五歳の私にできること
「落とし穴!!」
手前の地面に手を当てたけど、目標は【ホーンワイルドボア】の真下。遠隔操作なんてしたことないけど、地面掘るだけなら神域での薬草採取で生活魔法使ったので出来ると思ったのだ。落とし穴のイメージは猪がすっぽり収まる大きさで、身動き取れなくて落ちた後も出られない深さ。
私の手のひらから放たれた魔力は、モグラのようにボコボコと地面を伝って進んでゆき、【ホーンワイルドボア】の真下で地面がボコッと大きく凹んだ。と、不意にその姿が見えなくなりスピネルがギョッとする。しかし、急に出来た穴を慎重に覗き込んでからこちらを見て「ワン!」と一声吠えた。
何が起こったのか解らない皆を放って、真っ先にスピネルの元に向かう。
「ジーナ?!」
「大丈夫、【ホーンワイルドボア】落ちたから」
「落ちた?!」
怪訝そうなアラン達をよそに落とし穴に近づくと、結構深い穴の奥で【ホーンワイルドボア】がジタバタしていた。狭いので思うように動けないらしく、しかもこの深さなので全身打撲はしていそうな気がする。後ろから来たアラン達も身動きが取れない【ホーンワイルドボア】を覗き込んだ。
「たいしたもんだな、ジーナこんなことできたのか」
「生活魔法の応用。地面、掘っただけ」
「でもジーナちゃん扱い方上手ね、これだけ上手く魔力を操る人はめったにいないわよ?」
アランの言葉に、一応魔法使い(まだ使ったところは見たことがないが)のヴィオラがフォローしてくれる。ゴードンはなんとなく解っていたのか、いつの間にかそばに来て頭を撫でてくれた。顔を上げると目が合って、お互いに微笑み合う。
『ご主人様、僕が倒すって言ったのに』
『見たらなんだか毛皮が硬そうだったから・・・ごめんね?』
スピネルに軽く文句を言われたが、お互い怪我もなかったので無問題という事で。
「しかし・・・どうやって仕留める、これ。結構深いぞ?」
穴に向かってアランが剣を突き出してみるが、なかなか届かない。下手に腹ばいになって手を伸ばしたとしても、手負いの獣なので反撃は否めないのだ。馬車から棒を持ってきてもいいのだが、槍ではないので叩いたところで決定的なダメージを与えられるか分からない。落とし穴が深くなりすぎたことを反省したが、このまま埋めるわけにもいかない。
「魔法で倒す?」
「お前は火魔法しか使えないだろう、せっかくの【ホーンワイルドボア】が丸焦げだぞ?」
ヴィオラの提案は即刻却下されしょんぼりしているので、提案してみた。
「あのね? お水、入れる?」
「水?」
「うん、生きてるなら、浮く、でしょ? 浮いたら、アランの剣、届かない?」
「そうか、とりあえずやってみるか」
早速生活魔法の使えないアランとゴードンは水を汲む入れ物を持って水辺へ向かい、私とヴィオラは生活魔法で水を出現させて落とし穴の中に注ぐ事にした(こっそりアンバーやスピネルも参加)。生活魔法なので水は泉のように大量に出せないため、アランとゴードンにも協力してもらっている。じわじわと水位が上がってくるのと同時に、【ホーンワイルドボア】がより一層ジタバタし始めた。溺れたくないのと逃げたくても逃げられない事でより一層暴れている。目が前にしか向けないので上にいる私達を視認することは出来ないのだろうが、見えたのなら相当恨まれることだろう。でも、このまま放っておけばどのみち死んでしまうし、逃がした所で他の旅人たちを襲わないとも限らない。人の我侭な業かもしれないが【ホーンワイルドボア】には受け入れてもらい、私もそれを受け止める。それが生きていくことなのかもしれないって、なんとなく思った。
多少時間はかかったけれど浮き上がってくる水位に抵抗できず、【ホーンワイルドボア】はアランの剣で仕留められた。
