「黎明会の拠点」
大聖堂の地下に広がる黎明会の拠点ーー。
古い大聖堂の地下に築かれた、ハンター達の城。
祭壇の奥に隠された扉を抜け、長い階段を降りた先には巨大な地下空間が広がっている。
この場所にヴァンパイアが立ち入ることはできない。
建物そのものに守護天使が宿っているからだ。
地下深くには、守護天使から授かった武器が保管されている武器庫が存在する。
聖銀の刃、祝福された銃弾、天使の力を宿した杭。
黎明会はそれらを加工し、剣、銃、槍、弓ーーヴァンパイアを狩るための武器を作り出していた。
どの武器にも天使の加護が宿っており、普通の武器では傷つけられないヴァンパイアを倒すことができる。
そしてそれらの素材は決して尽きることがない。
どれだけ使っても、いつの間にか再び武器庫に現れる。
まるで守護天使自身が、戦うもの達へ武器を与え続けているかのように。
まだ日が沈む前、夕方の地下食堂の隅の席で、凛は一人の男と向かい合って座っていた。
九条蒼真。
黎明会を統べる存在。誰もが頭を下げる、黎明会最高位のハンターであり、凛の師匠でもある存在。
黒髪を後ろへ流した端正な男で、静かな眼差しには威圧感すら宿っていた。
「師匠、昨夜ヴァンパイアを仕留め損ねました」
凛は静かな声で、昨夜の出来事を報告する。
蒼真は驚いた様子もなく、静かに頷いた。
「そうか、珍しいな」
そして穏やかに言う。
「だが気にするな、誰にだって失敗はある」
凛は視線を落とした。
何故、銃のトリガーを引けなかったのか。
あの瞬間、鉛のようにトリガーが重くなったように感じた。
そんな事は初めてだった。
凛は静かに口を開いた。
「......そのヴァンパイアは、人間を助けていました」
蒼真の眉が僅かに動く。
凛は続けた。
「他のヴァンパイアに襲われていた人間を庇っていました」
「......庇った?」
「はい」
凛は昨夜の光景を思い出すように目を細めた。
「それだけじゃありません。そのヴァンパイアは、涙を流していました」
蒼真は黙ってその話を聞いていた。
ヴァンパイアが涙を流すところなど見たことがない。
本能のまま牙を剥き出しにして襲いかかってくるヴァンパイア。ずる賢いヴァンパイア。
そういう存在なら数えきれないほど見てきた。
凛の話は、蒼真にとって信じがたい話だった。
けれど、凛が蒼真に嘘をつく理由もない。
蒼真は少し考え込むように目を細めた後、口を開いた。
「そのヴァンパイアが現れたら、また報告してほしい」
「はい、かしこまりました」
凛は小さく頷く。
今日は、満月の夜がやってくる。
満月の夜は、ヴァンパイアの力が増し、より強いエネルギーを求めるようになる。
だから、人間を襲いやすくなる。
満月の夜、ハンター達は単独行動を禁じられていた。
蒼真は凛へ言う。
「今日は湊とペアになれ」
朝日湊。
凛よりは劣るものの、それでも黎明会では凄腕と呼ばれるハンターだった。
凛は湊が苦手だった。
湊は灰になったヴァンパイアへ手を合わせて祈る。
「人間と同じで、ヴァンパイアにも命がある」
以前、湊は凛にそう言った。
凛には理解できなかった。ヴァンパイアは人を喰らう怪物だ。
だから、祈る価値などない。
凛は普段ほとんど表情を変える事はない。
けれど、蒼真の言葉を聞いた瞬間、僅かに眉を寄せた。
蒼真は凛の表情を見て苦笑する。
「湊が嫌いか?」
凛は蒼真の目をまっすぐ見返して呟く。
「......いいえ」
蒼真は困ったように笑い、凛のことを考えていた。
凛は黎明会のハンターの中で、少し浮いた存在だった。
長く艶のある黒髪、グレーの神秘的な瞳。
可愛いよりは綺麗で美しい顔立ち。
凄腕のハンターへ成長した凛は、誰とも距離を置き、必要以上に関わろうとしない。
そして笑わない、氷の女王のような少女だった。
誰もが凛を前にして一歩後ずさる中、湊だけは違った。
湊は気さくに凛へ話しかける。
壁を作られても、気にした様子もなく隣へくる。
蒼真は、凛と湊は相性がいいと感じていた。
正反対だからこそお互いを高め合える、そう信じていた。
蒼真は静かに凛へ告げる。
「今日も頼むぞ」
「はい、師匠」
凛は静かに頷いた。




