ次は病院行きになるぞ」
慣れた手つきで湿布を貼り足を固定していく。意外と言ったら失礼なのだろうが、迷いのないその動きを俺は黙って見ていた。
「なんかあったなら言えよ、ずーっとぼーっとしちゃってさ」
謙介に心配されるなんて情けない。
「別に、何も」
「別にって…。まぁ、無いならいいけどさ。気をつけろよな」
「…あぁ」
「別に」を指摘された瞬間、少し焦ったが、眉ひとつ動かさずに俺の話しを真正面から受け止める謙介に、これ以上迷惑をかけたくないとは思っていても、つい溜め息を吐きたくなってしまった。謙介にいくら俊を重ねても別人なのだから仕方がない。謙介は謙介だ。
そう、謙介は謙介だ。
「一つ、いいか」
余った包帯を丸めていた謙介が顔を上げる。
「前に。どうして俺と付き合おうって言ったんだ」
「えっ…」
謙介は目を泳がせ、頭を掻いた。
「…それ、まだ引きずる?俺、理由言ったよな?」
「それだけ?」
俺の言及に謙介は黙り込んだ。
「…なんで今更そんな事聞くんだよ?」
少し震えた声で謙介が聞いてきた。包帯を持っている手には力が入っているようだった。
「なんでだろうな。俺もわからない。ただ、気になった」
「なんだよそれ」
謙介は顔を上げて笑いかけてきた。その笑顔がいつもの笑顔と違うのに気づいたが、その理由まではわからなかった。
「クラスの女子に呼び出されて、それすっぽかしたじゃん。そん時、あの子はどういう気持ちだったんだろう、って思ってさ。今なら、どうしてあの子があんな噂流したのかわかる気がする」
謙介は立ち上がり、散らばった道具を片し始めた。
「答えになってるかわかんないけど、付き合ってほしい、なんて中途半端な気持ちで言えないって事。じゃ、俺そろそろ行くけど、授業勝手にサボるなよ」
次に振り返った時の謙介の表情にはさっきまでの違和感は消えていた。
✳︎
1人きりの保健室。謙介が巻いてくれた包帯を眺める。キツすぎず緩すぎない絶妙な加減。
謙介の言葉を頭の中で繰り返す。
謙介は俺が思っていた以上にずっと大人だった。俺は、自分の事ばかりで周りの事が一切見えなくなっていたのだろう。情けないを通り越して惨めだな。
息を吐き出しながら足をぶらぶらさせていると足音が近づいてきた。
俺は自分の耳と目を疑った。
「…しゅん」
捻挫しているのも忘れて立ち上がり、通りかかった俊に駆け寄ろうとする。しかし、足が思うように動かない。
「くそっ…」
座っていた椅子が倒れ、俊は保健室の前を通り過ぎて行ってしまった。俺は力が抜けてその場に座り込み、捻挫した足を睨む。
「…春ちゃん?」
入り口から聞こえた俊の声に顔を上げた。
「…何、してるんだい?」
俺の視線から逃れるように斜め下を見ながら、恐る恐るに呟いた。
「授業で捻挫した」
「…そうなんだ」
「俊は、何でここに?」
「えっ、僕?僕かい?僕はその…何だったかな。はは、春ちゃんのその格好見たら忘れちゃったよ」
俊の言動が少し変だ。俊はもしかしたら困っているのかもしれない。俺の言葉がもしかしたら足りなかったのかもしれない。まだ可能性はあるかもしれない。
俺はもう一度俊に自分の気持ちを伝える事にした。謙介の言葉に背中を押されて。
「起こして」
「えっ?」
「足痛い。自力で立てない」
「えっと…立てるよね?」
そう言いながらも手を伸ばす俊。心の底で小さく笑った。
謙介のような態度を取ることができないのなら、いっその事、打ちのめされるか押し倒すまで粘ってみようと思う。そうでもしないと俺はこの気持ちを抑える事ができなさそうだから。
「ちょっと…春ちゃん。立つ気ある?」
「ない」
俊に寄りかかるように体重をかけた。しかし、その広い胸は、逞しい腕は、俺をしっかりと支えた。前にチンピラの話題を振ったとき、完全否定されたが、この体格で向いてないとは言い難い。着痩せするタイプなようではあるが、触れてしまえばワイシャツの上からでも、俺よりガタイがいい事がわかる。
