一つ先の影を見ている
サラっと登場人物
春樹
高校2年生(16歳)
家族構成:父、母
子供の頃から家の中で遊ぶ事が多かった。小学校に通う頃には家事全般がなんとなくできるくらいになっていた。
俊
高校2年生(16歳)
家族構成:父、母、兄×2
お花やお茶、武術、ピアノなど様々な習い事をこなしてきた過去がある。春樹とは別方向からのハイスペック人間。何をやるにも器用にこなす派。
謙介
高校2年生(16歳)
家族構成:父(単身赴任で居ない)、母、妹
小学生の頃までは転勤族だったが、謙介がお兄ちゃんらしくなってきた事をきっかけに父親だけがあっちこっちを飛び回る事に。
ある時、クラスに変な噂が立った。
「クラス委員ってそんな人だったんだねー」
「あんな可愛い顔してホモなんてね」
「あの不登校来てからだよね。あいつが原因?」
初めは謙介の事が好きだった奴のヤッカミだったらしいのだが、気づいたらクラス中に広まっていた。
「ごめん、春樹。俺のせいで変なことに…」
言いながらも俺の向かいに座る。
少し前に、謙介はある女子に呼び出されていたが、忘れてしまいそのまま俺と帰ったことがある。…と言うのは表向きの話で。正確に言うと、俺は謙介が呼び出されているのを同じ場所で聞いていたし、謙介もその約束をしっかりと覚えていた。しかし面倒くさがって行かなかったのだ。つまり、謙介は確信犯だったのである。
その結果、変な噂を広められた。その日謙介と一緒に帰った、かつ約束を交わす場に居合わせていた俺も巻き添えにされて。と、まぁそんな感じである。
「構わないけど、少しは気にしろ」
周りの視線が冷たい。気にする気はなくても五月蝿くて、授業中も寝られたものじゃない。
「でも、どうすればいいのか…」
「素直に事実を伝えろ」
「言ったら収まるかなぁ」
「無理だろうな」
「えーっ!じゃあ意味ー」
「なくはない。はぁ…誤解ぐらい解いとけ。ちょっとは変わるかもしれないだろ」
そんなこんなで謙介はその女子に謝りに行く事にした。
✳︎
久しぶりの快晴の午後、謙介とその女子と、何故か俺が体育館の裏に集まった。
「あのさ、その…」
様子を伺いながら謙介は女子の方を見た。
「ほんとごめん。俺、約束完璧に忘れてたんだ」
謙介の口から自然に出たデマに、彼女は訝しげな顔をして俺を睨んだ。俺もそうやって謙介を睨みたい。
「で、そっちの人も忘れてたわけ?」
「いやー」
謙介が泣きそうな顔で何かをアピールしてくる。
「…まぁ、忘れてた。悪い」
溜め息が響く。
どうして俺が謝ってるんだ。
「ならしょうがないけど、女の子からの呼び出し忘れるとかありえないからっ。それと、あの噂は天罰だと思いなさい!」
そう言い放って彼女は去って行った。よっぽど根に持っているらしい。
「はぁ〜怖かったぁ。でも、何もなくてよかったな」
謙介はその場に座って俺を見上げながら笑った。
「何が良かったんだ。何も良くないだろ」
「え?誤解、解けたじゃん?」
本心からそう思っているようで、真っ直ぐに見つめてくる。
「はぁ…。あれで解けたと思ったのかよ。つくづくめでたい奴だな」
「え〜!ちゃんと言ったのに?」
「ちゃんと言ってないだろ。俺を巻き込んで、嘘まで吐いて。あれじゃ余計酷くなるだけだ」
そこまで言って初めて謙介は俯いた。
「そっか、やっぱダメだよね…でも俺、あの子苦手なんだよな」
俺は言い返す言葉を探した。
「…さっさと帰るぞ。暑い」
しかし、良い言葉が見つからなかった。「なら、そう言って振ればいいだろ」と言えばよかったのだろうが、何故かそれが言えなかった。
下駄箱で靴を履き替え帰ろうとすると、校門のところに俊が立っていた。謙介の表情が強張る。
「何してるんだ」
俺から声をかけると、いつもより嬉しそうに笑った。しかし、俺から視線を外すと同時に、通常運転の笑顔に戻った。
「うーん、特に意味もなく春樹を待ってたかな。でも、彼と一緒だったんだね。邪魔しちゃいけないから、僕は一人で帰る事にするよ」
