都合のいい言い訳
サラっと登場人物
春樹
高校2年生(16歳)
好きな色:青
今回お休み
俊
高校2年生(16歳)
好きな色:黒
子供の頃は群青色が好きだったのだが、今はもう好きじゃない。何色にも無難に馴染むという理由から黒を好むようになった。
春ちゃんは、可愛くて、素直で、真面目で、僕より小さくて、不器用で、純粋で、可愛くて…。僕とは違う世界に住んでいる。
「俊様。お待ちしておりましたよ」
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
「お父様がお待ちです。今日は馨様も居らしておいでですよ」
車に乗って家に帰る。
「帰ったらすぐにお召し物を変えましょう。お風邪を引いてはいけませんから」
そもそも、誰しも自分の世界で生きているのだから同じ世界なんて存在しないのか。
爺やに聞こえない程度に溜め息を吐いた。
✳︎
門をくぐったら右に池があって、左に枯山水がある家が、普通じゃない事は、子供の頃から知っている。ドアを開けたらやたら広い玄関の真ん中に一本道を開けて、両側にガタイのいい派手な男が正座していて「お帰りなさい」なんて言われている自分が、誰かの家に遊びに行った事がなくても、通常じゃない事だってわかってる。
僕はこの生活が大嫌いだ。
前に春ちゃんの家の話を聞いて再確認した。歴史で習ったように、未だにこの世の中には身分があって、そぐわない者同士は連れ立って歩く事さえ許されないのだろう。どっちの身分が高いかはわからないが、僕と春ちゃんは交わってはいけない間柄なんだ。
春ちゃんに出会ったのは偶然だった。どこで授業をサボろうかを考えていたら、階段を上っていく春ちゃんを見つけて、気づいた時には追いかけていた。
無愛想なのに、誘ってみると後ろをついて来る。少ししつこくしてもまた来てくれる。僕の事を一人の人間として見てくれる春ちゃんに会うのが楽だった。
それが僕にとっては新鮮で楽しくて、嬉しかった。
気づいた時にはもう遅くて、春ちゃんを目で追っていた。たぶん、あの後ろ姿を見た瞬間からこうなる運命だったんだと思う。一目惚れだ。
しかし、春ちゃんと過ごせば過ごすほど、二人の間にある深くて大きい溝を感じた。僕が春ちゃんと一緒に居たら、いつか傷つけてしまうかもしれない。春ちゃんに話せていない秘密に気づかれてしまうかもしれない。そんな恐怖が僕の中で日増しに大きくなっていった。
僕には何かあった時に春ちゃんを引き止めておける力がない。だから春ちゃんとは程よい距離感で接していこう。これ以上近づくのはやめよう。そう決めて、いい感じに春ちゃんが謙介くんの方に流れて行ったと思ったのに、
「俊が俺の"大切"だからだ」
そんな誤解されるような事言っちゃダメだよ。勘違いしたくなってしまう。春ちゃんも僕の事を好きだったら、なんて妄想が勝ってしまったら一貫の終わりだ。僕は春ちゃんと他愛のない話をしたりするだけで充分なんだから。春ちゃんが僕を好きになる必要なんてないんだよ。
本当の僕を知ったら君も変わってしまうかもしれないし、そうなる前に彼から手を引かなくてはいけない。この関係を続けるのなら。
僕に足りないものが何かはわかってる。けど、僕はそれを手に入れる事はできない。"資格がない"と言って勝手に逃げている。僕は心底弱い男だ。好きな子のために頑張ろうとすらできないだなんて、我ながら情けない。そんな情けない姿を好きな子の前で晒したくない、というプライドだけがどんどん育っていく。
✳︎
ワイシャツと長袖のインナーをベッドに脱ぎ捨てクローゼットを開ける。姿鏡に映る自分を思い切り睨みつけた。
右腕から背中にかけて入っている青い龍の刺青。肩のところにある赤い目が僕を真っ直ぐ見つめていた。
「…チッ」
少し乱暴にクローゼットを閉めて椅子にかけてある黒い長袖のブラウスに袖を通した。
僕が屋上に通う理由。夏になっても制服を着崩さない理由。全てがこれだ。
部屋を出るとドアの横に男が立っている。
「大きな音がしたようでしたが…」
「すみません。手が滑ってしまって」
笑って男を見ると苦笑いをして目を逸らされた。僕はすかさず男の腕を見る。小さい龍が腕を這うようにして彫られている。思わず溜め息を零しそうになり、慌てて噛み殺した。
座敷に行く前に洗面台に行く。鏡を見て乱れた髪や心を整え、笑顔を作る。少し経つと誰かが僕を呼びに来る。僕はその誰かに連れられて座敷に入る。
座敷の中にはもちろん男がたくさん座らされていて、僕が襖を開けると一斉に頭を下げる。奥には頭領が厳しい顔をして、
「またそんな服を着て…」
と言う。父が僕に言う言葉はこれだけ。
「ただいま帰りました」
それだけ言って座敷を出る。
✳︎
何が楽しくてこんな生活を送らなくてはいけないのだろうか。どこに行くにも大抵誰かが後をつけて来て、少しでも不審な行動をすれば直ぐに「何かありましたか?」。そんなに僕を言いなりにしたいならいっそ自由な時間を与えなければいいだろうに。
部屋に戻りベッドに倒れこむ。
「春ちゃん…」
僕の唯一の楽しみ。でももう潮時なようだ。これ以上深入りしたら僕が戻ってこれなくなる。そうなったら…。
息を止めて顔を埋める。
最後に"大切"と言ってもらえて嬉しかった。その言葉を頼りに僕は生きていくよ。叶うなら「ごめん」じゃなくて「ありがとう」と言いたかった。一度だけでも、「ありがとう」と伝えたかったな。今度会ったら伝えられないかな。
頭に浮かんだ浮かれた想いを揉み消した。
そんな事を言ったところで何も変わらない。肯定の言葉を言ったら僕が終わるだけだ。
先延ばしにしたところで何も変わらないのだし、春ちゃんがどう出ようと僕は彼を拒み続ける。それが僕にできる唯一の事だから。彼との関係を円滑にするために吐く嘘だから。
今回は俊について書いてみました。




