「満月の夜」
「今夜は外に出てはいけませんよ」
母は子の肩を両手で掴み、きつく言い聞かせる。
「どうして?」
「今夜は満月の夜だから。ヴァンパイアが一番活発になる夜なの。絶対に窓も開けちゃ駄目。約束よ」
「......うん」
家々は固く戸を閉ざし、街全体が息を潜めていた。
今夜は満月の夜。ヴァンパイアの動きが活発になる日だ。
辺りには、張り詰めた緊張感が漂っていた。
凛と湊は持ち場につき、ヴァンパイアが街へ近づかないよう待ち伏せをしていた。
「静かだな......。」
湊が周囲を見渡す。
「嵐の前の静けさよ。気を抜かないで。」
凛は銃を構えたまま答える。
その直後だった。
闇の向こうから、無数の影が現れる。
「来た」
ヴァンパイア達だった。
彼らはハンターには目もくれず、ただ人間の住む家々を飢えた目で見つめていた。
「絶対に街へは入れさせない!」
凛は容赦無くヴァンパイアを銃で撃ち抜く。
バンッ!
一体が灰となって崩れ落ちる。
その背後へ回り込んだ湊が、輝く銀色の剣を振るった。
「はぁっ!」
鋭い一閃。
ヴァンパイアは断末魔を上げる間もなく切り裂かれ、灰となって消えていく。
「流石に満月の夜のヴァンパイアは手強いな......」
湊は苦笑しながらも、苦しそうに呟いた。
「弱音を吐くにはまだ早い」
「わかってるよ。でも数が多すぎる......!」
本当に多すぎた。
今まで経験した満月の夜より、明らかに多い。
それだけヴァンパイア達は餌に飢え、強いエネルギーを求めているということだった。
バンッ、バンッ、バンッ。
銃声が夜の静寂を何度も切り裂く。
「一匹たりとも逃さない」
凛は淡々と引き金を引き続ける。
しかしーー。
「しまった!」
捌ききれなかったヴァンパイアが数体、街の中へと飛び込んでいく。
「湊!奴を追って!!」
凛は叫ぶ。
「無理だよ!こっちも手が空かない!」
湊は迫るヴァンパイアを剣で切り伏せながら叫び返した。
「くそっ......!」
苦しい状況だった。
それは他のハンター達も同じ。
「こっちも押されてる!」
「応援はまだか!」
悲鳴のような声があちこちから飛ぶ。
突破したヴァンパイア達は、人間の住む家へ向かって一直線に駆けていく。
「一体どうすれば......」
凛は苦しそうに呟いた。
その時だった。
空から一人のヴァンパイアが舞い降りる。
あまりにも一瞬の出来事だった。
「なっ!?」
誰もが目を見開く。
そのヴァンパイアは凄まじい速度で駆け抜け、ハンター達が捌ききれなかったヴァンパイア達を次々と狩っていく。
「速い!」
「何だ、あいつは!」
凛はその姿を見て息を呑んだ。
昨夜会った、あのヴァンパイアだった。
艶めく銀髪がサラリと風になびく。
そのヴァンパイアは、まるでハンターの味方をするかのようにヴァンパイアを灰へと変えていった。
「あのヴァンパイアは何?」
湊が戸惑いながら凛へ問いかける。
「.......。」
凛は何も答えられなかった。
長い夜だった。
戦いが終わり、夜が明け始める。
空が少しずつ白み始めても、そのヴァンパイアはまだそこに立っていた。
「なんで.......?」
凛は思わず声を漏らす。
ヴァンパイアは、太陽の光を浴びると灰になってしまう。
だから夜明けには必ず、闇の中へ逃げていく筈なのに。
凛は銀髪のヴァンパイアへ銃を向ける。
けれどまたーー撃てない。
トリガーが鉛のように重く、指が動かなかった。
「凛?」
そんな凛の様子を見て、湊が不思議そうに声をかける。
銃を構える凛を気にする事なく、銀髪のヴァンパイアは静かに、凛へとまっすぐ歩み寄ってきた。
「止まれ!」
湊が飛び出し、銀色の剣を向ける。
「凛に近づくな!」
剣を振り上げた瞬間ーーまるで何かに弾かれたように剣先が逸れてしまった。
剣は湊の言うことを聞かなかった。
「なっ.......!?」
湊は目を見開く。
銀髪のヴァンパイアは、凛の目の前まで来て立ち止まる。
そして湊の剣と凛の銃を交互に見つめながら言い放った。
「それでは俺を倒せない」
静かで、どこか寂しげな声だった。
凛は銀髪のヴァンパイアを鋭く見つめたまま逸さずにいた。
その場から一歩も動かなかった。
ヴァンパイアは人間の敵。
決して味方になることはない。
それなのに、このヴァンパイアは同族であるヴァンパイアを狩っていた。
凛の心は大きく揺れていた。
「......それは、どうして?」
凛は静かに問いかける。
すると銀髪のヴァンパイアは少しだけ目を伏せ、すぐに真っ直ぐ凛を見つめ返し、口を開いた。
「それは、俺がヴァンパイアと人間の血を引いているからだ」
「えっ?」
湊が驚きの声を上げる。
「そんな......。」
近くにいたハンター達も息を呑む。
「どういう事?ヴァンパイアと人間の間に生まれたヴァンパイアなんて......。」
「そんな話、聞いたことがない」「あり得るのか......?」
周りに静寂が走る。
誰もが銀髪のヴァンパイアを見つめていた。
凛は構えていた銃をゆっくりと下ろす。
「説明しなさい」
その一言に、誰も息をする事さえ忘れていた。




