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不思議なクリスマスカード  作者: 地野千塩


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33/40

だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる

「え、実家暮らし? 派遣社員? え、大学出てから、今まで何してたの?」


 マッチングアプリで出会った会社員、初っ端から失礼だった。


「それで結婚に逃げようって婚活しているの? やっぱり女って嫌だね。結婚が逃げ道になるなんて」

「そんなつもりは……」


 ここはお客さんが多いカフェだ。大声で言い返せない。迷惑になる。結局、お茶代だけ払って出てきてしまった。最悪。気分悪い。下川十和子、三十歳。実家暮らし。派遣社員。婚活苦戦中。


 そのあと、同じような属性の女友達に愚痴るが、共感してくれるだけで何もならない。それどころか、婚活相手の言葉がさらに痛々しくなってきた。


 別に怠けているわけでもない。簿記などの資格も色々とったが、どうも上手くいかない。希望の会社に入れた試しはないし、資格もあんまり意味がない。なんとなくふらふらと流されて生きてきた。自己責任といえばそれまでだが、仕事も婚活も熱くなれない。そもそも今まで真剣に何かをした試しもなく、自信は皆無。


 そんなある日、会社の帰り、書店によってみた。好きな漫画家の新作を買おうと思ったが、店頭に心理学と自己啓発書が並んでいた。仕事で疲れていた為か、脳があんまり動かない。こんな目立つ本に吸い寄せられる。


「へえ、自己肯定感を持つと人生は上手くいくんだ」


 ペラペラと本をめくると、大きな文字で書いてあった。この冴えない人生も変わったりするのだろうか。淡い期待と共に本を購入し、家にかえって読む。


 読みやすい。すぐに読み終えた。漫画より早く読み終えた気がする。本の趣旨も簡単。自己肯定感を持つと人生が変わり、仕事も結婚も上手くいくそう。「私はすごい」と一日に十五回言うと効果的。アファメーションというものらしい。


 漫画やぬいぐるみ、その他雑多な趣味のグッズで溢れる子供部屋で「私はすごい」と言ってみた。


「私はすごい、私はすごい、私はすごい……」


 何も変わらないが、実家で飼っている猫が部屋にやってきた。黒猫のチョコという。十年前のバレンタインデーの日、母が拾ってきたのでチョコと名付けた。おっとりとおとなしい猫だ。


「みゃ?」


 でも、この時はなぜか変な鳴き声を出してる。まるで「私はすごい」というアファメーションに反応しているようだった。恥ずかしい。猫にも笑われているのかと思うと、十和子の顔が真っ赤になるが、他に人生を変える方法も思いつかない。


 そしてまた母が作ってくれたお弁当をもって出社し、お局にイライラをぶつけられながらも事務仕事をこなし、家でアファメーションをくり返すという日常を過ごした。


 何回もアファメーションをやっていたが、何も変わらない。相変わらず実家暮らしだし、派遣社員だった。婚活も失敗続きで彼氏すらいない。自己責任者には責められそうな冴えない日常だったが、気づくとあっという間に年末。クリスマスも近づいていた。


 実家の両親はクリスマスだからと旅行に出かけてしまった。飼い猫のチョコしかいない。ちなみに我が物顔でホットカーペットを独占していた。


 リビングでぼーっとテレビを見ているが、物価高や節約の話題ばかりでつまらない。


「ねえ、チョコ。テレビつまんまいね?」

「ミャー」


 猫が小さく鳴いた時、リビングのテーブルも上にクリスマスカードがあるのに気づいた。チラシや新聞に埋もれていたが、母か父が誰かからもらったものだろうか。宛名はない。送り主の名前からもないが、派手なクリスマスツリーのイラストはあった。なぜかサンタはいないデザイン。


「何これ?」


 しかも妙な言葉が書いてある。


 マタイによる福音書 23章12節より

 だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる


「は? 何かのことわざ? 意味わからない」


 このカードを新聞やチラシの上に無造作に置くが、猫はなぜか不機嫌になり、ソファの上でゴロゴロと寝ていた。


「は? どういうこと?」


 首を傾げるが、すぐに忘れてしまった。年明けからさらに踏んだり蹴ったりだったから。仕事もなんだかんだと理由をつけられ、契約更新できず、失業。だからといって婚活も全く上手くいかず、前よりもさらに失礼な男に会い、疲弊。SNSにも全く「いいね!」がつかず、母の病気が発覚し、しばらく介護も始めないとならず、転職活動時間も限られた。


「なんなん、この踏んだり蹴ったり……」


 アファメーションは続けていたが、さらに状況は悪化中。もう今日はふて寝しよう。どうせ、上手くいかない。諦めよう。


 そんな事を考えながら寝たせいだろうか。死ぬ夢を見てしまった。死ぬ直前、意外と後悔はなかった。むしろ、お金、地位、肩書き、趣味のグッズなど一個も持って行けないと気づき、心は軽くなってしまう。


「は? 何この、夢……?」


 目覚めた朝、こんな夢に戸惑ってしまったが、あの全部捨てる快感だけが残ってた。


「ミャー」


 猫が起こしに部屋に入ってきたが、今日はご機嫌だった。十和子のベッドに潜り込み、足元にすりよってくる。


「そうか。もう諦めよう」


 逆に心は自由になる。これ以上、失うものもないと思えば楽じゃないか。他人目も世間体もどうでも良くなり、とりあえず母の介護と日雇いバイトをこなす毎日だったが、何も不満が生まれない。どうせ死ぬ時に持っていけないものに執着しても無駄だと気づいてしまった。


 婚活も転職活動もアファメーションも辞めた。現状は悪化しているのに、なぜか心は楽。重荷がない。


 そんなある日、リビングのテーブルの上にクリスマスカードがあるのに気づいた。あの妙なクリスマスカードだ。季節はずれのクリスマスカード。もう季節は春だった。


 マタイによる福音書 23章12節

 だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる


 改めてこのメッセージを見つめる。その通りかもしれない。何か人生を変えようとし、「私はすごい」とアファメーションしている時は、あんまり幸福じゃなかった。逆に何も持っていない今の方が楽。幸福かはわからないが、心は軽い。自由な感じ。


「どう思う、チョコ?」

「ミャー?」


 当然、猫は答えない。退屈そうに目を細め、ゴロンと床に転がる。


 気づくと窓の外から、桜の花が咲いているのが見える。明るい日差しがリビングに差し込み、もう冬が終わったと気づいた。

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