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異世界たちと探し人  作者: みあし
三章 金時星編

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XIII 不安な幸福 


 嘘だ。幻だ。夢だ。ニセモノだ。

 ゆづりの脳は見たものを即座に否定する。これは姉ではないと。姉であるわけがないと。

 だってそうだろう。死んだ人間は生き返らない。死者はこうして目の前に現れることもなければ、口を動かして喋り掛けてくることもない。そのはず。そのはずなのに。


「ゆづり?どうしたんだ?」


 こちらを心配そうに見上げる彼女は、どうしようもなく姉だった。

 声のトーンも話し方も仕草も目線も、何もかもが姉のものと一致している。適当な人間が真似してできるものじゃない。彼女本来の気質や性格が現れた、妹であるゆづりにしか分からない姉の有り様なのだ。


「寝ぼけてんのか?顔でも洗ってこいよ」

「えっ、あ、うん…」


 姉は棒立ちになっているゆづりの背中を叩く。すると、じんわりとした痛みが背中を張って、朧気だった意識を起こした。

 懐かしい感覚だ。昔から何も変わっていない。

 ゆづりがしみじみと背中の痛みを感じている隙に、姉は近くの扉へ手を伸ばして姿を消した。


「…………」


 少し傷のついた、茶色の扉。

 姉の存在に気を取られていたが、ここは現在ゆづりが身を置いているアパートだ。

 今と比べて、物はずいぶん多くごちゃごちゃしている。しかし、間取りや風景は確かにゆづりの家そのものだった。姉の行き先も、現在ゆづりが寝床として使っている部屋だろう。昔は姉と共同で使っていたから。


 金時星に行ったはずなのに、何故か昔の自宅に飛ばされた。それに死んだはずの姉も存命。まず、あり得ない展開だ。


「…………」


 本当にどういうことなのだろう。急にゆづりの頭が馬鹿になってしまったのだろうか。

 ゆづりはギュッと頬をつねる。しかし、頬が痛むだけで何も変わらない。ならば、これは夢ではなく、ちゃんと現実。そう思ってしまっていいのだろうか。


「……」


 いやいや、そんなわけがあるまい。ゆづりは首を振って、馬鹿けた結論を否定する。

 きっとこれは夢なのだろう。得体の知れぬ、悪趣味な幻だ。姉の言う通り、顔でも洗えば頭が醒め、この奇怪な状況から脱せるかもしれない。

 ゆづりは淡い期待と共に洗面所へ向かう。そして、鏡の前に立てば、またもゆづりの目を疑うことが起きていた。


「……あ…?」


 鏡に写っている自分の顔が、いつもと異なっていたのだ。隈が多いとか、むくれているとか、そんな些細な変化ではない。

 骨格、目の大きさ、肌の雰囲気、何もかもが大きく変わっていた。しかし、決して別人の顔になったわけではない。ゆづりが小学生の頃の姿に戻っていたのだ。

 

「………」


 若返っている。

 ゆづりは急な変貌にゾッとしつつ、冷水を顔に叩きつける。しかし、その瞬間、意識が飛んだり視界がぶれたりするなんてことはなく、ポツポツと顎から雫が落ちるだけだった。

 なるほど。顔を洗っても状況は変わらない。夢からも醒めない。ただただ洗顔しただけ。


 冷水を浴びたゆづりの頭はだんだんと落ち着いてくる。そして、冷静に今の状況を整理し始めた。

 何故か小学生の頃まで若返っているゆづり。死んだのに生きている姉。ゆづりの家だが、まるで昔のようにごちゃごちゃしている部屋。


 もしかして過去に戻ったのか。


 ピチャリと最後の雫が洗面器に垂れると同時、ゆづりの頭は結論を叩き出す。そして、その説を確かめさせるようリビングへ足を動かさせた。目的はカレンダーだ。今日の日付を確認したい。

 ゆづりは壁に張られているカレンダーにしがみつく。すると、予想通りカレンダーは現在の日にちではなく、数年前の日付を示していた。

 

「………」


 ここまで証拠が揃えば、ゆづりの説は立証されたと見ていいだろう。ゆづりは何故か数年前の世界にトリップしてしまった、と。

 なら、次に考えるのはその原因だ。

 ゆづりはここに来る前のことを振り返る。普通ならば、いつもと比べて何かおかしなことはなかったかなど、些細な気がかりなどを思い返すのだろう。

 しかし、ゆづりはすでに理由に見当はついていた。

 おそらく金時星のせいであろうと。


 金時星は確か、時計の調子が悪いということが星が不安定になっている要因だった。

 具体的にどのように時計の調子が悪いのかは知らない。けれども、空間に歪みが出来ていたことから、金時星の時空が滅茶苦茶になっていると推理しても無理はないだろう。

 それこそ、過去や未来、現代全てが入り交じってしまっているとか。


「…………」


 自分は金時星に来た際に、星のいざこざに巻き込まれた。そして、過去の世界に飛んでしまった。そんなところだろうか。


 何となく状況は把握する。しかし、ここに来た理由を推論しようと、元の世界への帰り方は分からない。ただ、現状が良くないことになっていると理解しただけだ。

 

「おい、何してんだ?」


 一人体を動くことなく黙考を重ねていたゆづり。そんな背中がバンと再び叩かれた。痛いなと思いつつ振り返れば、中学の制服に着替えた姉がゆづりのランドセル片手に立っていた。

 学校か。ゆづりがチラリと横目で時計を確認すれば、今は五時過ぎだった。始業までにはかなり時間がある。しかし、小学生の頃のゆづりはこのくらいの時間に家を出ていた。特に違和感はない。


