XX 作戦会議
シンギュラリティから在監者を何とかするよう頼まれてから数日後。
ゆづりの学校では度重なる地震に揉まれながらも、何とか一学期終了を迎えた。そして、現在は体育館での終業式を終えて、教室に戻ってきたところだ。
「どうしよっかな」
ゆづりはガヤガヤと騒がしい教室の中、一人机に顔を伏せる。
考えていることは無論、金時星のことだ。ここ数日何もすることが無いと、すぐにシンギュラリティの依頼を思い出してしまう。
それでも、未だ返事は返せてはいない。
在監者を探しに行くこと自体は正直構わない。時間はあるし、やりたいこともない。夏休みを在監者探しで終えるのもまぁ悪くはないと思っている。それに、星が治ってくれないことには、創造者について情報を集めることも出来ないから、むしろ積極的にやるべきだろう。
しかし、八星の命運といった、とんでもなく重い責任がある仕事を一人でこなしたくはない。ゆづりなんかが背負いたくはない。
その葛藤にうだうだと悩んでしまい、あの日以降中継場にも行っていなかった。
「でもやるしかないよな、丁度暇だしさ…」
ゆづりが手を出さずとも、神たちが手を回し終わっていて、世界が平和になっている。そんな淡い期待を抱いていた。
しかし、待てど待てども世界は一向に変わらない。シンギュラリティの説明通り、神たちは皆自分の星で手一杯なのだろう。この不安定な状況が終わる見込みはない。
やはり、暇人であるゆづりがやるしかないのだろうか。
「しばらく会えないの寂しいね」
ぼんやりと教室から生徒たちがいなくなるのを待っていれば、古葉が正面から声をかけて来た。その時に古葉の漆髪が揺れたのを見て、そういえば彼から奪った髪の毛は何処に行ってしまったのだろうと、ふとハスキと金時星に行ったことがよぎった。
「…佐々木さん?」
「あぁごめん。なんでもない。それでなんだっけ?」
「いや、特に用はないよ。ただ、佐々木さんは夏休み何するのかなって」
「まぁ……特に何もすることはないよ」
当たり前だが、この壊れた世界を治そうとしているなんて言えるわけがない。適当にあしらう。すると、古葉は旅行に行くんだとペラペラと自分の予定を話し始めた。
「出来ることは出来る時にやった方がいいからね。旅行も行けるときに行っときたいんだ」
「……やれる時にやるかぁ」
今のゆづりにとって、少しタイムリーなワードだ。タイミングの良さにゆづりは少し呆気に取られる。
一方、古葉はそこまで長く会話を続ける気はないらしい。遠くから声を掛けてきた友人の方に手を振ると、椅子からサッと立ち上がった。
「じゃ、よい夏休みを。また会うときまで元気でね」
「うん。さようなら」
ゆづりは去り行く古葉の背を見届ける。その傍ら、ゆづりの脳内では、彼の「出来ることは出来ることにやる」という言葉がジンジンと反芻していた。
「やるだけやってみるか……」
在監者を見つけられる自信はない。が、だからといってやらないで傍観しているのも居心地が悪い。
なら、やろう。やらぬ後悔よりやる後悔だ。もしかしたら神も一緒に探してくれるかもしれないし。
ゆづりはガタリと音を立て椅子から離れる。そして、ベランダに出ると中継場へ飛んだ。
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「まずは金時星をどうにかしないとだろうが」
「だから、それが難しいって言ってるんだよ」
ゆづりが中継場に着くと早々、騒々しい声がゆづりの耳を刺す。おいおい何事だと不安になりつつ外の様子を伺えば、宇宙空間に多くの人の姿があった。
「……全員集合してる?」
