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第四章 火のそばで

火は、まだ燃えていた。


老人は街道の曲がり角から、窪地の明かりを見た。見て、足を止めた。止まったのは確認のためだった。確認したから、もう行けるはずだった。火がある、旅芸人がいる、それで十分だった。踵を返して、今夜の宿へ向かえばよかった。


しかし足は、窪地の方へ向いた。

老人は少しの間、自分の足を見た。見ても、足は変わらなかった。こういう足だった。長い年月、こういう足だった。

窪地へ降りた。

旅芸人は歌っていなかった。


火のそばに座り、膝の上に何か細長いものを置いて、手を動かしていた。近づくと、弦楽器だと分かった。小ぶりな、旅の道具として使い込まれた楽器だった。弦を一本ずつ確かめるように、指で爪弾いては、何かを調整していた。音は小さかった。旋律ではなく、確認の音だった。


旅芸人は老人が来ても、顔を上げなかった。

「続きが聞きたくなったか」

楽器を見ながら言った。

「作り物には興味はない」

老人は言った。


「では何しに来た」

老人は答えなかった。答えられなかった、という方が正確だった。なぜ来たのかを、老人自身が正確には把握していなかった。足が来たのだった。理由は足に聞かなければならなかった。


旅芸人は一本の弦を強めに爪弾いた。音が夜の空気に溶けた。

「座れ」

「立っていても構わない」

「好きにしろ」


老人は立っていることにした。火の向こうに立った。旅芸人の顔が、今度は火の光でよく見えた。年齢が、やはり分からなかった。若くもなく、老いてもいない。そういう顔だった。あるいは、そういう顔を作っているのかもしれなかった。


「墓所へ行ったか」

旅芸人が言った。

「ああ」

「花は、あったか」

老人は旅芸人を見た。


旅芸人は楽器を見ていた。老人の視線に気づいているはずだったが、顔を上げなかった。

「あった」

老人は言った。


「そうか」

それだけ言って、旅芸人はまた弦を調整した。それ以上は聞かなかった。聞かないことが、何かを含んでいる気がしたが、老人にはその何かが掴めなかった。

しばらく、弦の音だけがあった。


一本、また一本。旅芸人の指が、丁寧に弦を確かめていた。急いでいる様子はなかった。この作業を、今夜中に終わらせる必要があると思っていない様子だった。

「この辺りに長くいるのか」


老人は言った。

「しばらくはいる。次の街へ行く前に、少し稼がなければならない」

「宿屋で歌うのか」

「そのつもりだ。この辺りの宿なら、トライコン亭が一番客が多い」


老人は何も言わなかった。

「知ってるか、あの宿」

旅芸人が聞いた。

「通りかかった」

「良い宿だ。飯も悪くない。それに」

旅芸人は弦を一本、長く鳴らした。音が空気に伸びて、消えた。

「律儀な娘がいると聞いた。この辺りで、墓所へ花を持っていく者を知らないかと聞いたら、あの宿の娘が何か知っているかもしれないと言われた」

老人は、動かなかった。

動かなかったが、何かが動いた。内側で、静かに。旅芸人の言葉を、老人は一度、そのまま受け取った。受け取って、中に置いた。まだ開かなかった。

「誰に聞いた」

「街道を歩いていた行商人に。花を売っているという話も聞いた。白い、小さな花を」

老人は火を見た。


炎が、安定していた。風のない夜だった。炎が揺れない夜は、物事がよく見えた。見えすぎることもあった。

「なぜ、花を置く者を探している」

老人は言った。


旅芸人は楽器から顔を上げた。初めて、老人を正面から見た。

「あの石に名前がないのは知っている。誰の石か、各地で聞いて回ったが、はっきり教えてくれる者がいなかった。政変の後に作られた石だろうという者はいた。それ以上は皆、口を閉じた」


「それで花を置く者を探す理由になるか」

「ならないかもしれない」


旅芸人は言った。

「ならないかもしれないが、花を置き続けている者は、石のことを知っている。石のことを知っている者は、その石に眠っている者のことを知っている可能性がある」

老人は旅芸人を見た。

「歌のためか」

「歌のためだ」


旅芸人は迷わず答えた。

「続きを作るために、本当のことを知りたい」

「本当のことを知って、どうする」

「歌に入れる」

「歌に入れれば、また変わる」

「変わる」

旅芸人は頷いた。あっさりと。

「歌は変わる。それが歌というものだ。本当のことを入れても、次の村で誰かがまた変える。それでも、今の自分が歌う歌には、本当のことを入れたい」


老人は、その答えを聞いた。

聞きながら、この旅芸人が厄介な種類の人間だと思った。嘘をつかない種類ではなかった。しかし今、嘘をついていなかった。今、嘘をついていないことは、老人には分かった。分かってしまった。

