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異世界たちと探し人  作者: みあし
三章 金時星編

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Ⅸ 星の混乱 


 ハスキの食事問題に対して、ゆづりが頼ったのはシンギュラリティだった。

 シンギュラリティの元からハスキを連れ出したというのに、いざという時に頼るのがシンギュラリティだというのは矛盾でしかないが、どうしようもない。他の神と会えない今、シンギュラリティ以外に期待できる人がいないのだから。


「失礼します」


 ゆづりはコツコツと鉄で出来た天機星の扉を叩く。おそらくシンギュラリティは忙しいから、反応が帰ってこないことも想定していたが、意外にも彼女はすぐに扉から顔を覗かせた。


「用件。何?」

「その、少しお話いいですか?」

「………」


 シンギュラリティは無言を貫く。が、扉を大きく開け放った所を見るに、拒絶はしていないのだろう。ゆづりはシンギュラリティの用件があるなら早くしろという視線に促され、とりあえず「創造者と連絡は取っているんですか」と尋ねた。


「否定。創造者、当機、多忙。細事無視」

「へぇ」


 シンギュラリティは現在、創造者とは通信できていないらしい。


 てっきり創造者は何処か見晴らしのいい場所で、荒れに荒れた八星を観覧しているものだと決め込んでいた。しかし、実際は創造者までもこの騒動を止めるために手を貸しているらしい。

 これなら、暫くの間は創造者やシンギュラリティがハスキに対して何かしてくることはないだろう。ゆづりは人知れずホッとため息を吐く。


「ちなみに、どうして急に星が荒れたんですか?」

「不明」

「分かってないんですか」

「肯定。創造者、神、眷属。全員多忙」

「…みんな忙しいから、原因特定にまで手が回っていないと?」

「肯定」


 騒動の理由を特定する暇もないほど、どの神も忙しいらしい。

 創造者までも星の修復に手を貸しているのなら、この騒動もさっさと沈静するだろうという見込みは甘いのだろうか。


 そんなゆづりの心中にある疑問が、シンギュラリティに伝わってしまったらしい。彼女は黙々とゆづりの横を通りすぎると、宇宙空間部屋へ赴く。そして、背後にいるゆづりを気にかけることなく、辺りを取り囲むガラスへ己の掌を重ねた。


 刹那、ガラスの外の景色が一変する。

 数多の星が煌めく宇宙から、ありとあらゆる物語から取って来たかのような多種多様な景色に変わったのだ。ソフィーがゆづりと初めて会ったときに見せてくれた、あの映像のように。


「これは…」

「八星映像」


 シンギュラリティは静かに人差し指を上げる。そして、淡々とした語り口で八星に起こっている危機を話してくれた。


「土獣星、結界不安定。喧嘩勃発」


 シンギュラリティが示す映像の中心では、桃が不躾にも鳥居の上で仁王立ちしていた。

 彼女は険しい顔付きで、空を見据えている。灰色の雲に覆われ、大雨を撒き散らしている荒れに荒れた曇天を。そして、そんな濁った空の下では、結界がバチバチと電流を上げて、雷を引き起こしていた。

 まるで神座剥奪の儀が再来したような荒れ具合だ。せっかく平和になったのに、その残滓も残さぬくらい変貌してしまった有り様に、ゆづりは絶句する。


「木黙星、山火事発生。大量失命」

 

 土獣星の隣で流れている映像では、理解者が腕の中や肩、頭などに数多の動物を乗せて走っていた。

 彼の背後では、空まで届かんとする勢いで火が上がっている。そして、今にも彼や回りの生物を呑もうと迫っていた。実際、火に襲われてしまったのだろう。動物の死体も数えきれないほど地面に転がっている。

