第十二章 同行
その日、老人がトライコン亭を出ようとしたとき、コレットが声をかけた。
「あの、一緒に行っても良いですか」
老人は扉に手をかけたまま、振り返った。
コレットは盆を持っていなかった。エプロンも外していた。仕事の途中ではなかった。出かける準備をしていた。
「墓所へ行くつもりか」
「はい。今日は私も花を持っていこうと思っていたので」
老人は少し考えた。
断る理由が、なかった。
あるとすれば、あの場所は老人にとって一人でいる場所だった、ということだったが、それは理由として弱かった。コレットはずっとあそこへ行っていた。老人が来るより先から。老人が来たことで、コレットを遠ざける権利は老人にはなかった。
「好きにしろ」
老人は言った。
コレットは頷いた。手に小さな束を持っていた。白い花が何本か、紐で括ってあった。棚で育てたものだろうと老人は思った。
二人はトライコン亭を出た。
街道を歩いた。
老人は自分の歩調で歩いた。コレットは少し速かったが、老人に合わせて歩いた。合わせることを、自然にした。急かす様子はなかった。
しばらく、二人は黙って歩いた。
黙って歩くことを、コレットは平気にしていた。話さなければならないとは思っていない様子だった。老人はそれを、良いと思った。話す必要のない者と歩くことは、楽だった。
「宿を離れて良いのか」
老人は聞いた。
「今日は少し手が空いていたので。母が許してくれました」
「母親がいるのか」
「います。宿の主人が父で、母が厨房を仕切っています。父はいつも帳場にいて、あまり出てきませんが」
「知らなかった」
「聞かれなかったので」
それもそうだと老人は思った。老人はコレットに何も聞いていなかった。コレットは老人に多くのことを聞いてきたが、老人はほとんど聞いていなかった。
「兄弟はいるか」
「妹が一人います。まだ小さいです」
「そうか」
それだけだった。
しかしコレットは、老人が聞いたことを、少し嬉しそうにしていた。嬉しそうとは言っても、大げさではなかった。ただ、少しだけ。
墓所が見えてきた。
コレットは少し歩調を緩めた。初めて来るわけではなかったが、老人と一緒に来るのは初めてだった。何かを確かめるように、少し慎重になった。
老人は王家の墓所の外れへ向かった。コレットはついてきた。
名のない石の前に着いた。
老人が置いた二輪の花が、まだあった。一輪は昨日置いたもの、もう一輪は一昨日のもの。どちらも少し縮れていたが、形を保っていた。
コレットは石の前に立って、しばらく見ていた。
何も言わなかった。
老人も何も言わなかった。
コレットはやがて、膝をついた。老人が膝をつくようにして、石と同じ高さになった。持ってきた花束を、雪の中に挿した。手慣れた動きだった。何度もしてきた動きだった。老人の置いた花の隣に、コレットの花が並んだ。
コレットは少しの間、その花を見ていた。
それから立ち上がった。
「ありがとうございます」
コレットは老人に向かって言った。
老人は、その言葉の意味を考えた。何に対しての礼かが、すぐには分からなかった。
「何の礼だ」
「ここへ来ることを、許してくれたので」
老人は答えなかった。
許した、とは思っていなかった。ただ断らなかっただけだった。しかしその区別を、コレットに説明する気にはなれなかった。
「お前はずっとここへ来ていた」
老人は言った。
「はい」
「私が来る前から」
「はい」
「だから礼には及ばない」
コレットは少し考えるような顔をした。
「でも、誰かと一緒に来たのは初めてなので。誰かと来ると、違う見え方がします」
「どう違う」
コレットは石を見た。
「一人で来ると、ここは少し寂しい場所でした。誰も知らない石で、名前もなくて。でも今日は、そんな感じがしないです」
老人は石を見た。
「寂しくないか」
「はい。今日は違います」
老人は、その答えを聞いた。
聞きながら、自分がここへ来ていた長い年月を思った。一人で来ていた。一人でいることが、自分の務めだと思っていた。しかしコレットは、一人でいることを寂しいと感じていた。
老人は寂しいと感じていたか。
感じていたかどうかが、分からなかった。感じることを、止めていたかもしれなかった。
「一つ聞いても良いですか」
コレットが言った。
「聞け」
「王女様は、ここが好きでしたか」
老人は、少し意外な問いだと思った。
「なぜそれを聞く」
「旅芸人さんの歌の中で、王女様はいつも外へ出たがっている人として歌われています。市場へ行って、人を見て、境界を越えようとして。そういう人が、墓所にいるというのが、なんか合わない気がして」
老人は、コレットを見た。
「合わない、か」
「変ですか」
「変ではない」
老人は石を見た。
「王女は墓所が好きだったかどうかは、知らない。しかし嫌いではなかったと思う。静かな場所が好きだった。ただし、静かな場所に一人でいることが好きで、誰かに見られながら静かにいることは好きではなかった」
「さっき言っていたことですね。誰もいない場所に立ちたいって」
老人は少し驚いた。
「話したか、それを」
「少しだけ。真夜中の廊下の話を」
老人は記憶をたどった。話した、かもしれなかった。いつ話したのかが、はっきりしなかった。コレットとの会話の中で、いつの間にか話していたのかもしれなかった。
「では分かるだろう」
老人は言った。
「ここは静かだ。しかし今は、お前がいる」
「邪魔でしたか」
「邪魔ではない」
コレットは少し笑った。
「王女様も、邪魔ではないと言ってくれますか」
老人は答えなかった。
答えなかったが、石を見た。
石は何も言わなかった。
言わないことが、今日も沈黙だった。しかし今日の沈黙は、一人でいるときの沈黙とは少し違った。コレットがいることで、沈黙の質が変わっていた。
老人には、それが悪くなかった。
悪くない、という感覚が、老人の中にあった。
「そろそろ戻るか」
老人は言った。
「はい」
二人は墓所を出た。
街道へ戻る道を、並んで歩いた。行きと同じように、黙って歩いた。しかし行きの沈黙とは、少し違う沈黙だった。行きは、二人がそれぞれの場所から墓所へ向かっていた。帰りは、同じ場所から来た二人が歩いていた。
その違いは、小さかった。
しかし確かにあった。
トライコン亭が見えてきたとき、コレットが言った。
「また、一緒に来ても良いですか」
老人は少しの間、黙った。
「花を持ってくるなら」
老人は言った。
コレットは頷いた。
答えとしては、十分だった。
宿の扉を、コレットが先に開けた。老人はその後ろから入った。
食堂は、昼の時間になっていた。
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*(第十二章、了)*