「本当のことを知ったとして」

老人は言った。

「その者が、望まない形で歌われるかもしれない」

「そうかもしれない」


旅芸人は言った。

「それでも、歌うか」

「歌う」


間がなかった。

「なぜなら」

旅芸人は楽器を膝から下ろした。火のそばに、立てかけた。

「死者は歌われることを選べない。しかし歌う者は選べる。私は今夜、できる限り本当に近いものを選ぶ。それだけだ」

老人は、長い間、黙っていた。

黙っている間、老人の内側で何かが動いていた。動いている何かの正体が、老人には分からなかった。怒りではなかった。悲しみとも少し違った。強いて言えば、認識が、少し、動いた。

長い年月、老人は王女を守ってきたと思っていた。守れなかったと思っていた。しかし今この男が言っていることは、守るとか守れないとかとは、別のことだった。

歌う者は選べる。

老人は、選んだことがあったか。

石の前に立つことを、選んでいた。花を持たないことを、選んでいた。名を捨てることを、選んでいた。それらはすべて、選んでいた。

しかし王女のために、何かを選んだことが、あったか。

「一つ聞く」

老人は言った。

「ああ」

「その歌の続き。今持っているものを、聞かせてもらえるか」

旅芸人は、少し間を置いた。

間を置いてから、楽器を手に取った。弦の調整は、終わっていた。


「良いだろう」


旅芸人は、弦を静かに鳴らし始めた。

旋律は、宿で聞いたものと同じだった。しかし楽器が加わると、少し違って聞こえた。宿では誰かの声の中に埋もれていた歌が、今は夜の空気の中に一本の線として立っていた。


  雪の庭で踊る姫君は

  春を知らずに眠りぬ

  忘れな草よ咲かないでくれ

  あの方はもう、名を持たぬゆえ


ここまでは知っていた。


  名を持たぬとも、記憶は咲いて

  誰かの夢の中に生きている

  騎士よ剣を置け、花を持て

  死者を墓に閉じ込めるな


老人は、動かなかった。

動かなかったが、最後の一節が、老人の内側を通った。通った、という感覚だった。通り抜けた、ではなかった。通って、どこかに留まった。

騎士よ剣を置け、花を持て。

旅芸人は弦を最後まで鳴らし、指を止めた。

音が、夜に溶けた。

「これは」

老人は言った。

「どこで聞いた」

「作った」

旅芸人は言った。

「今夜、墓所から戻ってきてから。あの石を見てから」

老人は旅芸人を見た。

旅芸人は老人を見ていた。今度は、視線を逸らさなかった。

「怒るか」

旅芸人が聞いた。

老人は、少し考えた。

怒るべきかもしれなかった。この者は、老人の知らない王女を勝手に歌っている。老人の知っている王女とは違う王女を、歌にして広めようとしている。


しかし老人は、怒れなかった。

なぜ怒れないのかを、老人は自分に問うた。問うて、答えが出るまでに、少し時間がかかった。

答えは、これだった。


歌の中の騎士は、花を持っていなかった。剣を置いていなかった。そしてそれは——

事実だった。

「怒らない」

老人は言った。

旅芸人は、何も言わなかった。

何も言わずに、もう一度弦を鳴らした。今度は旋律ではなく、一音だけ。その一音が、夜の空気に伸びて、消えた。

「明日も、ここにいるか」

老人は言った。

「しばらくはいると言った」

「では、また来るかもしれない」

「好きにしろ」

旅芸人は言った。

老人は窪地を出た。

街道へ戻る坂を登りながら、老人は空を見た。雲が薄くなっていた。月が、かすかに、雲の向こうにあった。光は弱かったが、あった。

 騎士よ剣を置け、花を持て。

老人は、剣の柄に触れた。

いつものように、まだあることを確かめるために触れた。しかし今夜は、触れた後に、少しだけ、手を離した。

それだけのことだった。

しかしそれは、長い年月の中で、初めてのことだった。

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*(第四章、了)*

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