喜びなさい
ちゃんとしなきゃ。いい母でいなきゃ。いいクリスチャンでいなきゃ。聖書も毎日読んで、礼拝も行かなきゃ。
真壁弥生、四十ニ歳、日本では珍しいクリスチャン。しかもシングルマザーの弥生がそう思っていた。小学生の息子が一人いたが、今日は塾でいない。
一方、弥生は自宅のリビングでチラシを折り、手芸品を作っていた。教会で使うものだ。来月に迫ったクリスマス、来てくれた方に配るもので、なんとなく弥生がやることに。日本の教会は高齢化が進み、弥生の年代でも一番若手なぐらいだ。こういった雑務もなんとなく弥生の役目という空気感。
「あー、もうチラシ折り終わらない。イライラする」
手芸品はなんとかできたものの、チラシの方は大量にあり、折っても折っても終わらない。
自然と弥生の顔もこわばり口角は下がり、目元も暗くなっていた。
こんな弥生、亡くなった夫の影響でクリスチャンになった。夫はいわゆる二世で熱心だったが、初めて行った教会では品行方正な優等生タイプが多く、専門用語も飛び交い、なんとなく気後れした。夫の影響でクリスチャンになった妻という存在は珍しく、場の空気について行けないところがある。だから一生懸命こういった仕事も引き受けている面もある。
「はぁ。もう疲れたし」
一旦休憩だと思ったが、その時、チラシの山に紛れ、何かカードのようなものがあると気づいた。クリスマスカードだった。ツリーやリースのデザインが派手だったが、聖書のことばがあり、思わず落としそうになった。
フィリピ 4:4
主にあって常に喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
そのことば、今の弥生には一番足りないものだったから。
そう言えば喜びから離れ、何でも義務化してしまうんだ。若い頃やってた推し活もいつの間にか義務化して苦しくまった。結婚生活も良い妻でいようとして何でも抱え込んでしまう。皮肉なことに夫の死をきっかけに同僚や上司、行政や息子の担任に相談できるようになったが、なんでも義務化してしまい、苦しくなる。
今もこんな仕事をしているのもそう。息子の弁当作りも最初は楽しかったのに、今は良い母になるための義務。聖書通読や礼拝参加もそうだ。
「あぁ、私、何でも義務化しちゃう。カルトやスピな人たちを馬鹿にできない……」
そう呟いた時だった。急に眠気が襲われ、夢の世界にいた。
しかも夢の中で弥生は老人になり、息子は成人し、大人になっていた。今でも日々成長期の速さに驚かされていたが、こんな大人の息子、ただただ動揺する。
一方、息子は不機嫌そうだった。腕をくみ、大股で立つと、弥生を睨みつけている。
「お母さん、あなたは何でも義務化してしまう。俺はお母さんの笑顔をろくに見ずに育った」
「え?」
一瞬何を言っているのか不明だったが、その声は震え、怒りが滲んでいた。
「おかげで僕も何でも義務感で考えてしまう。喜びなんてない。いつも他人に強要されてる感覚だ。そう、お母さんの真似しかできなくなった!」
「そんな……」
「責任とって!」
息子につき落とされた。その後はよく記憶がないが、目が覚めると、眠る前に戻ってきたらしい。
目の前にはあのクリスマスカード。誰が送ってきたのか不明。しかし……。
「神様、私、全然喜んでなかった?」
そんな気がする。思えば夫が亡くなってから、全く笑っていないじゃないか。これは息子に「この世界はろくでもないし、やることなすこと全部義務」というメッセージを送っていたのかもしれない。はっきりと口にしないので、余計にたちが悪い。
急にチラシ折りや手芸品作り、急にどうでも良くなってきた。全部、喜びが動機で始めたことじゃない。愛でもない。要するに動機が悪い。
「そうか……」
再び、クリスマスカードに視線を落とす。たぶん、この仕事だって神様のために喜んでしたのなら、大切な仕事になっただろうに……。
「もう、いっか」
この仕事、牧師に事情を話し、代わりにやって貰える人を探してもらうか。
そう思うと、急に肩の力が抜けてきた。これからはもっと適当でいいかも?
「クリスマスだって近いしね。うん、今年のクリスマスは息子とゆっくり過ごすのもアリか……」
目の前にあるチラシや手芸品を片付けると、さらに肩の力は抜けてきた。気も抜けて、少し笑えてきた。喜べるかどうかはわからないが、今年のクリスマスは笑ってみたくなった。