入り口近くの椅子に座っているアリーセ。彼女の背後に控えるイルゼ。アリーセと向かいの椅子に腰掛けるノア。床に仰向けで寝そべっている桃。机の近くで棒立ちになっているシンギュラリティ。彼女の隣に並んでいるソフィー。
全部で六人もいる。一つの場所にこんなに神が集まっている光景は、初めて見たかもしれない。圧巻だ。
「お前の考えだと多くの被害者が出る。俺様は賛同できないね」
「では、貴様はどうするつもりなんだ。このぐらついた盤面をどうやって戻すと?」
「他の方法を考える。ここには六人もいるんだ。話し合えばもっといい案が出るだろ」
「ふん。お気楽な頭をお持ちで羨ましいな」
しかし、神が大勢集まっているというのに、和気藹々とした空気は一切無い。むしろ、喧嘩寸前とも言えるような不穏な空気が立ち込めている。
出直した方がいいか。神同士がこうも揉めているのだ。ただの人間であるゆづりは介入しないにすぎる。
良くない雰囲気を感じ取ったゆづりは、そくささと地球へ帰ろうと踵を返す。しかし、その時に扉の先で佇むソフィーと目が合ってしまった。そして、にこりとも微笑まれたものだから、動くに動けなくなってしまう。
「ゆづり。こんにちは」
神たちの集会からソフィーが離脱し、こちらに寄ってくる。
もう素知らぬふりをして帰るのは無理だ。ゆづりは何か面倒事に足を突っ込んだことを自覚しつつ、口を開いた。
「その……皆さんは今何をしてるんですか」
「金時星の事について話を。自分たちの星が少々収まったので」
「落ち着いたんですか?」
「はい。といっても、すぐに戻らないといけないですけどね」
ソフィーは苦虫を噛み潰したような顔をする。そして少し空いた扉から先を見ると、はぁと重いため息を吐いた。
ゆづりは興味本位から扉に耳をつける。すると、ノアとイルゼが口論をしているのが、またもはっきりと聞こえた。
「とにかく、在監者を何とかしないといつまでも星が荒れたままになる。だから、全員で在監者を処分しに行くべきだろう」
「それだと金時星以外の星での被害が大きくなるぜ。金時星で出た被害は時計で元に戻せるが、他の星で生まれた被害はどうにもならない。優先すべきは金時星以外の星だよ」
「元凶を止めれば星の混乱も収まる。少しの犠牲は看過しないと、いつまで経ってもこの状態のままになるだろうが」
「お前のところには神と眷属の二人がいるから何とかなるかもしれないな。だけど、こっちは神一人でやらないといけないんだ。被害だって馬鹿にならない」
なるほど。二人は金時星をどうするかで揉めているようだ。
ノアは自分の星を第一に守りたいという姿勢なのに対し、イルゼは金時星を処理してさっさと星の混乱を納めたいのだろう。相反したやり方だ。
「この調子でずっと揉めているんです。もうかれこれ一時間は経ちますね」
「うっわ。それは気が滅入りますね」
「そうですね。どちらの言い分も分かるので話は纏まりませんし…」
ソフィーは顎に指を乗せて眉を下げる。すっかり憔悴しきっている彼女とは対照的に、イルゼとノアはまだまだ元気に言い争っている。
体力と根気がある人同士の口論は面倒だ。全く終わらない。
ゆづりがやれやれと目を伏せた最中、ノアがおもむろに床に寝そべっていた桃の隣にしゃがみこむ。
「桃。お前はどう思う?」
「は、何で桃に聞くの?」
「お前も神だからだよ。自分の星を放置して在監者を止めに行くか、自分の星を管理しつつのんびり在監者を探すか。どっちか選べ」
桃は露骨に顔をしかめる。お前らの論争に桃を巻き込むなと、不機嫌そうな目で喋っていた。
しかし、ノアとイルゼの剣呑な雰囲気に負けたらしい。わざとらしくため息を吐くと、体を起こして胡座を掻く。
「じゃ、先に金時星に行く方で」
「へぇ。ちなみになんでだ?」
「え、在監者殺したいから」
「……え」
「は、アイツ殺すんじゃないの?」
「それは……」
