3.窓の外の光
起き上がれた。
ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいなんて、知らなかった。
指先ひとつ動かせなかった身体で、ようやく上半身を起こせたことが、まだ信じられない。何度か腕に力を込めて、本当に自分の意思で身体を支えられているのか確かめる。震えながらも、腕はちゃんと自分を支えていた。
やった!やった!
「……っ、ふふ」
声にならない笑いが漏れた。誰に見せるでもない、自分だけの、ささやかな勝利だった。
その勢いのまま、あらためて部屋の中を見回してみる。今まで、天井と窓のあたりしか見えていなかったのだが、上半身を起こして初めて、部屋全体の姿が視界に入ってくる。
広い。想像していたよりも、ずっと広かった。
大きな天蓋つきのベッドが部屋の中央に据えられている。見上げれば、天井の中心には丸くくり抜かれたようなドームがあり、そこから夜空がそのまま覗いていた。星を散りばめた空の下、大きなシャンデリアがあった。左の壁側には大きなアーチ型の窓が2つほど並び、その手前には、繊細な彫刻の施された長椅子や小机が置かれていた。足元の床は、ベッドを囲うほどの大きさの白い絨毯が引かれており、それ以外の部分は磨き上げられた大理石だろうか。淡い光を鏡のように映し込んで、静かに輝いている。
一体、ここはどこなんだろう。
そう思っても、答えてくれる人は誰もいない。部屋の中には、リュセリアひとりだけだった。
しばらく部屋の中を見渡していたが、ふと視線が窓の方へと引き寄せられた。
寝転んでいた時には、窓枠と、そこに切り取られた空の一部しか見えていなかった。けれど、上体を起こした今なら、もっと広く外を見られる。
窓へと視線をやった、その時だった。
月明かりに照らされた庭のような場所に、白いものがいくつも、ふわふわと浮いていた。
雪...なのかな...?
そう思ったが、何かが違う。雪にしては、動きが妙だった。ただ重力に従って落ちてくるのではなく、まるで意思を持っているかのように、ふわり、ふわりと宙を漂い、時に上へ、時に横へと、気ままに飛び回っている。
見間違いかもしれない。
そう思いながらも、目を離せなかった。じっと、その光の粒を目で追い続ける。
近づいて見えるわけではないのに、なぜか輪郭がはっきりとしてくる。それは雪のかけらではなく、小さな光の塊のようなものだった。ひとつひとつが、蛍のように淡く発光しながら、ゆっくりと弧を描いて飛んでいる。
....生きている?
そう感じた瞬間、背筋にぞくりとしたものが走った。
一匹...いや、一つ、と数えていいのかもわからないそれが、ふいに、窓の方へ近づいてきた。ガラス越しにその光の粒がリュセリアの方をじっと見ているような、そんな気がした。
...まさか...ね。
まばたきをする。目をこすろうとしたが、まだ思うように腕が上がらない。もう一度目を開けた時には、その光の粒は、ふわりと向きを変えて、また庭の奥の方へと戻っていくところだった。
見間違いではなかった。
たしかに、何かが「そこにいた」。
リュセリアは、震える手をそっと窓枠に伸ばした。だが、まだ上体を起こせたリュセリアではその指先が窓に触れることはなかった。
これから、この世界で何が起こるのか。
まだ何も知らないリュセリアは、ただ、窓の向こうで揺らめく光を眠くなるまで見つめ続けていた。




