Ⅹ 娘の狼藉
天機星からハスキの食事をもらった後、ゆづりは寄り道等はせずに地球へ帰った。まだ昼下がりの教室には、穏やかな日が差し込んでいる。しかし、生徒の姿はない。
「しっかし重いなぁ…」
ゆづりはヒリヒリと痛む手に促され、荷物を下ろす。その拍子にドンと床が軽く震えた。そのくらい貰った食材は多く、そして重い。ゆづりが食べるだけだったら軽く一か月は持ちそうだ。
野菜や肉、魚の入った大きな袋を抱え、学校から帰るというかなり奇特な状況。間違いなく通行人から不審な目を送られ、下手したら学校に一報入りそうな姿だったが、幸い人に会うことなく家まで着いた。
「オネーさん、おかえり!」
ハスキは睡魔を追っ払ったらしい。ゆづりがドアを開けると同時、リビングから手を振るハスキの姿が見えた。そして、彼女の周囲に数枚のプリントが散らばっているのも、ゆづりの視界に入ってしまう。
「ちょっ…な、なにこれ」
どうして、ちょっと目を離した隙に部屋がこうも散らかっているのだ。
ゆづりは動揺して袋を落としそうになりながらも、部屋に駆け込む。すると、部屋の中はプリントの湖とも呼べるくらい、あちこちが紙や教科書で床が埋められていた。
勝手に人のものを使った挙げ句、ここまで散らかすとは。
ゆづりは怒りよりも戸惑いからその場に棒立ちになってしまう。そんなゆづりの心境を読んだのか、ハスキは弁明するかのように近くの教科書を手に取った。
「オネーさんの使ってる言語の勉強してたんすよ!ほら、これ、教科書!ノートもあ!」
「勉強?なんで?」
「文字は読めた方が便利じゃないすか?」
ハスキは国語の教科書を自慢げに掲げる。現在ゆづりが使っているものではなく、小学校時代に使っていた教科書を。随分と使っていないもののはずなのに、彼女は一体何処から引っ張り出してきたのだろうか。
ゆづりは未だ状況を受け入れられないまま、蒔かれている紙を一枚拾う。すると、紙にはかなり整った字でありがとう、ごめんなさい、こんにちはなど、初歩的な会話の一端が書かれていた。
「………ああ、私とハスキで使ってる言語は違うのか」
ハスキは天機星の人間。ゆづりは地球の人間。喋るのに使う言葉も、筆談をする際に使う文字も違う。
ハスキと出会ったときから、難なく会話出来ていたために失念していた。
「でも、どうしてハスキと会話できてるんだろう?」
「え?」
「……いやなんでもない」
神が会話の相手ならば、ゆづりが話した言葉は相手に理解され、相手の話した言葉も理解できる。
しかし、ゆづりもハスキも神ではない。普通ならお互い意味不明な言語を言い合っているところだろう。
星が壊れた影響で、此方にも支障が出ているのか。土獣星の時のように、二つの言語が似ているから通用するのか。
理由は分からないが、会話できるのなら問題はない。ひとまず頭の隅に追いやっておこう。
「オネーさん、何ボッーとしてるんすか?」
「ううん。なんでもない。それよりも紙、片付けてよね」
「えっ?!」
「えっ?!って。こんなに散らかして良いと思ってるの」
「そ、それは思ってないすけど…」
ゆづりが紙を拾い集めていれば、ハスキも見よう見まねで手を伸ばす。しかし、細かな作動は苦手のようで、何回も紙を取りこぼしていたり、ひっくり返したりしていた。
見かねたゆづりはもういいよと宣告すると、ハスキから紙を貰い全ての紙を拾う。
その隙にハスキは居心地悪そうに床を這って、玄関の方へと移動する。そして、放置されていた食材袋をツンツンとつついていた。
「これはなんすか?食いもんすか?」
「そう。君のだよ。シンギュラリティから貰ってきたの」
「はぇ…」
ハスキは一気に表情を曇らせる。袋を弄くる指も、爆弾にでも触れているかのような、たどたどしい手つきへ変わっていた。
「毒とかは入ってないだろうから平気だよ」
「マ、マジすかね?あんまり信用出来ないつーか。ほら、食べた瞬間気絶して夢の中ー!とかにならないすかね?」
「大丈夫だよ。シンギュラリティはそういうことしないよ、多分」
「多分て」
シンギュラリティは創造者の指示にしか従わない。だから、創造者と連絡が取れていない今、彼女が勝手に動いてハスキをどうにかしようとするわけがない。
まかり間違っても、ハスキを殺そうとはしないだろう。あの時もハスキの殺害しようとしていたのではなく、あくまで彼女も元の居場所へ戻すことが目的そうだったし。
ゆづりが軽く説明すれば、ハスキは信用してくれたらしい。それならいいやと呆気なく袋から離れ、部屋へと戻ってきた。
「そんでさ。オネーさん」
「はい。なんでしょう」
「オネーさんは料理できたりするんすか?これ、調理しないと食えないっすよね」
「ううん。全然出来ないよ」
「うっわー、マジか!アタシも料理は得意じゃないんすよね」
「……」
でしょうね。ハスキが料理を出来るわけがない。どう見ても食材を丸焦げにするか、素材ごと腹に詰めるタイプだろう。ゆづりとおそらく同族、またはそれ以下だ。
「でもまぁ、なんとかなるでしょ」
「そうすかね」
「料理なんかしなくても、そのまま食べればいいだけだからね」
「……そのまま?」
「うん」
「……この野菜と肉を…その、生で?」
「うん。あっ、でも肉は火を通さないとお腹壊すよ」
「お、おー…?」
ハスキはモンスターでも見るような目でこちらを見下す。どうやら彼女は素材ごと喰らうタイプではなかったらしい。ゆづりとは少し宗派が違うようだ。
「調理器具はあっちにあるから、料理したいから好きにしなよ。でも、火は私のいない時には絶対使わないでね」
「おっ。それはまたなぜ?」
「家を燃やされたら困るから」
「んなことしないっすよ!」
ハスキは冗談をと言わんばかりに鼻であしらう。しかし、ゆづりとしては几帳面とは言い難い彼女を信頼しきれない。「マジでダメだからね」と念押ししておく。
「はいはい。そんで、オネーさんはこれから何処に?出掛けるんすか?」
「昼寝。色々疲れたから、部屋で寝る」
「昼寝って。そんなのするの赤ちゃんだけっすよ」
「そんなことないよ。地球人はみんなするよ」
「えっ、そうなんすか?なんか…変わった星っすね」
現在、木黙星の翻訳機も使えないし、金時星の時計で過去も見れない、そして他の神たちにも会えない。ゆづりも星に対しては何も出来ないから、中継場に行っても意味はない。
なら、今は体力を蓄え、今後の作戦をじっくり練るほうがいい。色々あって疲れてもいたし。
ハスキはおやすみと明るく手を振る。ゆづりはうんとうなずき自室へ引きこもった。