「そこのベッドでいいかい?」
「ん。ありがとう」
俊は溜め息を吐きながら隣に座った。言うまでもなく左側に。
「授業、始まるぞ」
「それは春ちゃんも一緒でしょ。捻挫で授業サボる人、見た事ないよ」
「じゃあ、俺がその第一号って事だな」
きっと俊が少し不良っぽくなったのは俺のせいだ。でも、それが嬉しい。
キーンコーンカーンコーン。
「授業、始まったね」
「そうだな」
二人きりのまま、時計の音が響く。
「あ、ジャージ」
俊の匂いに釣られて、俊にジャージを借りていた事を思い出す。
「いいよ。あげる」
「は?何言ってるんだ」
「どうせ置きっ放しにしてるだけだから。ロッカーの隅に入れられてるくらいなら、使ってもらえる人にあげた方がジャージも喜ぶだろうし。それとも、いらない?」
前に屋上で会った時と同じだ。当たりが冷たい。チャイムが俊を別人にしてしまったようだ。いつもそうだ。何かのタイミングで俊は別人になる事がある。どうすればいいのか困ってしまい、俺は唇を強く噛んだ。
その様子を俊はさりげなく見ていた。しかし、それに俺は気づかない。
「ねぇ、春ちゃん」
俺は顔を上げて俊を見た。俊は正面の壁を見ているようだった。
「僕のどこが好き?」
「…」
「こないだの"あれ"ってそういう事なんでしょ?」
もう俺はさっきの勢いを失ってしまった。答えを渋っていると俊が徐に立ち上がった。
「さっきね、廊下を歩いてたら謙介くんが血相変えて走って来たんだ。春樹が変なんだ〜って言いながら。慌て方が尋常じゃなかったから、ちょっと通りかかってみたんだけど」
俺の前に立ちしゃがみ込んだ。
「でも、思ったより平気そうだし。授業に戻るね。今ならまだ誤魔化せるだろうし」
ニコッと笑ってまた立ち上がった。俺の視界から俊の足が消えて、足音がどんどん遠くなって行く。
もし、今声をかけなかったら。きっとこの間俺が言った事は時効になってしまうだろう。それだけじゃない。屋上に行っても俊は居ないかもしれない。夢で見たように、俺が授業をサボる度に謙介が呼びに来るようになるかもしれない。もう二度と俊とこうやって話せるような状況は訪れなくなるかもしれない。
「…平気なんかじゃない」
兎に角、俺はもう少し俊と居たい。
俊は何も言わないまま、俺の隣に座った。
「春ちゃん。僕の話を聞いて」
顔を上げて俊の顔を見る。しかし、俊は俯いていた。
「僕もね、春ちゃんの事が好きだよ。でも、僕が求めてるのはこういう状況じゃないんだ」
俊の言葉の意味がわからず、視線を正面の壁に向けた。
「今僕に"好きだよ"って言われて、春ちゃんは嬉しかった?」
「…」
何も言わずに俯いた。
「こういう事。どちらかが妥協している関係ほど辛いものはないんだ。好きって想いが強ければ強いほど、少しの歪みで一気に壊れてしまう。一度壊れてしまった関係は、どんなに頑張っても元には戻らない」
俺は何も言えなかった。頭の中に少しあった期待も希望も、全て閉ざされた気がした。
俊に俺の気持ちが伝われば、それに対して嘘でも肯定の意を示してくれたら、諦めがつくだろうという考えが俺の中になかったわけではない。しかしそんな考えは俊の言葉一つで消え去った。俊に好きだと言わせたという事実が、俺の首をきつく締めた。
これが俊の言いたい事か。
「それでも春ちゃんが僕と会ってくれるって言うのなら。一つだけ提案がある」
俊の言葉がここまで俺に刺さるとは思ってもみなかった。
「やり直そう。どこで間違えたのかわからないのならリセットすればいいんだよ。春ちゃんだって言っただろう?"前みたいに"なればいいんだ。僕も春ちゃんも、きっと正しい関係になれるはずだよ」
俊はそれきり黙ってしまった。それでもチャイムが鳴るまでは俺の隣に座っていた。
長くなってきましたが、もう少しだけお付き合いください。




