XXI 互いの任務
作戦会議を終えた後、神たちはゾロゾロと自分の持ち場に帰って行った。皆、忙しいのだろう。雑談などは一切していなかった。
そして、現在ここに残っているのは、桃が食い散らかしたのであろうケーキの残滓と、それを片付けようとしているソフィーだ。
ソフィーはいつも神たちの後始末をしているような気がする。他に片付けをしてくれる神はいないのだろうか。
哀れに思ったゆづりは、ソフィーを手伝おうと一歩近づく。すると、ソフィーはゆづりの気配を察したらしい。先にゆづりの名を呼び、沈黙を破った。
「いいんですか」
「え」
「金時星へ行き、在監者に対応することです」
ソフィーは手際よくお盆に皿とティーカップを次々と乗せる。そして、机の上を整えた後、こちらを振り返った。眉を切なげに下げ、こちらを案ずるような目を向けて。
「シンギュラリティから聞きましたよ。ゆづりが在監者によって作られた世界に閉じ込められ、その後も散々傷つけられたと」
「あぁ、そんなこともありましたね」
三日前、在監者と対峙した際に、無力だったゆづりは散々彼になぶられた。この奇怪な体ではなかったら、まず死んでいたと断言出来るほど、一方的に殴られた。
どうやら、シンギュラリティはその事をソフィーに伝えたらしい。いや、他の神にも伝えたのか。すでに皆、在監者が今何をしているのか知っていたようだったし。
ゆづりは一人でカチカチとピースを繋げる。一方、ソフィーはこちらへ歩み寄り、ゆづりの顔を下から覗き込んでいた。
「無理をしていませんか」
「え」
「在監者は危険です。ゆづりは近づかない方がいい。だから、もしあの場で流されて承諾したのなら、やめた方がいいです」
「大丈夫ですよ」
ゆづりはソフィーの不安げな瞳を、真っ直ぐ射貫く。自分には揺るがない確固とした意思があると、彼女に伝えるために。
ソフィーはゆづりが己の不死の呪いを解きたいために、こうして無茶なことを続けていると思っているのだろう。
もちろん、最初はそうだった。訳も分からぬまま、神やら創造者やらの話を聞かされ、言われるままに創造者を探し回った。
しかし、今は違う。今はこの奇特な体をどうにかしたいよりは、ただただ色々な星が見たくて、純粋に創造者について知りたくてやっている。
そして、在監者を倒したいというこの気持ちも、誰から強制されたものではない。ゆづり一人の意思だ。
「私、無理はしてないです。心からちゃんと在監者をどうにかしたいと思ってます。この状態は良くないって分かってるし、それに在監者に向けての怒りもあるし…!」
在監者はハスキを死に追いやった挙げ句、ゆづりのことも散々掌の上で転がしてくれた。
ゆづりだって人間だ。今でも在監者のことを思い出すと、怒りと屈辱がフツフツと沸き上がってくる。この手で殴り返してやりたいという気持ちも否定できない。
「それに今の状況を知っているのに、傍観なんて出来ないです。皆頑張っているのに、私は何もしないなんて」
「そんなこと思わなくともいいと思いますよ。ゆづりはまだ……」
「ほ、ほら、ソフィーだって同じなんじゃないですか。いつも散らかった机上を片付けてくれているのは、貴女でしょう。汚いまま放置されているのを見ていられないからって」
「………」
ゆづりは珍しく長々と口を開き、自分の意見を口にする。すると、ソフィーは意表をつかれたらしい。珍しく穏やかな表情を崩すと、目を真ん丸くする。
が、すぐにあどけなく頬を緩ませ、「そうですね」と笑い息交じりで頷いた。
「貴方がそうおっしゃるのなら、私はもう何も言い方がいいのでしょう。ゆづりの意志ですから。…ですが、それでも心配は心配ですので」
ソフィーはそっと宙ぶらりんになっていたゆづりの手を掴む。そして、静かに口づけを落とした。
たまらず頬を赤らめたゆづりに、ソフィーは「魔法です」とからかうように微笑む。まるでキスをしてきた、あの時のように。
「ゆづりの身に何かあった際、此方に一報届く魔法をかけました。でも、金時星では無意味でしょうけど」
