すべてのことが益となる
クリスマスが近づくと、毎年イライラする。イルミネーションも苦手だ。ケーキもチキンも別段好きでもない。恋人と過ごさないといけない雰囲気もかなり苦手。しかも今年は、この時期、急に転校することになり、イライラして仕方ない。香村東子は本当にそう思う。
「ねえ、お母さん。お父さんが転勤したからってこの時期に転校って酷くない?」
朝食時、ついつい母に文句を言う。食卓の上にはトースターやコーンスープや紅茶が並んでいた。いい匂いがする。でも不満は止まらない。
父は東子の雰囲気から何かを察し逃げてしまったし、飼い猫のフーコも食卓からリビングのソファに逃げた。
食卓は母と二人っきり。
「いいじゃないの。新しい友達ができて」
「は? 何、そんな呑気なこと言ってるの?」
一方、母は呑気だった。昔からおっとりとした専業主婦だ。しかもなぜか日本で珍しいクリスチャン。日曜日には家にいないが、毎週ホクホク顔で帰ってくるのが謎。
「まあ、そんな怒ったらダメよー。そうだ、聖書には『すべてのことが益になる』って書いてあるから。大丈夫!」
「はー?」
ますます意味がわからない。別に宗教二世のように信仰を押し付けられたことは一度もなかったけれど、こんな風に聖書を引用して励まされることは多々ある。そのたびに、意味がわからず困惑というのを繰り返していた。悪意がない分、余計に母がわからない。
「もう、いい。学校行くから!」
「行ってらっしゃい!」
こんな母から逃げるように学校に行くが、転校先の学校、前の学校より偏差値が低いし、成績がいい子も制服の着方とかダサくて田舎っぽい。本当に嫌になる。
隣の席の取手桜湖というクラスメイトもそんな感じ。隣でヘラヘラ笑っていると、イライラする。
ついつい、八つ当たりしてしまった。
「制服の着方、校則通りじゃなくない?」
「カバンにつけてるキーホルダー、学校に持ってきたらダメなのじゃない?」
「数学のプリント、ぐしゃっと机に入れてるよね?」
テレビドラマの中のお局社員みたいだったが、顔を見ているだけでイライラする。こっちは不本意な転校を受け入れているのに、桜湖はいつも笑っていたし。
その上、桜湖がクリスチャンだとも知った。母の呑気な言葉も思い出してしまい、余計にイライラが止まらない。
「桜湖って宗教二世らしいよ」
根も葉もない噂も広めてしまった。東子は見た目は美人だ。すぐに手下のような友達もでき、桜湖の悪評を流すのは簡単だった。
家に一人でいると、急に何か嫌悪感は襲ってきた。本当は冬休みの宿題や受験勉強の準備など色々あるのに、桜湖の呑気な顔が頭から離れず、机の前に座るだけで精一杯。
「あれ、私……。なんで私、あんなに桜湖を嫌っていたんだ?」
いくら考えてもわからない。転校でストレスがあったとはいえ、自分以外の「何か」に思考をジャックされていたような?
ちょうどそんな考えが浮かんだ時、机の上にカードが紛れているにに気づく。数学や英語のプリントに混ざっていたが、これは何だろう。
「クリスマスカード?」
赤と緑の派手なカードだったが、変なメッセージも印刷されれいた。
ローマ8:28より
神を愛する者、すなわちご計画に従う者には、すべてのことが益となる。
「って何? ローマ? まさか聖書?」
母が送ったのに違いないと思うが、今はクリスマスの行事で教会に行ってる。家は飼い猫のフーコと二人きり。
「フーコ、なんだと思う?」
「ミャー?」
当然、猫は何も知らないが、後で家に帰ってきた母に聞いても「知らない」という。しかも、デザインを調べてくれたが、こんなカードは売っていないらしい。よく似たデザインはキリスト教出版社から出ていたそうだが、全く同じものはないらしい。
「え、どう言うこと? 一体誰が送ったの?」
「さあ、でも東子ちゃんを励ましたい『誰か』が送ったんじゃない?」
「それって『誰』?」
母は答えない。何も聞いてこなかった。
こうして疑問が残ったまま年が明けた。相変わらず転校のストレスはあったし、桜湖との関係も悪かったが。
「香村さん、おはよう!」
桜湖は毎朝、東子に挨拶を欠かさなかったし、何か仕返しすることもなかった。先生に告げ口することもなく、なんだかんだで笑顔で接してきたから、余計に罪悪感を持ってしまう。
「ねえ、なんでそんなに笑ってるの?」
ある日、つい我慢できず、放課後に桜湖を呼び出した。部活棟の女子トイレは誰もいない。二月の寒さが染みる。底冷えしていた。
「あれ、私ってそんな笑顔だった?」
「そうだよ、本当、むかつく!」
本音が溢れてしまう。その瞬間、気づく。本当は自分もイライラなんてしたくなく、笑顔で暮らしたいだけだったのかも?
「東子ちゃん、大丈夫?」
その桜湖の声が母とそっくりで、ますます本音が隠せそうになく、転校のストレスを語ってしまった。
「本当はこんな田舎行きたくなかったし、ずっと前の友達といたかったよ!」
勝手に泣き喚いているだけなのに、桜湖は静かに聞いていた。否定はしなかった。
「そっかぁ。じゃあ、私につっかかるのも仕方なかったね」
「そうだよ、本当、ムカつく!」
桜湖は全く冷静だ。逆に泣いている東子の方が恥ずかしくなってきて、ようやく涙が止まる。桜湖もハンカチを渡してきた。菫色の綺麗なハンカチ。桜湖のほんわかとしたイメージとピッタリ。これで涙を拭くのは躊躇うほど。
「でも、さ。こういう状況でも、神様が益にしてくれることもあるかも? ほら、東子ちゃんの成績だったら、この学校では軽く学年一位じゃ?」
「ま、そうだけど……」
「それに都会から美人がきたって男子諸君、大騒ぎだよ。悪くもないんでは? よし、この状況でもいい部分を探そう!」
正直、田舎の男子にモテても全く嬉しくないが、必死に良い部分を探してくれている桜湖を見ていたら、笑えてきた。ちょっと滑稽で、人間味があって。
「そ、そうかな?」
「そうだよ!」
もう、東子も後に引けなくなり、この転校でも無理矢理いい部分を探す。結局、学生食堂の坦々麺が美味しいといい一点しか出てこなかったが、あまりのショボさに二人で吹き出し、大笑いしてしまう。なんか打ち解けた雰囲気まで出てきて不本意なのだが……。
「いやいや、そんな私は笑っていないし! っていうか、このクリスマスカード、桜湖が送ったの?」
急に年末の謎も思い出し、カバンに入れっぱなしだったあのカードを見せた。
「え、私じゃないよ。っていうか、私もこのカードもらった!」
驚いたことに桜湖も似たようなカードを手にしていた。印刷されていた聖書の言葉は全く違うものだったが、思わず顔を見合わせた。
「どういう事?」
二人して顔を見合わせるが、その謎は解けていない。それでも同じ体験をした者同士、何か縁があるかもしれない?
「桜湖、これどういうことか一緒に解明しない?」
「いいね! じゃあ、一緒に帰ってうちの牧師にでも聞いてみる?」
なぜか一緒に帰ることになってしまったが、今は悪くない気がする。坦々麺以外にも良い部分、見つけられそう。