あからさまな雰囲気を含んだ言い方で「じゃあね」と言いった。何故かその行動が癪に触った。
「待て。どうせ方向一緒だろ」
後ろにいる謙介は暗い雰囲気でこの様子を見ていた。
不敵な笑みを浮かべながら歩く俊、ずっと下を向いている謙介。俊が時折謙介に話題を振るも、謙介は適当に笑って済ませている。そんな状況に挟まれている俺は今直ぐにでも逃げ出したい気分だ。しかし、自分で引き留めてしまったのだから仕方がない。
そんな感じで気まずい空気のまま駅に着き、謙介はそさくさと帰って行った。
「もっと社交的だと思ってた」
電車の中でボソッと言った。
「社交的かって言われると困るけど、僕シャイだよ。意外と」
俺は俊に冷たい視線を送った。
「誰がシャイだ。シャイなら最初に屋上来た時、初対面の奴に話しかけたりしないだろ」
「はは。コミュ力の高いシャイなんだよ、僕は」
俊はそこで口を閉じたが、何か言いたげにこっちを向いた。俺はそれを不思議そうに見つめた。すると、俊は顔を逸らせて、
「それに彼だろう?僕をチンピラ呼ばわりした人は。なんだか怖がられてるみたいだったから、変に話しをして、チンピラ認定されるのは嫌だからね」
と笑いながら言った。
「あの態度の方がよっぽどチンピラぽかったぞ。普通に話せ」
「わかったよ、次からは気をつける。彼には上手く言っておいて」
俺は立ち上がる。俊の方を見ると声をかけた時のように、嬉しそうに笑っていた。
「じゃあね」
「あぁ」
電車から降りた。
✳︎
それからも、あの根も葉もない噂は広がっていくばかりで。拡散していくと同時に、更におかしな尾ひれがついていった。
謙介はそれを物ともせずに、ずっと俺にくっついていた。俺は少し憂鬱だった。
「なぁ、春樹」
学校に着いてから電車に乗るまでずっと謙介と一緒にいる。別に嫌なわけではない。ただ、謙介といると俊は気を使ってか話しかけてこないし、授業もサボれない。
「俺達、いっそ付き合っちゃおうよ」
「は?」
謙介の口から予想もつかないような言葉が出た。謙介と視線を合わせる。逸らすことなく真っ直ぐ俺を見ているその瞳に、冗談でない事が伝わってくる。俺は思わず下を向いた。
「ダメ?」
「だ、ダメに決まってるだろ。考えろ」
「えー。いい考えだと思ってたんだけどなぁ」
視線は逸らすも、動揺している事は悟られないように努めた。謙介のペースに飲まれたらきっとそのまま押し切られる。何故かそんな気がした。
「どこがいい考えなんだ」
謙介の方をチラッと見る。
「いやぁ、だってさ。この状況、もう何言っても収まんないかなって思ったら、じゃあいっそ二人でイチャついてたら収まるかなって思ったんだけど…。ダメ?俺は春樹ならいいかなって思ってるけど」
目を輝かせながら語る謙介を見ていたら、自分が動揺していたのがバカらしく思え、鼻で笑った。
「笑うなよ〜。これでも考えたんだからな。巻き込んで悪かったとも思ってるし」
「悪かったって思ってるなら、更に俺を巻き込もうとするな。一人でやれ」
「一人でって…一人じゃどうにもならないじゃんかよぉ!」
「そこは考えろ」
「何それ!ひどい〜。春樹様の知恵を貸してくださいよ〜」
謙介が縋りつくように俺の腕を掴んできたのを、横目で見ながら笑ってあしらった。
この時の様子を誰が見てるとも知らずに。
✳︎
キィィ……ガシャン。
「うわ…あつ…」
久々に授業をサボろうと思って屋上に来た。変わらない風景を見回し定位置に座る。
「…居ないのかよ」
今日は金曜日。今は昼休み。謙介をまいてここまで来るのは正直骨が折れた。
キーンコーンカーンコーン。
微かに聞こえる予鈴。俊はまだ来ない。
購買で買ったパンを食べ始める。頬を撫でる風が生暖かい。
キィィ…
ドアの方を見る。俊と目が合った。
「…あっ」
決まり悪そうに漏らした俊の声にパンを食べる手が止まる。
「もう授業始まるよ?」
俺は何も言わず、またパンを食べ始めた。
「あぁ、もしかしてサボりかい?最近ちゃんと授業受けてて偉いなと思っていたのに」
