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異世界たちと探し人  作者: みあし
三章 金時星編

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XIX 救世主  


「シンギュラリティ……」


 シンギュラリティは拳銃の銃口をこちらに向けている。しかし、銃が捉えているのはゆづりと在監者二人ではなく、在監者一人だけだ。だから、彼女はゆづりの味方だと見なしても問題ないはず。彼女はゆづりを助けに来てくれたのだと。


 部屋に差し込んだ光相まって、シンギュラリティが救世主に見えてくる。しかし、現実はそう甘くないと思われた。

 

「やぁ、何の用だい?ここは金時星。お嬢ちゃんの家じゃないよ」


 在監者は銃を向けられているにも関わらず、両手を上げるどころか、ゆづりの上から退きもしなかった。彼はゆづりの首を片手で掴んだまま、シンギュラリティにニコニコと微笑みかけている。


 それもそうだろう。在監者は神。不死の体を持っている。

 だから、銃を突きつけたところで怯えるどころか、驚きもしないはずだ。撃たれても死にもしなければ、痛みを味わうこともないのだから。

 しかし、シンギュラリティも引かない。彼女は無機質な目を細め、苛立ちげに銃の引き金に指を添えた。


「再度警告。娘、解放」

「ははっ、相変わらずなんて言ってるのか理解に苦しむね。変な話し方するからさ」


 在監者は挑発でもするように笑う。すると、その直後パンという破裂音が部屋を揺らした。


 何が起こったのかは、寝そべったゆづりの視界からでは把握できない。だが、音からシンギュラリティが在監者に向けて発砲したであろうことは、容易に推理できた。

 そして、おそらくその牽制が意味を持たないことも、理解していたのだが。


「っあ?」


 唐突に、ゆづりの顔にポタリと生ぬるい血が落ちる。同時、上に乗っていた在監者が己の肩を押さえて、こちらに倒れてきた。

 何が起こっているのかは、まだ分からない。それでも拘束が緩んだのに乗じて、ゆづりは在監者の上半身を押し退け、床を這って逃げた。


 そして、シンギュラリティの足元まで這いずり安全を確保した所で後ろを確認すれば、在監者が苦痛に呻きながら地面に膝をついていた。床には在監者の肩から垂れたであろう血が、いくつもの斑点を作り出している。

 

「な、なんで…」


 在監者は不死の身を持つ神だ。だから、彼に銃なんぞ効かないはず。それなのに、どうして彼は撃たれて血を流しているのだ。

 苦痛に歯を食い縛る在監者を茫然と見つめるゆづりを差し置いて、シンギュラリティは前に出る。彼女は未だ銃を下ろしていない。それどころか引き金からも指を離していなかった。