「そんなことないです。良い願掛けじゃないですか」
ゆづりはソフィーに握られた己の手を、はにかみながら見下ろす。
見た目に変化はない。ほんのりとソフィーの温もりで赤くなっている以外には、いつもと変わらない手だ。それでも、何だか普段と異なる、そんな気がした。
「上手く行くことを願います。そして、ゆづりの安全も」
「はい。そちらの方も頑張って下さい」
「ふふ。ありがとうございます」
ソフィーはゆづりの手を離す。そして、カツカツと足音を立て、廊下へと姿を消す。
が、不意に「あら」という呟きが聞こえたかと思うと、ソフィーはドア付近で足を止めていた。
「シンギュラリティ。ここに用でもあるんですか?」
「肯定。清掃」
シンギュラリティは両手に抱えていた箒と塵取りを掲げる。どうやら彼女も部屋を綺麗にしてくれるつもりのようだ。
ソフィー以外にも、掃除をやってくれる神はいたのか。ゆづりがじっとシンギュラリティを見つめる隣、ソフィーは上品に頭を下げていた。
「ありがとうございます。でも、もう部屋は片付いたので大丈夫ですよ」
「承知。感謝」
「いえいえ。お互い様ですから」
ソフィーはこちらに会釈をすると、部屋を出ていってしまう。残されたシンギュラリティも、宇宙空間には用がないと云わんばかりに踵を返した。
しかし、その腕をゆづりは掴んで止める。彼女に聞きたいことがあった。
「用件?」
「はい。その、ハスキのことを聞きたくて」
「把握。何?」
「彼女、元気になりましたか」
ハスキを天機星に預けてから、すでに三日。未だゆづりは彼女に会えていない。
だから、治療がどれくらい進んだのか、ハスキの容態がどうなっているのか、ゆづりは全く把握していない。
そろそろ傷は治り掛けているだろう。まさか、意識はとうの昔に戻っているに決まっている。天機星には魔法もあるし、優れた医療技術もあるだろうから。
ゆづりがそう根拠のない信頼でシンギュラリティを見つめる。が、彼女は静かに首を横に振った。
「否定」
「……え」
「意識不明。混濁状態」
「う、うそ…」
芳しくない返事に絶句するゆづりに対して、シンギュラリティは淡々としていた。彼女は詳しく知りたければついてこいとでも云うように、スタスタと天機星の部屋へと戻ってしまう。
そして、慌てて後を追ってきたゆづりに、一つのモニターを指さした。
「これは…」
シンギュラリティが指定する画面にいたのは、ハスキだった。
彼女は特徴的なツインテールをほどき、ベッドで仰向けになっている。人工呼吸器が装着された顔は暗く、まだ塞がっていない擦過傷だけが一際鮮やかに光っている。
端的に云うと、変わっていない。ハスキが在監者により自殺を迫られ、死にかけたあの日から何もかも全てそのままだった。
「う、嘘…どうして…!」
ハスキの様態が良くなっていない。もちろん、シンギュラリティたちは最善の治療を施してくれているはすだ。それなのに、どうして。
ゆづりの全身から血の気が引いていく。もしかしてハスキは助からないのではないかと、そう嫌な考えが頭をグルグル巡って真っ白になった。
しかし、背後から「あー!」とい大声が掛けられ、我を取り戻す。
「オネーさんじゃん!久しぶりっす!」
反射的に振り返ったゆづりの視線の先。そこにいたのは、ハスキだった。褐色の髪に夕焼けの瞳をした、正真正銘のハスキ。
彼女は健康的な色をした腕を大きく振り、病人だと云うことを悟らせない足取りでこちらに駆け寄って来ていた。
「えっ。………え?!」
「ど、どうしたんすか?幽霊でも見るかのような顔しちゃって」
「だって今、君はベッドにいるんじゃ…」
先程、ハスキが固く目を閉じてベッドに寝そべっている所を見たばかりだ。加えて、彼女は重傷だとの説明も受けた。
それなのに、どうして今ここにハスキがいて、軽快に笑っているのだ。
もしかして、現実逃避から転じて幻覚でも見てしまったのか。そうゆづりは己の視覚に疑念を持つ。
一方、ハスキは何かに気づいたらしい。「あっ」と大声を上げ、シンギュラリティに迫った。
「このロボット、オネーさんに嘘ついたな!」