結構重かったのだが引きずり出して、アラン達が解体してくれる。ヴィオラと私は野営場所に戻ってMP回復のために休んでいた。
「大変だったけど、みんな無事でよかったわ。スピネルやジーナちゃん大活躍ね」
「私、穴掘っただけだよ?」
「あんなふうに生活魔法使うのなんて、私は初めて見たわよ。ジーナちゃん魔法適性あるんじゃない?」
ワクワク気味に話すヴィオラを他所に、私は二人が戻ってきた時のために湯を沸かしてお茶の準備をしていた。因みにスピネルはアラン達の側で解体する手元を見て『僕の方が上手いのに・・・』と呟いていたのだが、一見ボーダーコリーが人よりも器用に解体するのを見たら皆が混乱しそうなので我慢してもらう。
「オーキッドの街に行ったら、冒険者ギルドで適性検査受けてみる?」
「・・・ううん、普通でいいの」
「そっか、でもやりたいって思ったら教えてね、すぐ手配してもらえるようお願いできるから」
笑顔で言ってくれたヴィオラには悪いけど、適性検査なんてしなくても女神様印の身体なので、これは大抵の特別の範囲内です。今はドン臭いけど、鍛えれば無双も出来そうだ。もう、何だかステータスは見たくないね・・・。
『ご主人様、朝食の準備もあります、そろそろ休ませていただいたほうが良いかと思われますが』
『そうだね、アラン達には悪いけど寝よっか』
アンバーと話していると、スピネルだけ戻ってくる。枕の業務に戻りに来たらしい。
「ヴィオラ、眠いから寝ても、いい?」
「あ! そうね、ごめんなさい、ジーナちゃんには眠い時間だったわね。ありがとう、ゆっくり休んでね」
「ん、おやすみなさい」
寝ていた場所に戻ると、スピネルを枕に毛布に潜り込む。アンバーが私の頬を軽く舐めてくれて、私は沈むように眠りに落ちたのだった。
『ご主審様、そろそろ朝食の準備をなさいませんと間に合わないかもしれません』
気忙しげに私を起こすアンバーの声が聞こえて、薄らと目を開けた。アンバーのどアップが見えて思わずその頭をナデナデ。枕がもそっと動いたので首を巡らせると、私の頭を乗せたままのスピネルが嬉しそうな顔をして尻尾を振っていた。
『ありがとう、アンバー。スピネルも枕ありがとうね、暖かかったよ』
『僕も嬉しかったから』
上半身を起こしてからスピネルにも首に齧り付いてモフモフしてから、うーんと伸びをして起きる。まだ辺りは薄暗くて、かすかに東の空が桃色になっているのが見えた。完全に夜が明けるにはもう少し時間がありそうな感じだった。
見張り当番のアランが船を漕いでいるのを見つけて、思わず笑ってしまった。
夜中にひと騒動あった上に【ホーンワイルドボア】を解体したのだから疲れていたのだろう。アランの脇にいくつかの桶に入れられた肉の塊とか毛皮とかが見える。水で清められてはいたが、こんなに大量の肉の塊は見たことがない。内臓の類がない所を見ると、どこかで埋めでもしたのだろう。そこまで考えて、思い出す。
「あ、昨日の落とし穴!」
「・・・んあ?」
私の声に、アランが目を覚ました。軽く頭を振って頬をピシャピシャ叩くと眠そうな笑顔を見せてくれる。
「悪い、少し寝てたな。もう起きるのか? ・・・ああ、朝食の準備か」
「うん、起こして、ごめんね」
「いや、見張りの俺が寝てたらシャレにならん、ありがとうな。おっと、そうだ」
なにか思い出したのか、アランがそばにあった肉の入った桶をずずっと私の方に押し出した。3個ある分の2つである。
「これがお前の取り分だ」
「え?!」
「スピネルに対峙してもらったし本当は全部渡すのが筋なんだが、解体した手間賃とルタに運んでもらうからその分1桶貰いたいんだが・・・」
