第八章 花の置き方
花は、見つかった。
街道から少し入ったところに、冬の間も細々と商いをしている老婆がいた。野菜と薬草と、干した果物と、それから温室で育てた花を、少しだけ売っていた。花は二種類しかなかった。黄色い小さな花と、白い小さな花。
老人は白い方を選んだ。
老婆は値段を言った。老人は払った。老婆は花を紙で包んだ。包みながら、何も聞かなかった。誰のためかも、どこへ持っていくのかも。老人はそれを、良いと思った。
包みを受け取って、老人は歩き始めた。
墓所への道は、知っていた。何度も歩いた道だった。しかし今日は、手に何かを持っていた。持っていることが、何か変だった。いつもと違う、という意味での変だった。
老人は時々、包みを見た。見て、また前を向いた。
どう置けば良いのか、を老人は考えていた。
コレットは雪に挿していた。茎の根元を、雪に埋めて、立てていた。老人もそうするべきかもしれなかった。しかし雪に挿す、という動作が、具体的にどういう動作なのかを、老人はうまく想像できなかった。やってみなければ分からない種類のことだった。
墓所に着いた。名のない石の前に立った。
コレットの花は、今日はなかった。週に一度と言っていた。昨日来たばかりだろうから、今日はない。
老人は包みを開いた。白い花が出てきた。
老人は花を持ったまま、石の前にしゃがんだ。
しゃがむと、石が目の高さに来た。立って見るのと、しゃがんで見るのとでは、石の見え方が少し違った。立っていると石を見下ろしていた。しゃがむと、石と同じ高さになった。
老人は雪を少し掘った。指で、雪を掻いた。固かった。表面だけ固く、少し掘ると柔らかくなった。老人は穴を作った。深さが分からなかった。どのくらいの深さにすれば花が立つのかが、やってみないと分からなかった。
茎を挿した。
立たなかった。傾いた。
老人は花を取り出して、もう少し深く穴を作った。また挿した。今度は立った。しかし少し斜めだった。まっすぐではなかった。
老人はそれを見た。
まっすぐにするべきか考えた。考えながら、コレットの花がまっすぐだったかどうかを思い出そうとした。記憶の中では、まっすぐだったような気がした。しかし正確には覚えていなかった。
少し斜めのまま、にすることにした。
直そうとして崩れると、また最初からやり直しになる。それよりは、立っている方が良かった。
老人は立ち上がった。膝が痛んだ。
花は、石の前に、少し斜めに立っていた。
老人はそれを見た。長い間ではなかった。見て、それで、ある程度のことは終わったと思った。今日のところは、これで良いと思った。
風が来た。花が揺れた。斜めに立った花が、風で揺れた。揺れたが、倒れなかった。
老人は、それを見た。それだけだった。
墓所の入り口まで戻ったとき、老人は誰かの気配を感じた。
人狼の感覚だった。意識していなくても、感じた。気配は小さかった。隠れようとしている、というより、こちらを驚かせまいとしている種類の気配だった。
老人は振り返らなかった。
振り返って、気づいたことを示す必要はないと思った。
誰かが見ていた。それだけで、十分だった。
老人は墓所を出た。街道へ向かう道を、歩いた。
背後で、何かが動く音がした。小さな足音だった。重くなかった。軽い、小さな、足音だった。墓所の方向へ向かう足音だった。
老人は足音を聞いた。聞きながら、歩き続けた。止まらなかった。振り返らなかった。
ただ、少しだけ、足を緩めた。
足を緩めて、聞いた。足音が墓所の方へ消えていくのを、聞いた。消えてから、また元の速さで歩き始めた。
何も確認しなかった。確認しなくても、分かることがあった。
トライコン亭へ戻ると、夕方の食堂になっていた。
コレットが盆を持って動いていた。老人が入ってきても、今日はすぐには気づかなかった。忙しかった。老人は隅の席に座って、水を頼んだ。
しばらくして、コレットが来た。
「今日も来ましたね」
「今日も来た」
「何か食べますか」
「シチューをもらおう」
コレットは注文を受けて、行きかけて、少し立ち止まった。立ち止まって、老人を見た。
何かを言いたそうだった。しかし言わなかった。
代わりに、少し、笑った。
どういう笑いかを、老人は正確には読めなかった。満足とも違い、嬉しいとも少し違い、ただ何かがその顔にあった。
コレットは厨房へ行った。
老人は食堂を見た。今日は十四人だった。旅芸人はいなかった。次の街へ向かったかもしれなかった。向かったとしても、またどこかで会うかもしれなかった。会わないかもしれなかった。
以前は、世界の出来事がすべて無関係として流れていった。今は、少しだけ違った。少しだけ。
シチューが来た。根菜が柔らかかった。朝から煮ていたのだろうと老人は思った。
窓の外に、夕方の光があった。冬の夕方は早く来た。しかし今日は昨日より、少しだけ、日が長かった。気のせいかもしれなかった。しかし気のせいではないかもしれなかった。
春が来れば、道端に花が出る。出た花を、老人は持っていけるかもしれなかった。
今日のところは、温室の花で良かった。
それで十分だった。
(第八章、了)




