できれば、あなたがたはすべての人と平和に暮らしなさい
聖書には愛の言葉がたくさんある。敵へを許す事、自分を犠牲にして友を助ける尊さなどに惹かれ、取手桜湖は幼い頃から、キリスト教に興味をもち、クリスチャンになってしまった。
「主よ、愛します〜!」
今日も教会の礼拝で讃美歌を歌い、笑顔だ。といっても日本の教会は老人が多く、桜湖のような女子高生はかなり異質だ。若い子でも二世を除くと、かなり数は少ない。
ちなみに教会は地味だ。宗派がプロテスタントということもあったが、像やステンドグラスなどを設置する予算もないので、学校の教室のような雰囲気だ。実際、桜湖が通う教会も公民館の隣にあり、公共施設のような顔をしてる。
「あぁ、今日も礼拝楽しかったな」
説教は難しくてちょっと退屈ではあったが、笑顔で教会を後にしようとした。一応、玄関の側の週報ボックスもチェック。礼拝では週報というパンフレットやキリスト教出版の関連チラシや新聞も配られるため、学校の下駄箱のような週報ボックスが設置されていた。
「あれ、なんかカードは入ってる?」
週報ボックスには見慣れないものが入っていた。
クリスマスカードだった。赤と緑の派手な色合いだ。しかも聖句も印刷されていた。
できれば、あなたがたはすべての人と平和に暮らしなさい。ローマ12:18より
「牧師さん、これ何? ローマ書が印刷されてるけど」
一応牧師に聞いた。教会の雰囲気同様、牧師も学校の先生のような老人だった。黒い服ではなく、スーツ姿。ますます学校の先生っぽい。
「え、クリスマスカード? 知りませんよ。誰か他の信徒さんが入れたんでは。聖句つきのクリスマスカードなんて珍しくないですし」
「ふぅん。そっか。でも、誰がこれを? っていうかローマ書のここ? なんで?」
桜湖は自慢じゃないが、学校でも友達が多く、ムードメーカー的存在だ。学級委員も経験したこともあり、優等生キャラだ。割とどんな子でも仲良くなれる自信があった。ちょっとオタクぽい子も話すと知識豊富で面白いし、派手な子も以外と真面目だったりする。
「私、たぶん、みんなと仲良くできてると思うけどなー」
「そうかい?」
なぜか牧師はニヤりと笑う。
「聖書には全員と仲良くしろってあったかい? イエス様、敵の律法学者やユダと仲良かったか?」
「そうだけど、ま、今が平和だったらいいんじゃ?」
しかし、桜湖のこんな予想、当たらなかった。
クリスマス直前のある日、転校生がやってきた。香村東子という女子だったが、何かと桜湖に突っかかってきた。
「制服の着方、校則通りじゃなくない?」
「カバンにつけてるキーホルダー、学校に持ってきたらダメなのじゃない?」
「数学のプリント、ぐしゃっと机に入れてるよね?」
まるでテレビドラマのお局社員のような指摘に、戸惑う。しかも桜湖だけにこんな調子。他のクラスメイトや先生には愛想がよく、一体なぜこんな当たりが強いのか謎すぎる。
その上、桜湖がクリスチャンだと知ると、宗教二世だ、家が献金で破産しているとか根も葉もない噂まで広められ、すっかり疲弊してしまった。その原因も全くわからず、ただただ八つ当たりを受けているような感じだ。
「牧師さん、疲れましたー」
我慢できなくなり、今日は放課後、教会に立ち寄り、愚痴をこぼしてしまう。
「どうしても仲良くできない子が現れました……。ほんと、困ってます」
牧師は微笑むだけで何も答えないが、ふと、あのクリスマスカードを思い出す。カバンから引っ張り出し、改めて読む。
できれば、あなたがたはすべての人と平和に暮らしなさい。ローマ12:18より
「できれば、か。もしかしてできない事もあるって言いたいのかな?」
今まで誰でも仲良くなれると思っていたが、傲慢だったみたい。そう思うと東子は悪くもない。傲慢さを気づかせてくれた存在だ。ある意味、彼女は神様からのクリスマスプレゼントだったのかもしれない。
「人間ね、神様みたいに完璧にはなれないからね」
「そうですよねー」
桜湖は牧師の言葉に頷き、もう東子について考えるのはやめた。考えたところで答えも出そうにないし。
そしてクリスマス礼拝や新年の準備に追われあのクリスマスカードについても忘れてしまった。
年が明けても東子の態度は相変わらずだったが、気にしても仕方がない。むしろ泣いたり、悲しんだ態度をとる方が相手は喜びそう。最低限の挨拶だけして笑顔で接していた。
「それにしても、このクリスマスカード、誰が送ったの?」
そしてバレンタイン時期になると、東子も飽きてきたのか、全く関わってこなくなったが、疑問が一つ残る。あのクリスマスカードを久々に目にし、誰が送ってきたのか気になったが、教会の誰も知らないという。
「結局、誰が送ったの?」
教会の週報ボックスの前で首を捻るが、これも考えても仕方がない気がする。
「まあ、人間には完璧じゃないからね。できない事やわからない事もあって当然だよね」
そう呟き、再びあのクリスマスカードを見つめていた。