俊にしては珍しく、人を嘲笑うかのような口調で、不敵に笑った。
「なんだっていいだろ。俺の勝手だ」
それに釣られて、その気がなくてもツンとした態度を取ってしまう。俺はハッとなり俊を見たが、俊は気にせず俺の方に歩いて来た。
「そうだね」
それから5時間目が終わるまで、俺達は言葉を交わす事なく、でも向かい合って座って過ごした。
こんな事は初めてで、俺はどうしたらいいのかわからず困った。しかし、俺から何かを言うのは嫌だったので黙っていた。
授業が終わるチャイムと同時に教室に戻った。謙介は「心配した」と言って俺にしがみついてきた。溜め息を吐くも、謙介の行動に少し感謝した。謙介の行動はうざい時の方が多いのだが、何があってもそばにいてくれる。謙介の優しさに、自然と笑みが溢れた。
別に屋上に行ったからといって、俊に何か言う事があったわけではなかった。する事もなかった。ただ俊は、きっと俺が屋上に居たら入って来た時に笑うと思ったのだ。この間門のところで待ってた時と同じように、嬉しそうに笑うと思った。
けど、なんだあの態度は。嫌なら嫌って言えばいい。邪魔なら出てけと言えばいい。互いに何も言わず、聞く事もせずにただ座っているだけだった。何も言えなかった。
俊は一体何を考えているのだろうか。いつも胡散臭く笑っていて、話していても、俺は俊と話している気がしない。それに、あいつはなんで屋上に来るんだ。屋上に来る理由なんてそうそうないだろう。俺が居なくても屋上に行く理由なんて…。
頭の中で俊がぐるぐる回る。今直ぐにでも教室から出て行きたい。イライラする。
元々授業を聞く気はなかったが、いつも以上に授業が耳に入ってこない。俊は今隣の教室で化学の授業をやっている。俺は古典をやっている。
「昔の人は、夢に想い人が出てくると、その人が自分の事を想っているから、夢に会いに来たと解釈するー」
受けたくもない授業で、好きでもない教師の声を聞きながら俺は寝た。
✳︎
暖かい、春の陽気漂う屋上。校庭で体育をやっているようで、ボールを打った鋭い音と歓声が聞こえる。音から察するに、野球をしているようだ。
これは夢か。
欠伸をしながら伸びをする。フェンスが鈍い音を立てる。
特にする事もなく、空を見上げた。飛行機雲が伸びている。
キィィ……
不意に扉が開く。この、扉が開いた時の張り詰めた空気が俺は好きだ。それで、さり気なく視線を送るといつもみたいに優しく笑うんだ。
しかし、俺は目を疑った。
「あ、やっぱここに居た!もう授業始まってるぞ」
扉を開けたのは謙介だった。静かだった空間が一気に騒がしくなる。
「早く行かないと授業受けなかった事になるからっ」
手を掴み引っ張る。当たり前のように言い放たれた言葉に、俺は抗う事を忘れ謙介についていった。
「なんで俺がここにいるって…?」
やっと出た言葉に健介は眉をひそめた。
「何言ってんだよ?いつも春樹、ここで授業サボってるじゃん」
「そうか…」
「今日は人数足りないから、春樹いないと試合にならないって先生が」
俺はその先、何も言わず謙介についていった。
「春樹連れてかないと俺まで欠席扱いにするとか言われてさ」
俺より背の低い、五月蝿くてバカでアホなお人好しの謙介に俺はついて行った。
少しも俊に重なる点のない謙介に。
✳︎
「…っ」
目が覚めた時にはもう放課後で。向かいで謙介も寝ていた。
「はぁ…」
重苦しい空気を吐き出したくて、溜め息を吐く。こんなところで向き合って寝たりするから、あんな夢を見たんだ。
ふと廊下から視線を感じ横目で見るも、誰も居なかった。
何を期待してたのだろうか。
また溜め息を吐き、謙介を起こす。
「ん…。おはよ」
目を擦りながら立ち上がり、カバンを持ってこっちに来た。
「なんで起こさなかったんだ」
「ん?寝てたから」
「…。そうか」
謙介ははぐらかすように笑った。
夢に出てきた謙介と瓜二つの謙介。俺は何故か苛立っていた。
ハッピーになるように頑張ります。