「銃、特別。神、有効」


 この銃は神でも傷つけることが出来る。だから、お前が神であろうと関係ない。

 そんなニュアンスのことをシンギュラリティは口走りながら、在監者へ一歩一歩と近づく。そして、さっさと指示に従えというように、引き金を引かんとしていた。


「……あぁ、創造者からの贈り物か。ふふ、羨ましい」


 シンギュラリティの強硬な態度に、在監者の余裕も流石に崩れる。

 それも当たり前だ。自分を本当に殺せる手段を持った相手が、自分の命を奪うことも厭わないというように近寄ってくるのだ。これで動揺しないなら、もう本当に人間ではない。

 しかし、何故だろう。在監者にそこまで追い詰められたような雰囲気はない。むしろ、この張りつめた空気を楽しんでいるかのような笑みが少し零れているようにも見えた。


「再度警告。娘、二人、解放」

「分かったよ。ほら」


 在監者は投降すると伝えるよう右手を肩の上まで上げる。そして、ゆづりにも好きに逃げろと言わんばかりに、顎であっちに行けと伝えてきた。

 だが、ゆづりが向かう先は扉ではなく、部屋の奥の方だ。在監者に捨てられたハスキが寝そべっているところへ、ゆづりは素早く駆け寄る。


「ハスキ…!」


 ハスキは意識を失っているようで、ゆづりの声には反応しない。自ら切った首からだけでなく、剥き出しの腕や足からも血を流して横たえていた。

 この傷は在監者に投げ捨てられた時にガラスが刺さってしまったものだろう。あまりに痛々しい姿に、ゆづりは呼吸を忘れかける。


「疑問。何故、此処、天機人『ハスキ』存在?」

「わ、私が連れてきたんです。そしたら、この時計に巻き込まれて」

「………」


 シンギュラリティはハスキを一目見るなり、緊急事態だと察したらしい。それ以上詳細は聞かないまま、ハスキの血で汚れた床にしゃがむ。そして、脈を確かめるように彼女の首に触れた。


「……生命、鼓動感知。彼女、生者」

「よ、よかっ、良かった……」


 やはり、ハスキに息はあるらしい。

 第三者からの生存確認を貰えたことに、ゆづりはたまらず安堵のため息を吐く。しかし、すぐにハスキを救うべく、持っていたハンカチを彼女の首に添えた。

 この行為に意味があるのかは分からない。だが、止血が大事だと保健の授業で習った記憶はある。こんなに多くの血を流している状態でも効果はあるのかは、はっきりとしないが。


「じゃっ、自分はこれで。バイバイ」


 ゆづりとシンギュラリティの意識がハスキに注がれていたその時、在監者は一人勝手に動き出す。そして、ゆづりが何かアクションを取る前に、彼は金時星へ繋がる扉に手を掛けてしまっていた。


「静止!」


 しかし、シンギュラリティは違う。彼女は在監者にも機敏に反応し、下ろしていた銃を在監者へ向けた。

 が、少し遅い。彼女が発砲する直前に、在監者は金時星へと飛び込んでしまう。ヘラヘラと愉悦に染まった笑みを見せつけ、堂々とした足取りで。

 

「待っ…」


 マズイ。しくった。拘束しないといけなかったのに、逃がしてしまった。

 凶悪犯を放流してしまったことに、ゆづりは動揺と罪悪感からその場でオロオロと狼狽える。しかし、シンギュラリティは特に大きな反応はせず、構えていた銃を静かに下ろした。


「優先事項、『ハスキ』治療。依頼、患者、連行」

「は、はい」


 在監者は後回し。まずはハスキの処置をする。

 そう的確に指示を飛ばしてくるシンギュラリティに従い、ゆづりはハスキを抱き上げる。只でさえ細く棒のような彼女の体は、多くの血液が失われたからか、更に軽くなっていた。

 

 どうか死なないでくれ。ゆづりは腕にギュッと力を入れ、廊下へ出ていったシンギュラリティを追いかけた。



****



「集合。六番、九番」

「承知。用件?」「…呼応。仕事?」

「治療。患者一人。寝床、術、用意」

「承知」「把握」


 シンギュラリティは天機星の部屋に着くと、机に備えてあるマイクで何か指示を出していた。その直後、彼女に促されるまま天機星に降りてしばらく歩けば、シンギュラリティのような機械らしさを備えた人間二人がベッドの傍に控えていた。

 おそらく彼らがシンギュラリティの指示を受けた、六番と九番なのだろう。シンギュラリティとは違い、こちらを見て手を振るなど、人間らしさが垣間見えている。


「挨拶省略。娘、患者?」

「は、はい。この子です」


 ゆづりの腕で寝ているハスキを六番に渡す。すると、彼はベッドの上に彼女を下ろし、真っ赤に染まっている首にガーゼのような薄い布切れを乗せた。するとたちまち布はハスキの皮膚に馴染み、溶けるように傷を塞いでいった。