「早く家出よーぜ。あのヒトが起きる前にさ」

「あっ、うん。行く」


 ゆづりは姉から投げ出されたランドセルを受けとる。すると、姉は自分の鞄を肩に乗せ、家を出ていった。置いて行かれたくないゆづりは、その背中を追いかけて外に出る。


「あー、ちょっと寒いな」


 錆びた鉄骨階段を下り、アスファルトで舗装された道路に出る。すると、その先で姉は待ってくれていた。

 

「なぁゆづり。上着いるか?今なら取りに帰れるけど」

「ううん。平気。それより早く行こうよ」


 姉が生きている時空ならば、父も生きているのだろう。姉と父は同日同時刻に亡くなっているため、そうとしか考えられない。

 父が今何処にいるかは姿を確認していないため、はっきりとは分からない。しかし、過去の習慣を踏まえると、おそらくあのアパートにいたのだろう。あの人は朝七時過ぎくらいに家を出ていたはすだから。


 父の機嫌が悪かったら、朝っぱらから騒がしいことになる。だから、たかが寒い程度で家に戻り、姉を危険な目に合わせたくない。

 ゆづりの返答に、姉は何か言いたげな顔をする。が、すぐにふっと微笑み、自分が来ていた上着をゆづりに被せた。


「ほら、やるよ」

「あ、ありがとう」

「いいんだよ」


 姉はぐしゃぐしゃとゆづりの頭を撫でてくる。その拍子に姉の長袖の裾から、白い肌がチラリと見えた。そして、煙草を押し付けられたときに出来る、あの赤い斑点もゆづりの目を刺して。


「ねぇ、その傷…」

「なんでもないよ。ちょっと怪我しただけさ」

「で、でも」

「いいんだ。平気だよ」


 姉は素早くゆづりの伸びた手を払い、捲れた己の裾を引っ張る。そして、ゆづりに有無を言わせぬよう前へ足早に駆けていった。


「ね、ねぇ……」


 間違いなく、あの怪我は父につけられたものだ。ゆづりの見ない知らない所で、アイツは姉に何をしたんだろう。

 姉から詳細を聞きたい。しかし、姉が気にしてほしくないと思っていることはゆづりにも感じ取れている。その証拠として、姉はこちらを振り返らない。淡々とした足取りで道路を進んでしまっている。

 

 聞きたいのに聞けない。ゆづりが悶々とした気持ちでアスファルトの道を踏み進んでいたその時、前からガヤガヤと騒がしく数名の人が近づいてきた。 

 何だかヤンキーぽい人たちだ。服装は普通とは言いがたいし、こんな早朝から大声で話しているし。

 ゆづりは嫌悪感から道を逸れる。しかし、相手の内の一人がそれにも関わらずゆづりへ肩をぶつけてきた。


「おい、何処見てんだよ?あぁ?」

「……あ?」

「何してくれてんだって言ってんだ」

 

 相手は汚い言葉使いで、こちらの非を攻めてくる。

 しかし、体当たりしてきたのは相手の方だ。ゆづりはきちんと当たらないよう退いた。それなのに、どうしてゆづりが怒鳴られないといけないんだ。

 反抗心から、ゆづりはキッと目を尖らせる。その直後、「すんません」という声が遠くから掛けられた。


「いやぁ、この子不注意でしたよね。すみませんすみません」

「はぁ?」

「ホント申し訳ないっす。以後気ぃつけますんで」


 騒動を聞き付けたらしい。姉はパッとこちらに近寄るや否や、ゆづりの腕を掴む。そして、適当に謝意の言葉を口にしながら、ヤンキーたちからサッと距離を取った。

 雑かつ唐突な姉の対応に、相手は少し間を置いた後に怒鳴り声を投げてくる。が、姉は取り合わない。振り返ること無くスタスタと歩き去り、数十メートル離れた公園につくまで足を止めなかった。


「おいおい、大丈夫か?」

「う、うん。平気」


 姉ははぁと重いため息を吐いて、公園のベンチに腰を下ろす。そして、ゆづりの腕を引き自分の膝の上に座らせると、ピンとゆづりの額にデコピンを叩き込んだ。


「ゆづり。人に自分の意見を言うなって言っただろ?適当に相槌打って、肯定してやるだけでいいんだって。どうせ分かり会えやしないんだから」


 懐かしい言葉だ。ゆづりは顔を伏せ、いつも聞かされていた台詞の続きを思い返す。


 人が言葉を発するのは、自分の意見を他人に肯定して欲しいから。だから、人は人の意見なんかさらさら聞かないし、否定されたら怒りを見せる。

 なら、最初から全て肯定してやればいい。適当に相槌をうって、相手の欲を満たしてやればいい。分かりあえないことを前提とする会話なんて、する必要がないのだから。


 これが姉の持論。彼女の価値観だ。父から理不尽に殴られ怒鳴られを繰り返された姉が身につけた、生きるための術。

 そして、同じ境遇を辿ったゆづりの体にも、染み込んでいる話でもあった。


「でもさ、ゆづり」

「うん」

「私にだけはちゃんと言えよ。私はお前の味方。どんな話も聞くからさ」


 姉はゆづりの頬を両手で包む。そして、真っ直ぐにゆづりの目を見つめた。姉の済んだ黒瞳の中央に、一人ゆづりだけが居座る。

 それも懐かしく、そして心地よい。

 ゆづりはふっと笑みを湛え、空いていた手を姉の背に回す。


「おねーちゃん」

「お、なんだ?」

「大好き」


 姉の肩に、少し火照った額を埋める。すると、ふんわりと生者特有の温もりと香りがゆづりを包み込んだ。

 姉は「シスコンめ」と息を混ぜて笑う。そして、そっと頭を撫でてくれた。

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