 滅多に揺らぐことのない理解者の顔が、悲痛に歪んでいるのがやけに目に残った。


「火敵星、未確認生物襲来。大量殺人頻発」


 山火事の隣では、人より数十倍もの大きさを誇るバケモノが地上を荒らしていた。どす黒い角が生えた怪物は、長年かけて作り上げたであろう街を薙ぎ倒し、逃げ惑う魔族や人間をことごとく踏みつけている。

 正体がバレぬようにか、フードを被ったアリーセと、顔に包帯を巻いているイルゼが前線に出て戦っていたが、悲しいほどに人間側が劣勢だと分かってしまう。


「水魔星、戦争激化。被害拡大」


 火敵星の左で垂れ流される映像には、地面に湖ほどのクレーターがいくつも刻まれていた。そして、クレーターの周囲には死体やら血痕やら兵器やらが、何も手を加えられていない状態で放置されている。

 死屍累累そのものであるクレーターの中央に唯一、ローブを纏った男が生き残っていた。顔は見えない。しかし、その特徴的な髪からすぐにノアだと分かった。

 彼は多くの命が散らされたことに悲しみからか、表情を曇らせ、その場に俯いたまま動くことはなかった。


「月祈星、天災悪化。降雪量倍増」


 目の前の映像には、何処にも人の姿はない。雪が無情に家やら地面やらを真っ白に染め上げるシーンが淡々と流れて続けていた。

 画面越しに伝わる孤独と無力。他の星と違って、死体も悲鳴も皆無のに、月祈星の崩壊が一番恐ろしく感じた。


「金時星、時計不順。骨幹迷走」


 金時星では、時空の歪みが発生しているらしい。映像のブレが酷かった。辛うじて見える空間にも、まるでガラスが割れたような模様が浮かんでしまっており、婉曲した空間が人々を次々と拐っていた。

 その傍で在監者が数多の時計を使って歪みと向き合っている。が、あまり状況は良くなっていないようだった。


「大変。理解?」

「………」


 声が出ない。

 星がちょっと荒れているどころではない。下手したらそのまま消滅しそうなほど、破壊を尽くされている。あんなに混乱している地球でも、他の星に比べれば可愛く見えるレベルだ。


 ゆづりが声を出さずにコクコクと頷けば、シンギュラリティはピタリと映像を止め、首を傾げた。


「本題。要件済?」

「いやその…ハスキのことでちょっと聞きたいことがあって」

「疑問。『ハスキ』誰?」

「さっき逃げた女性のことです」

「承知。続?」

「その、ハスキの食事を貰えたりしないですか?彼女にあげたいんですけど…」


 少々気が引けた。皆が死に物狂いで頑張っている中、ゆづりは優雅に食材をくれなんて要求しているのだ。何言ってんだコイツと思われても致し方ない。


「…その…」


 怒鳴られでもするか、はたまた無言で呆れられるか。ゆづりはじっとシンギュラリティの反応を伺う。しかし、彼女は目立った反応をすることはない。即座に「承知」と顎を引いた。


「食材、百二番街。勝手、略奪」

「……取ってこいってこと?」

「肯定。野菜、肉、多種多様。譲渡」


 シンギュラリティはお前が星に降り、食材を取ってこいと言っている。言い方相まって粗雑な印象が垣間見えるが、ゆづりは気にしない。むしろ、食材を貰えるのかという喜びから表情に花が咲く。


「分かった。ありがとう」

「………」


 シンギュラリティからの返答はない。代わりに彼女は天機星の部屋へと戻り、ゆづりに行けとでもいうように天機星の本土へと繋がる扉を開けて見せた。案内してくれているようだ。


「目的地、百二番街」

「……行けばすぐ何処か分かる?」

「肯定」


 ゆづりは天機星には降りたことがない。だから、この扉の先がどうなっているのか全くわからない。

 しかし、それでも問題はないようで、シンギュラリティは「行」と短くゆづりの背を押した。


 直後、視界が切り替わり、ゆづりの目の前には多くのモニターではなく、緑色の床と鉄製のベッドが並んでいた。そして、ベッドの上では入院服を来た天機人たちが、頭に無骨な機械を嵌めて寝ていた。