ノアは桃の飾らない質問に面食らったようで、言葉を詰まらせる。すると、イルゼが「そんなことはいい」と話をぶった切った。
「殺す、殺さないは後だ。今は方針を決めるだけだからな。ほら、そこの機械人はどうだ?」
「創造者、指示待機」
シンギュラリティは相変わらずだ。他の神との協調より、創造者の意向に従うことを優先するらしい。イルゼとノア、どちらにも肩入れしないということだ。
「ふーん。じゃあ、ソフィーは?」
不意にノアがこちらを向く。刹那、ゆづりとノアの視線が交わった。
その瞬間、ノアはガラリと顔色を変える。真ん丸に開いた彼の青い瞳は、お前も来ていたのかと如実に語っていた。ゆづりは挨拶を兼ねて会釈をしておく。
「私は自分の星を優先したいですね。在監者も早く止めたいですが」
ソフィーは地球だけでなく、弟である『放棄者』が管理している月祈星の方にも対処しないといけない。それなのに在監者も何とかしろというのは酷だろう。
それは誰もが思っているらしい。イルゼはソフィーを詰ることも、説得することも無かった。
「これで二対二だ。『理解者』と『放棄者』は在監者への対処は無理だからノーカンか?」
「そうなるな」
表が綺麗に割れた。これだと議論が進まない。後はノアとイルゼ、どちらかが折れるまで口撃をし続けるしかない。
まだまだ話は長くなりそうだ。ゆづりが思わずソフィーと顔を合わせた直後、イルゼが「おい」とこちらに声を投げてきた。
「貴様はどう思う?」
「……え」
「この様子だと貴様も現状は把握しているのだろう?是非、意見を聞こうじゃないか」
巻き添えを喰らった。
ゆづりは続々と注がれる神の眼差しに少々たじろぐ。が、中継場に来た時点で今後どうするかは決めてある。だから、特に躊躇うことはなくゆづりは口を開いていた。
「ノアとソフィーの分、私が働くっていうのはどうですか?」
「……つまり?」
「私は星を治せないですけど、在監者を見つけることなら出来ます。だから星を優先したいノアとソフィーの分、私が働きます。ほら、いないよりはマシかなって…」
イルゼの早く在監者をとっちめたいという主張と、ノアの自分の星を優先したいという願望。
ゆづりはそのどちらの要求も満たしている折衷案を提示する。とはいっても、神と同じ働きが出来るなんて胸は張れないが。
「いいんじゃないの?」
誰も口を開かないでいた空気。それを斬ったのは、今まで静観していたアリーセだった。彼女は優雅に足を組み替え、下からゆづりの顔を覗く。
「金時星には魔法はない。なら、地球人のゆづりちゃんが行っても支障はない。もちろん危険ではあるけど、それはゆづりちゃんも承知の上でしょう?」
「はい。分かってます」
「なら、問題ないね。協力者は多い方がいいよ。ゆづりちゃんが助けてくれるなら私たちは感謝すべきだよ。そうでしょ?」
「おっしゃる通りです。アリーセ様」
イルゼはアリーセがそう言うならといわんばかりに満足げに頷く。
桃はおそらくどちらでも良かったのであろう。それでいいと答えるように、重そうな尻尾で床をベチリと殴った。
「シンギュラリティへの返答もこれでいいですか」
「承知。上々。感謝」
「ありがとう。ノアもこれならいい?」
「……ゆづりがそう言うならいいんじゃねーの」
シンギュラリティは短く了承し、ノアも不貞腐れた顔はしつつも、否定はしない。
この様子なら、とりあえずイルゼとノアの喧騒は終わったと見ても良いだろう。
「イルゼと桃ちゃん、そしてゆづりちゃんで金時星に行って、在監者を確保。他の人は自分の星に戻って修復作業。これで決まりだね」
アリーセは鮮やかに話を纏めると、部屋を出ていく。そして、イルゼも「明日実行する」と言い残し、彼女と共に姿を消した。