「……え」
「コイツ、アタシとオネーさんを離れ離れにしようとしてるんすよ!そうでもしないとアタシが無理するからとか何とか言って!」
「そっ、そうなの?」
「………」
シンギュラリティは何も言わない。
しかし、それがむしろ答えだ。彼女は違うときは否定と真っ直ぐ断るのだから。
「も、もう。ビックリしたよ…」
さっき見た映像はフェイクなのだろう。そして、シンギュラリティの話したことは丸ごと嘘だった。
ゆづりは安心感からその場に崩れ落ちそうになる。すると、ハスキに脇に手を入れられ、正面から抱きつかれた。
「オネーさん、会いたかったっす!助けてくれてありがと!無事、生き返れたっす!」
「うん。私も……その、ごめんね」
「何が?」
「ハスキのこと危ない目に合わせて」
ハスキが死に際を漂うことになったのは、ゆづりが金時星の部屋に彼女を連れていったからだ。その上で、ゆづりはハスキがもう亡くなったと見なし、彼女を置いて逃げようとした。
こんなの怒鳴られても仕方ない。ゆづりは怯えつつも、謝罪を口にする。
すると、ハスキは何を言われているのか分からないとでも云うように、ポカンとした顔をして見せた。
「そんなのオネーさんのせいじゃないっすよ!元はと言えばアタシが考え無しに自殺したのが悪いんすから。それよりオネーさんはこれからどうするんすか?」
「とりあえず明日は在監者をやっつけに金時星に行く予定だよ。協力してくれる神たちと一緒に」
「ふーん。なら、アタシもオネーさんについて行きたいっす!」
「……は?」
「アタシもオネーさんと一緒に行きたい!な、いいでしょ?」
ハスキは無邪気な笑顔を見せつけ、こちらにすがり寄ってくる。まるで断られるのを想定していないような姿で。
しかし、ゆづりはいいよとは頷けなかった。
だって、危険だろう。ゆづりや神は不死の身を持っているが、ハスキは違う。ちょっとしたことで命が吹き飛んでしまう。
それに彼女は病み上がりだ。元気になったとはいえ、たった数日前に自殺未遂で死にかけているのだ。そんな彼女を、何が起こるか分からない場所へ連れてはいけない。
「ダメだよ。危ないし、それに体だってまだ万全じゃないんでしょ。だから、休んでた方が」
「平気っすよ!ほんのちょっと無理すれば…あ、あれ……」
ハスキは急にヒョロヒョロとその場にしゃがみこむ。そして、ゴホゴホと咳を苦しそうに繰り返し始めた。
「ちょっ、まだ寝てなよ。こんな状態じゃ…」
「大丈夫!アタシ、オネーさんと居たいっす。だから、大丈夫…」
ハスキはゆづりの言葉を遮ると、床に手を置いて立ち上がる。
しかし、平衡感覚が狂っているのか、それとも体力がないのか、すぐに膝を地に着け倒れてしまう。それでも必死に顔を上げ、ゆづりのことをじっと見つめていた。
「ハスキ…」
ここまで自分のことを好いてくれているのは嬉しい。しかし、こんな状態のハスキを連れ回せるワケがない。
どうしたらいいのだろう。ゆづりがハスキのやる気に狼狽えていると、唐突に静観していたシンギュラリティがずいっと前に出た。
そして、ピョコピョコ揺れていたハスキのツインテールをムギュりと握りしめる。
「うひ?!」
「命令。睡眠」
「んな?!」
シンギュラリティの灰色の髪が、ニョロニョロと動く。そして、先端についていたコンセントが、ハスキの首筋に刺さった。刹那、電工が煌めき、ハスキが顔から地面に倒れていく。
「なっ……」
気絶した。こんな一瞬で。
ゆづりがピクリとも動かないハスキに動揺する手前、シンギュラリティは粗雑に彼女を拾い上げる。そして、腕の中にハスキを入れると、ゆづりの顔を真っ正面から捉えた。
「『ハスキ』、本機、守護。貴人、在監者処理、依頼」
ハスキは私が世話する。お前は在監者を始末しろ。
シンギュラリティはそう言い切ると、堂々とした態度で拳を向けてくる。まるでバトル物のマンガのように。
ゆづりは意外とユーモアのあるなこの機械と感心する。そして、「了解」とシンギュラリティと互いの拳を突き合わせた。