 

「ここが天機星…」


 天機星の有り様は、中継場にあるモニターを通して知っている。だから、この星の人が全員寝ている異様な光景を見て驚くことはないが、やはり生で見ているからであろう。あの気味の悪い映像を初めてきた時のように、じわじわと恐怖心や嫌悪感が湧き出して来ていた。

 

 あまり気分は良くない。さっさと用を済ませて帰ろう。

 ゆづりは天機人たちから目を逸らし、辺りを見渡す。すると、目の前の壁に館内案内が打ち付けてあった。


「百二番街は……あっちか」


 数字と地図のみで書かれた案内によれば、現在ゆづりがいる場所は百番街だ。そして、ここから右に行けば百一番街に移動し、左に行けば九十九番へと移るらしい。

 簡素で分かりやすい造りだ。道も一本道だから、迷うこともない。


 ゆづりは地図の指示通り、右を向いて真っ直ぐ突き進む。すると、数十メートル先に一人の男性が立っているのが見えた。

 彼の頭からは黒いコードがぶら下がっている。おそらく、彼はシンギュラリティのように天機星を管理する機械人なのだろう。


 ゆづりは軽く会釈をして、彼とすれ違おうとする。しかし、相手は「停止」と宣言すると、ゆづりの進路を塞ぐように両腕を広げた。


「発見。貴人、地球人『ゆづり』」

「はい。その通りです」

「連絡取得済。此、譲渡」


 男はゆづりの顔をジロジロ見つめてきたかと思うと、スッと手に持っていたものを差し出す。青ネギがちょこりとはみ出ている、重そうな麻袋を。


「これは…」

「『代表者』依頼。食材、女性、一週間分。用意」


 どうやらシンギュラリティが、ゆづりのことを機械人に一報してくれていたらしい。そして、指示を受けた彼が、食材を取り纏めて持ってきてくれたようだ。


「ありがとうございます。助かります」


 ゆづりは愛想笑いと共に袋を受けとる。

 しかし、男は笑いもしなければ、会釈もしない。自分自身にか、それともシンギュラリティに向けてだろうか。一人「任務完了」と呟き、あえなく踵を返してしまう。


「帰るか」


 想定より遥かに早く、そして容易に目的の物が手に入った。あとは中継場に帰ればミッション達成だ。さっさと撤退しよう。

 ゆづりはたった数十メートルしか進まなかった道を足早に引き返しす。そして、館内案内があるところまで戻った時に、ふとあることを思い付いた。


「もしかして、ここに創造者と繋がるモノがあるのか…?」


 シンギュラリティは、ハスキと一悶着あったときに、創造者から指示を仰ぐと言っていた。だから、おそらくシンギュラリティは創造者と連絡が取れるのだろう。しかし、その手段がどういうものなのかはゆづりには一切分からない。そして、シンギュラリティ本人に聞いたところで、どうせ教えてはくれないはずだ。

 しかし、推測は出来る。それこそ天機星の本土に創造者と繋がる電話があるとか、会える部屋があるとか。


 折角ここまで来たのだし、辺りを軽く探索してみるか。

 特に躊躇う理由がないゆづりは、早速足を動かして、何処か怪しい所がないか探す。

 しかし、先程会話した天機人が嫌な予感を察知したらしい。それとも、シンギュラリティから指示を受けただろうか。いずれにせよ、彼がスタスタと早足でこちらに戻ってきて、ゆづりの前に立ち塞がった。


「中継場、道、此扉」

「えっ」

「帰還推奨。問題、有?」


 男は余計な所に行くなというように、空いているゆづりの腕を鷲掴む。力はかなり強く、人間に対する思いやり等は一切ない。


 この状態で、星を探索するのは無理があるか。

 ゆづりはこちらをじっと見つめる機械人の眼差しに、大人しく引き下がるしかなかった。

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