選択の時
ヒューガさんの仕事部屋はやっぱり科学の研究室みたいだった。
神域の部屋に置いてあったみたいな乳鉢や撹拌する鉢、煮込む鍋や容器が置いてある。魔石も設置してあったから、火も水も使うんだろう。小さめの暖炉兼釜戸もあった。
やっぱり地道な方法? で手間をかけたほうが、品質低下につながるんだろうか? ・・・なんだか変な話だよね。
壁に設えた大きめの本棚には、薬や薬草などについての本が大事そうに保管されてた。装丁が立派なものから、私に渡してくれた手作りのノートっぽいものまで様々。どれも読み込んでいる感じで、ヒューガさんが努力の人だと分かるものばかり。
きっと成果を上げるために、頑張ったんだろうな。女神様の加護であっという間に習得し、品質低下を模索してる自分がなんだか申し訳なくなってしまう。
「今は子ども達も独立して家庭を持ってるから、2人が生活していけるだけの仕事しかしてないんだ。だからジーナちゃんが来てくれるのは大歓迎なんだよ」
薬師ギルドから個人指名依頼されるお仕事を引き受けていたらしく、先ほどギルドに行ったのはその品物を渡すためだったと笑顔で話してくれるヒューガさん。さすが元ギルド長、お仕事のランクが違う。
一通り説明を聞いて2人でダイニングに戻ると、サラさんが夕食の下ごしらえをしていた。早速腕まくりをして、お手伝いに参加。
今日は飛び兎のソテーと根菜の温サラダ、そして玉ねぎのスープ。
野菜を切るお手伝いをして褒められ、火を使うサラさんを後ろから覗き込んだ。
背が足らないので椅子を引っ張ってきてよじ登って見ていると、「落ちないように気をつけてね?」と笑いながら言われる。
ふいに、お母さんを思い出してしまった。
まだ小さかった時の記憶だけれど、こんなふうに笑い合って料理した思い出。温かなものなのに、涙が出そうになる。
しゃがみこんでしまった私に、心配そうに寄り添ってきたアンバー。その気持ちが嬉しくてひと撫ですると、沈んだ気持ちを振り払うように食器を並べることにした。
楽しい食事を終え、ヒューガさんに送ってもらって『踊るひばり亭』に着いた後。
ヒューガさんを前に、ゴードンはいたって落ち着いていた。ヴィオラはションボリはしていたけれど反対はしていない。私が一番危惧していたアランなのだが・・・。
「ヒューガ・メイソンだって?! おま、王都の薬師ギルドでギルド長してた人だぞ?!! そんな人がなんだってジーナの師匠に??!」
「随分と詳しいんだね、私はそんなに有名人だったのか」
驚愕のアランの対応に、のほほんと返すヒューガさん。
そしてまた聞き捨てならないことを聞いた私。
「え?! ヒューガさん、オーキッドの元ギルド長じゃなかったの?!」
「おや? ジーナは私が元ギルド長だって知っていたのかい?」
「・・・あ」
しまった・・・。うっかり鑑定で見た事話しちゃった・・・。
固まってしまった私に、皆がキョトンとしている。
どうしよう、ここは誤魔化すしか・・・!
「ろ、ロナウド君の態度、が、ね? 凄く丁寧だったから、そうかな〜? って」
アンバーとスピネルが、私の前に来る。
『ご主人様、誤魔化しきれてない気がするよ?』
『離脱なさるのでしたら、援護させて頂きます』
冷や汗がダラダラ流れる中、グルグルしていた私を庇ってくれる。
う・・・でも、2人の気持ちは嬉しいけれど、それは何の解決にもなっていないよね。
ヒユーガさんとゴードン辺りは頭が良いから、確実に何かある事に気付いている筈。
因みにアランは野生の勘が働くタイプで、ヴィオラは勉強は出来るけど社会的に抜けてるタイプだと思う。
『特別な子だって周りに知られた方が能力を隠さなくても良い訳だし、動きやすいでしょう?
むしろ、何か頼まれた時にそれを受けるのか。受けるのならば、どのようにしてそれをこなすかよね。
何でも出来るからこそ、取捨選択する目と決断力が必要よ』
ガイにバラしちゃった時の女神様の言葉が、頭にリフレインする。
全ての人にバラす必要はないと思うけれど、これからも関わっていくであろう人にはきちんと伝えておいたほうがいいのかな。
伝えてしまったら、関係が変わってしまわない? 迷惑をかけてしまわないかな?