「人数割り、しないの?」
私の言葉に、アランがニカッと笑い、そしてぐしゃぐしゃと私の髪を撫でた。
「まさかジーナがこんなに出来るとは思わなかったから、逆に俺たちが助かったんだよ。ありがとうな」
「じゃあ、朝ご飯に私の分、お肉出すよ。一緒に食べよ?」
「いいのか? いい値段で売れるんだぞ?」
「全部は食べられないし、余った分売るから、お店教えて?」
「了解」
嬉しそうに頷いて、アランが再び私の頭がぐしゃぐしゃと撫でられる。なんだろう、アランといいゴードンといい、私の頭を撫でるのが流行ってるんだろうか? でも気持ちいいんだよね、お母さんに撫でられたことを思い出した。
「そういえばお前が作った穴な?」
「あ、うん、埋めなきゃ」
「中に捨てるもの入れてからヴィオラに頼んだんだけど、なかなかお前みたいに上手く埋められないんだよ」
アランがため息をつくが、それはヴィオラのせいじゃないと思うので少々申し訳ない気がする。
「分かった、後で埋めとく」
嬉しそうに笑うと火の番に戻って行こうとするアラン。私が起きて準備をするのとスピネルがいるという事で、アランには少しの間ではあるが仮眠してもらうことにした。少し渋っていたが、スピネルの力強い後押し(本当にアランを鼻面でグイグイ押した)でアランも自分の毛布の所へ行き、包まってあっという間にイビキをかき始めた。やはり相当眠かったらしい。
スピネルに穴を埋めることをお願いした後、私は水辺で身支度をして戻る。
みんなが眠っていることを確認してから、荷物から小麦粉と卵を取り出した。
アンバーに水を出してもらい、少々の油とこっそり天然酵母も入れつつボールの中で練って一塊に纏めてから一瞬で『発酵』させる。そしてしばらく放置。
その間に【ホーンワイルドボア】のお肉を朝食に食べる分切り分け、それ以外にお肉を一塊だけインベントリーの中に収納する。
私の分を全部インベントリーにしまうわけにもいかないし、でもこのまま放置は衛生上良くない気がしたので、お肉はそのままチルド状態になるように生活魔法をかけてみた。はたしてこういう使い方が普通かどうかは謎だけれど、ミルクを冷たくしてそれほど驚かれなかったので多分大丈夫だと思う。
朝食用のお肉を薄くスライスしてからハーブと塩コショウを取り出しお肉と一緒に揉み込む。擦りおろしニンニクやお醤油も忘れない。神域産ハチミツで甘さもプラスして、これもしばらく放置。
玉ねぎを超スライスにしつつ思う。やっぱり調味料は普及させるべきだよね、美味しいものを食べるためにも。って事は食堂兼販売店舗な感じ? 調味料だけじゃどう使うか分からないから食べ方の一例みたいに提示したほうがいいだろうし。
そこまで考えて、はたっと我に返った。
私、お店経営のためにローシェンナに来たわけじゃないのよ?!
寝かせた小麦粉の塊を小さくちぎって薄く伸ばし、フライパンで1枚ずつ焼きつつため息をつく。これじゃあ創造主じゃなくて経営者だよ、おかしいな、どこを間違えたんだろう?
膨らんだピタパンが十数枚焼きあがった頃空が明るくなりだし、皆が起きだしてくる。今朝のメニューは袋状に開いたピタパンに【ホーンワイルドボア】のハーブ入り照り焼きとスライスオニオンを挟んだサンドイッチ。照り焼きを焼き始めた頃には、匂いに釣られて皆が竈の周りに集まり出してきた。
ピタパンのサンドイッチは好評ですぐに完売し、野外とは言え料理できた私も大満足!
食事を無事に終えた私達は荷物を積みなおすと、一路オーキッドの街へと向かったのであった。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。
次はやっとオーキッドの街に入ります。




