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雲の切れ間に雨が止む

サラっと登場人物


春樹

高校2年生(16歳)

髪質:ストレート

少し茶がかかった髪なため、余計不良っぽい。前髪が少し長め。本人も邪魔だと思っているが、切ると大抵失敗するので当分切らないと堅く誓った。


高校2年生(16歳)

髪質:癖っ毛&猫っ毛

髪のセットで朝は忙しい。この時期(一応本文は梅雨の設定)は特に髪のやる気がないので困っている。そして、きっちりセットしてもすぐに元に戻ってしまう。

「おっと」


俊は少しだけ体勢を崩し、俺の方を見た。


「あ…悪い」


言いながら視線から逃げるも、カバンからは手を離さないでいた。


「甘えん坊さんだね、今日の春ちゃんは」


ニヤリと笑って俺に手を伸ばす。俺は咄嗟に目を閉じた。俊の冷たい指が頬を優しく撫でる。


「ほんと、春ちゃんは可愛いよね」


俺は少し不貞腐れながら俊を睨んだ。それを嗜めるように俊の笑顔が包んだ。

少しだけ胸が痛んだ。俊の気持ちはわからないが、何かで悩んでるのは確かだ。あの日の不自然な態度も、俊が決して真っ直ぐこっちを向かないのも。何か隠している証拠だ。

こんな時、なんて声をかけたらいいのだろうか。謙介は俺に"ありがとう"と言って話してくれたが、俊は何も言ってくれない。どうすればいい。


「言いたい事、あるならちゃんと言え。言われないとわからない事だってある」


俯きながらカバンの手を離した。

手を離したのは自分の言った無責任な一言に失望したから。これでは逆効果だ。どうして俺は、気の利いた事を言えないんだ。


「…僕ね」


後悔していると、頭上から俊の声が聞こえた。顔を上げると俊が向き直って目の前にいた。柔らかく笑って俺を見ている。


「最近春ちゃんがクラスの子…謙介くんだっけ?彼と話してるの見てて、もう屋上には来てくれないのかなって思ってたんだ」


改めて前に立たれるとでかい。圧迫感がすごい。謙介が怖がる理由がわかる気がした。こんなに頼りなさそうな状態なのに、後ずさりしたくなるほどだ。


「彼に嫉妬してた。春ちゃんが楽しそうに話してて。僕の前では素っ気ないのに、彼の前ではあんな風に笑うんだなって。僕の事、恋しくないのかなって。春ちゃんにとって、僕は屋上に来るウザい存在なのかなって…」


俊の声がどんどん小さくなる。俺は必死に考えた。


「春ちゃんにとって僕はどんな立ち位置なんだろうって、改めて考えてみたんだけど、答えは出なくて。でも屋上に行くのはやめられなくて…」


俊が言葉を繋ぐ度、俺は早る気持ちを抑えきれなくなっていった。


「っ!春ちゃん?」


俊の手を掴み、思い切り引き寄せた。

言葉で説明するのは面倒だから嫌いだ。だからいつも最低限の事しか言わない。それが原因で誤解を招く。でもだからといって、態度で示してもダメだった。お陰で俊にも謙介にも迷惑をかけた。俺はきっと、人と関わるのに向いていない。それでも伝えなくてはいけない時というのが何度も訪れる。それを繰り返して少しずつ上手くなっていくのだろう。

俊の誤解を解くために必要なのは、否定の言葉じゃなくて俺自身だと思った。


「いきなりどうしたのっ!」


俊は驚いている。さっきまでの意味深な表情とは打って変わってマヌケな顔。シリアスなシーンなのに気を抜いたら笑ってしまいそうだ。


「これが答えだ」

「春ちゃん…」


俊は行き場をなくしていた腕を俺に回した。身長差的に、抱きしめる予定だったが抱きしめられてしまった。


「考え過ぎだったみたいだね」


優しく笑うその顔に釣られて俺も少し笑ったが、俊の表情はどこか悲しげに見えた。


「帰ろっか」


体を離すと俊に手を繋がれた。


「ちょっ、待て。手」


解こう努めるも、ガッシリと握られてるため、一向に離れない。


「今更恥ずかしいの?さっきの春ちゃんの大胆な行動の方がよっぽど恥ずかしいと思うけどな。それに、校内にもう人そんなにいないでしょ」

「そういう話じゃない」

「ははは」


結局、下駄箱に行くまで手を離してもらえなかった。




✳︎




ホームも車内も人はあまりいなかった。俊はやはり左側に座った。

くだらない話が続く。俊の方を見ると、正面を向いたままくだらない話を楽しそうに話している。でも、その"楽しそう"が見せかけだという事を、俺は見抜けるようになっていた。


「おい」


話し声が止まる。横目で見ると、笑ってはいるがいつになく寂しそうな口元があった。


「さっきの。なんで屋上に居たのかっての、ちゃんと答えを出した」


今日までずっと考えていた。謙介と居るとどこか物足りなくて、俊を見かけると何故か苛つく訳を。あの日、俊が取った態度の理由を。俊が隠している何かを。それら全部を俺が気にするのは何故かを。