さらにグルグルしてしまった私に、ヒューガさんは話の早そうなゴードンを見た。
「・・・二階に俺達が取った部屋があるから、そこで話そう」
ゴードンに促され、私達はゴードン達が取った部屋に入る。
元々2人部屋なのに5人と2人(2匹?)が詰まって狭くなってしまったけれど、各々が場所を決めて落ち着いた。
私はアンバーとスピネルに守られて、左側のベッドに腰を下ろす。状況が分かっていないヴィオラが、不安そうにオロオロしていた。
『ご主人様・・・』
アンバーが膝の上に乗って、私を見つめる。その瞳はどんな判断でも私に従うと言っていた。スピネルも普段の人懐こい様子は鳴りを潜め、どんな動きも見逃さないように周囲に気を張り巡らせているのが分かる。
そんな2人の様子に気づいて、私は不思議な安心感に包まれた。
この先どんな事があったとしても、この2人は私の側にいてくれる、私の味方でいてくれる。だから、大丈夫。
『アンバー、スピネル』
『『はい、ご主人様』』
2人から緊張が伝わった。
『・・・この人達には、全部話すよ。その反応で次にどうするか、決める』
『仰せのままに』
『僕らはご主人様について行くだけだから、気にしないで』
アンバーが私の膝から降りて脇に控え、スピネルは私の前に。
そうして皆が見守る中、私は口を開いた。
「皆は、私がどんな子だって思ってる?」
いつもしていた話し方を普通に戻す。アランとヴィオラが敏感に反応し、ゴードンはまっすぐに私を見つめていた。
ヒューガさんが周りを見回した後に、大きく呼吸を一つする。
「私はジーナちゃんとまだ出会ったばかりだから、君達程は知らないけれど・・・。そうだねぇ、小さな子にしては頭の回転がよくて周りの見える、大人のような子だと感じた。だから弟子にしようとも思ったのだけれどね」
「それは確かに言えるな。俺達が碧海の森で出会った時も、1人だったのに泣いたり不安がったりしないでスピネル達といたから、随分しっかりしてるんだってあの時思ったんだよ」
ヒューガさんの言葉にゴードンが重ねる。
そう言えば、普通に対応してたね、私。あの時は神域から来たばっかりで、ワクワクドキドキだったし。アンバーやスピネルが一緒だったのもあるけど、女神様の特別仕様装備のお陰で何かあったとしても怪我すらしないって解ってたから・・・。
どこから話せばいいんだろう? と迷っていると、スピネルが私の手をぺろりと舐めて見つめた。そして鼻面を押し付ける。
『話しにくいなら、僕達から話すよ?』
あ・・・そっか。まだちゃんと2人を皆に紹介してないんだ。・・・しなきゃ、ね。
苦笑を浮かべて、深呼吸一つ。
臆病ってこういう時に、なかなか決断できないからダメだ。バクバクする心臓を落ち着かせるように、パチンと両手で頬を押さえた。うん、大丈夫!
『防音結界』
両手を広げて目を閉じる。まず、この部屋全体に防音と進入禁止の結界を張ってみた。
「アンバー、スピネル、普通に話していいよ。それから、人化してくれる?」
「「はい、ご主人様」」
私の言葉に反応して声を上げた2人は、皆の目の前でそれぞれ猫と犬の姿から金茶と黒髪の青年の姿に変化した。
いきなりのできごとに、息を呑み呆然とする4人。そのままスピネルは私の傍らに片膝をついて控え、アンバーが腕を組んだまま前に出た。
「いい大人が4人も揃って・・・よくもご主人様を取り囲んでくれましたね。 ただではすみませんよ?」
・・・アンバー、いきなり喧嘩腰でどうするの。
「・・・あ、いや、すまない。別にジーナを責めたかったわけでは・・・」
凍結からいち早く溶けたゴードンが、目を瞬かせながらアンバーを見つめる。ゴードンもそこは謝るところじゃないし・・・。
「え、あ? ちょ、ちょっと待て、今アンバーとスピネルがいなくなって、いきなりこの兄ちゃん達が現れて・・・??」
「・・・!!!」
アランが混乱している。ヴィオラなんか声に出せない悲鳴を上げ、腰が抜けたのか床に座り込んでしまった。
「アンバー、とりあえず下がって。気持ちは嬉しいけど落ち着いてね?
えと、いろいろ話す前にまず紹介するよ。茶金の髪の彼が猫のアンバーで、黒髪の彼が犬のスピネル。二人共私の補佐役で、ずっと側にいてくれる大切な子達なの。ちょっと癖はあるけどいい子達だから、仲良くしてくれると嬉しい、かな?」
私の言葉に戸惑うヴィオラの目が泳いだので、この状況でまず皆を一度落ち着かせなきゃと思った。そこで。
「アンバー、ちょっと狭いけどお茶にしよう。スピネルは席を作って」
「「はいご主人様」」
私がリュックの中からラグとティーセットを取り出すと、2人がテキパキとセッティングしてくれる。さらに皆の目が丸くなってるけどそれをスルーして、桃のタルトを2台取り出した。普段ならアンバーがすぐに反応するんだけど、今回は執事に徹してくれている。
タルトをアンバーが切り分けて小皿に取り分けると、スピネルが小さなフォークを添えて皆にサーブしてくれた。
それを見届けた後ポットに熱湯を注ぐと、静かな空間にお湯を注ぐ音だけが聞こえる。私はなるべくゆっくりと紅茶を入れた。
皆が落ち着いてくれますように。そんなことを願いながら・・・。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
書いている私もドキドキしております。