 魔法でも使っているのか。それとも天機星の医療技術が進んでいるのか。

 ゆづりは驚異的なスピードで治っていく傷に呆気に取られる。一方、シンギュラリティは相変わらず淡々とした目でゆづりを振り返った。


「要請。貴人、中継場帰還」

「えっ」

「貴人、治療不要」


 ハスキを助けるのに、お前は役に立たないから帰れ。

 シンギュラリティは少々乱暴な手付きで、ゆづりの腕を掴む。


 なんだか薄情な対応だ。しかし、彼女の言うことも理解は出来る。地球でも、手術中に医者の隣で患者を見守るなんてことはしないのだし。

 だから、ゆづりはモヤりとしつつも不満を口には出さなかった。踵を返したシンギュラリティに、大人しく引っ張られていくことにする。



「その、じゃあ、よろしくお願いします」


 不要と言われたのなら素直に引こう。ハスキのことは気になるが、ゆづりが傍にいたところで邪魔になるだけだろうし。

 中継場に帰って早々、ゆづりはシンギュラリティに一礼する。そして、一人地球に戻ろうと足を向けた。

 が、シンギュラリティはそれも気に食わなかったらしい。腕を伸ばして、ゆづりのスカートの裾を掴んできた。


「待機。話、有。傾聴」

「話…?私に?」

「肯定。要件、八星現状確認報告」

「………もしかして、八星が乱れた理由が分かったとか?」

「肯定」


 シンギュラリティはコクりと頷く。

 数日前は神も創造者も忙しい、だから元凶を突き止められないと伝えられていたが、どうやらここ三日で神たちは分析を済ませていたらしい。

 素直に気になったゆづりは足を止め、シンギュラリティに体の正面を向ける。


「それで理由ってなんですか」

「在監者、狼藉」

「えっ」

「在監者、金時星破壊。其影響、他星侵害」

「在監者が金時星を滅茶苦茶にしたから、他の星も影響を受けて壊れだしたってこと…?」

「肯定」


 本当にとんでもないヤツだ。自分の星の人を自殺に追い込んでいるだけでなく、他の星の人命まで奪っているなんて。

 ここまで在監者が意図していたのかは分からない。だが、いずれにせよ彼の悪行を止めない限りは、金時星どころか他の星の平和も取り返せないのだろう。


「八星を元に戻すには、在監者を止めるしかない」

「肯定。在監者阻止、当分目標」

「……」

 

 あんな人格破綻者を止めに行くのは大変だろう。言葉はきちんと通じているのに、一切の会話が出来ない人なのだから。これからもっと厄介なことになるに違いない。


「その…これから大変そうですけど、頑張って下さい」

「疑問。何故、他人事?」

「え」


 他人事もなにも、この事はゆづりには関係ないだろう。ゆづりは神でもなければ、在監者のことを理解している人でもない。何も出来ない一介の地球人だ。


「ま、まさかだけど、私に在監者をどうにかしろって言ってるわけじゃないですよね……?」

「創造者多忙。神同列。貴人、暇」

「暇って」


 確かにあと少しで夏休みが始まる。ゆづりは夏休みなんぞ家で寝るか勉強するかの二択しかない。暇かと尋ねられたらまぁ暇だ。

 だからといって、じゃあ世界救って下さいと頼られてはいと頷けるわけがない。ゆづりは救世主でもヒーローでも何でもない。ただの中学生だ。せいぜい居なくなった犬を探して下さいというレベルの頼み事が関の山だろう。


「確かに私に時間はあります。でも、在監者をどうにか出来る力はないから、その…」

「全部委任否定。依頼、在監者居場所発見」

「……在監者をどうにかするんじゃなく、彼の居場所を見つけさえすればいい」

「肯定。在監者居場所特定。後、神対応」


 お前が在監者が何処にいるのかを割ってくれれば、後は神が対応する。だから、ゆづりは在監者の居場所を探してくれ。


 シンギュラリティはいかにも譲歩したかのような口振りでこちらに迫って来る。が、言っていることは変わらず無茶苦茶だ。

 星から一人の男を見つけて来いなんて、そう簡単に出来るわけがないだろうに。


「思考時間譲渡。返事決定、本機名前呼応」


 考える時間はやる。決まったら自分を呼べ。

 シンギュラリティは一方的に話を終わらせると、ゆづりに背中を向けて去ってしまう。

 残されたゆづりは、その場に立ち尽くすしかなかった。

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