「俊に、言いたい事がある」


その答えを見つけるために、俺は屋上で待っていたのだから。


「春ちゃん…」


俊の不安そうな声が聞こえる。俺は息を飲んだ。


「…ドア、閉まっちゃうよ?」

「は…?」


言われた時にはもう遅く、音は鳴り終わり、ドアが閉まり始めていた。


「…」

「ごめん。もう少し早く言うべきだったね。雰囲気的に言えなくて…」

「いや、構わない」


頭を下げながら俊を盗み見る。その時の表情は謝っているにも関わらず、何故か嬉しそうだった。それも、今まで見た事ないくらいに清々しい爽やかな笑顔だった。


「次の駅で降りる?」

「ん…あぁ」

「僕の最寄り、そこなんだ。一緒に降りれるね」


なのに、俊は一度もこっちを向かなかった。




✳︎




俊と一緒に電車を降り、俺は反対の電車が来るのを待っていた。時間のせいか、場所のせいか、次の電車が来るまで30分ほど後のようだ。

俊は何故か俺の隣にニコニコしながら立っていた。


「帰らないのか」

「春ちゃん一人にして、帰るわけにはいかないからね」


そんな事を言いながらも、俊はそれ以上は何も話さなかった。

沈黙が続く。屋上に居た時は寒気がしたのに、ホームに吹く風は生温かくて、少し蒸し暑いがこの程度ならいつまででもいれそうだ。


「なあ…」


俊は今どう思っているのだろう。俊も同じように思っているだろうか。俊がここにいる理由が本当に俺だったら。俺は、どうすればいいのだろうか。俊がここにいる理由が、俺だとするのなら…。


「俊は、どうして俺の事を気にかけるんだ?」

「どうしてって…うーん。春ちゃんの事が大切だからかな」


その答えに思わず唇を噛んだ。俊の言葉の何が気に入らなかったのかわからない。が、俺は苛立っている。


「俊にとっての"大切"は何も話さないでただ一緒に居る事なのか」


真っ直ぐ俊を見つめる。俊は目を泳がせて、


「どうだろう…違うんじゃないかな」


と呟き、俯いた。


「なら、もっと普通に話せばいい。俺は、俊の事をもっと知りたいと思ってる。俊は隠すのが上手いから、どこまでが本当でどこからが建前かが俺にはわからない。言いたくない事は言わなくていい。言わない代わりに、怒るなりなんなりすればいい。そうして欲しい。と思ってる」


俊の方を見ると、俊も俺を見ていたようで。目が合った瞬間にまた逸らされた。


「春ちゃんは優しいね」


俊はそれしか言わなかった。俺はそれをもどかしいと思ったが、それ以上は思わないようにした。俊にとって俺がそこまでの位置だった、という事なのだと思うように努めた。俺には到底、俊の気持ちなんて理解できないと悟ろうとした。

そして同時に、俺の中に渦巻いていた感情の正体が完全にわかってしまった。


「…優しくなんてない」

「え?」


吐き捨てるように呟いた言葉に俊が少し反応した。


「さっきの言葉は優しさから来た言葉なんかじゃない」

「春ちゃん…?」


困ったように声をかけてくるが、俊がこっちを向く事はなかった。だから、俺の気持ちも止まらない。

努めようとすればするほど、悟ろうとしたらした分だけ、俊への気持ちが強くなっていく。


「俊が俺の"大切"だからだ」


言った瞬間、風が二人の間を通り抜けた。その風が俊の髪を掻き上げ、きょとんとした表情が俺の前に現れた。


「俺にとっての"大切"は、もっと知りたいとか一緒に居たいとかなくしたくないとか、そういうのの塊だ。だからー」

「もういいよ」


俊の鋭い声がして口を閉じると、俊に抱きしめられた。優しく、でもしっかりと。俺は俊の匂いに包まれた。


「まさか、春ちゃんが僕の事、そんな風に思ってくれてたなんて。気づかなかったよ」

「俺も。今さっき知った」


腕を少し緩めて、俺の顔を見るように首を縮こませてきた。


「良くそれであんなキザな事言えたね」

「別に、どうだっていいだろ」


俺は今更恥ずかしくなって、俊の胸に頭を押しつけた。


「春ちゃんって、はぐらかす時に、別に、って言うよね」

「べ…五月蝿い」

「ほら、また言おうとした」


俊が笑う度にその振動が伝わってくる。俺の言った事を正面から受け止めてくれた事が嬉しくて、俺はもっと俊にくっついた。


「春ちゃん、顔上げて?」


顔を上げるとアナウンスが入った。


「一回しか言わないから、よく聞いて?」


電車がホームに勢いよく入ってくる。


「…ごめんね。僕は春ちゃんの"大切"にはなってあげられないや」


耳元で囁いて頬に軽く唇を押し付けて、階段に走って行ってしまった。

俺は何も理解できないまま、機械的に空きばかりの電車に乗って帰った。その後自分がどうやって帰ったのかわからないくらいに、俺の頭は真っ白だった。




俊は階段を下りながら、声にならない声で「ごめん…」と繰り返していた。

二人の行き先やいかにっ…。

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